第45鮫 ご唱和くださいサメの名を
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SIDE:セレデリナ・セレデーナ
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「なんじゃ、これは」
「し、知らない」
楽しい冒険日記を読んでいたはずが、最後には世界が破滅するかのような記述で幕を閉じた。
しかも、今年は統合歴1000年と記念すべき年で、日記が書かれたのが865年なら、135年後はまさに今。
"はすたあ"というのが何かは分からないが、その怪異性から考えればあの黄色い大きな布のことを指していると見るべきなのは間違いない。
「これ、つまるところ、現状を放置してたらサラムトロスが"はすたあ"の手によって滅びるって事よね?」
「なまじあの黄色い大きな布は強かった、有り得る話じゃな」
「バーシャーケー王を救出している暇なんてある?」
「質問を質問で返してしまうが、そもそも生きている保証すらないのう」
深刻な話題で私とおじいさんの話は淡々と続いていく。
だが、そんな私達の前に、新たな問題が起きた。
「セレデリナや、窓の外が妙に曇ってやせんか?」
「……とりあえずこの家から出るわ!」
おじいさんの気づきに合わせ、ひとまず湖の上の集落から出たところ、まだ昼のはずのに外は薄暗くなっており、集落全体が霧に包まれていたのだ。
これは、黄色い大きな布が出た時と同じ現象。
そして、霧の先を無理矢理目を凝らしていると、湖から1本の魚人の手が出てきた。
「原住民のお出ましだわ」
「ここまで嬉しくない第一村人発見もあるんじゃなぁ」
その手は、集落の歩道を掴んで引き上がっていき、全容を表していく。
首から下は確かに魚人種のカレイ科ではあるが、首から上がタコなのだ。
一昨日の怪物を等身大にしたような印象すら見受けられる。
違う点があるとするなら服を着ている事だが、その服もボロボロであるところぐらいだろう。
「セレデリナや、あそこにいるのはどう考えても、タコじゃろ」
「いいえ、私は人間と判断したいわ」
ここでは個人の感情以上に正しいものは無いだろう。
いくら学者がいようが、生き残る為以外にその知識は活かされない。
あらゆる生物の常識を逸脱した存在が目の前にいるのだから。
しかし、あの日記の通りならアレは、"はすたあ"の信徒になった集落の民の末路だと考えるべき。
そして、
外界の者は丁重に歓迎したいという当時の心のままに。
「んなもんでビビる訳ないでしょ、
とはいえ、人間が恐怖を感じる条件とは『勝てない』か『分からない』存在と対峙した瞬間だと私は考えている。
だが、今はあと1分は徒手空拳で反撃する余裕も、そこでMRを回復する余裕すら感じる。
私に、恐怖などという感情は存在しない。
「いただきます!」
すぐ様に飛びついて、信徒の首から上を丸々かっ喰ってやった。
ひとまず、サード・アイレイ2発分ぐらいは回復できた。
これは、頭部を失った信徒はボテっと地面に倒れていったことから効率がいい回復手段に思える。
「流石は戦いのプロ、〈ビーストマーダー〉な上にサメなのも活かしておる」
「こっちは制限時間あんまり無いから一旦戻るわよ」
「了解、次はわしの異世界サメの出番じゃな」
私がサメから人間の姿に戻った直後、どんどん湖から手が浮きでてきて、それが集落の道を掴んで這い上がってくる。
数にして30匹はいるだろう。
もちろん、そんな状況でおじいさんも負けてられない。
「こんな集落、サメじゃろ。わざわざ素材提供ご苦労さまじゃのう」
おじいさんはそう告げると、民家の一つに、いや、それを中心に集落を繋げる丸太、そこから連なる内部の小物や家具にまで〈シャークゲージ〉を込め始めた。
すると、あらゆる民家が、それぞれと同サイズの木製のサメへと変貌し、信徒達を喰らっていく。
無理に走っておじいさんに近づこうとした者も、テーブルやチェアなどの家具が人間の半身ほどのサイズのサメになって小回りを利かせた噛み付きを行って動きを止めていき、改めて民家サメの餌になる。
やっぱりサメの力は偉大だ!
「異世界サメ32号"カントリー・シャーク"じゃ。地雷を踏んだ状態で使うと効果は更に跳ね上がるがそれは自爆行為なので妥協じゃな」
「この島の恐怖で世界を陥れようとするタコオックに教えてやらなきゃね、サメの方が怖いってことを」
しかし、私達が調子に乗り始めた所で、湖の中心がひとつの円を中心にぶくぶくと荒れ始めた。
すると、その円の位置から大きな巨人が飛び出し、立ち上がってきたのだ。
タコの頭に全裸の魚人……おそらく、一昨日の怪物の同種だろう。
加えて、私達は集落ごとサメにしてしまったせいで湖の上を泳いでいる状態。そんな中でも、更に新たな信徒達が湖から這い上がり私達に襲いかかってくる。
「私はあの怪物を、小回りの効くおじいさんに他を任せるわ」
「お易い御用じゃ、カントリー・シャークの実力はこれだけではないからのう」
「OK! 多分これが今日最後の変身ね、
はっきり言えば、やはり好きなサメになる事を許容できているわけではない。
その偶然性の強さのせいで、己がサメであることに自信を感じることが出来ないのだ。
好きなものと自分は切り離したかった。だが、運命と言うやつはいつも人を理不尽に試す。
本当に、私自身がサメになるなど解釈違いそのもの。
だが、だからこそ、やはり私が戦わなきゃ、生き残らなければ、アノマーノを悲しませてしまう結末を産むだけになる。
ならば、敵へ立ち向かおう、私というサメとして!
私の体は、サメに変身すると同時に怪物と同じ30mにまで巨大化した。
状況でいえば、一昨日と同じ条件での戦いになるだろう。
問題があるとすれば、あの日はシャークラーケンというキュートなサメに乗り込んだ彩華がパートナーにいる状態での戦闘であり、今回は私1人な点になる。
それも、気付けばもう50秒程しかない制限時間で倒さねばならないようだ。
せめて組み付いて、確実に急所を焼き払える状態にしたい所。
「SHARK!(ふんっ!)」
私は、巨大な怪物に向かって両手で腕を掴もうと組み付こうとした。
また巴投げを決めて、倒れている所をサード・アイレイで焼き払えれば間に合うだろうという考えだ。
「……」
「SHARK!?(えっ!?)」
しかし、怪物は組み付こうとした私の両手を、己の両手で握って止めてきた。
一昨日は彩華とシャークラーケンのサポートがあったが、一対一の勝負になると上手くは行かないのだろうか。
いくら詠唱を省略できると言えど、想像の具現化こそが魔法だ。相手に組み伏せられないようにこちらも力を入れて抵抗していると集中力を維持できない。
怪物は何らかの集合意思の元で動いており、一度負けた相手に何かしらの対策を立てられるとでも言うのだろうか?
タコな顔面ごと噛み砕いてやろうとも考えたが、相手に手を絡め取られているようでは顔を突き出しても届かない。
残り30秒、あと1つ反撃の手立てがなければ押し流され、サメであることを維持できなくなる。
おじいさんに助けてもらうにも、向こうはカントリー・シャークで自分に降りかかる火の粉を退けるのが精一杯。まさしく背鮫の陣だ。
……そんな時だった。
「ヒーローは遅れってやって来るゥ! 我輩参上ゥ!」
どこからともなく、私の目の前に30mの筋肉質な体型が特徴的で、巨大なシャケ科の魚人種が飛び蹴りをしながら現れ、その飛び蹴りが怪物の頭部に直撃したのだ。
それにより、お互いに組み付いた状態から向こうは海に沈むように倒れて行く。
残り15秒、今なら確実に当てられる!
「SHARK!(サード・アイレイ!)」
その隙を見計らって、倒れゆく怪物の頭部に
それはタコな頭部に直撃し、完全に破壊することに成功!
私は自然に人間としての姿へと戻るが、後はおじいさんが何とかしてくれるだろう。
というか、あのシャケは一体何者なのだろうか。
「サメに続く道〜 サメの故郷〜 それがカントリーシャーク〜♪」
それはともかく私が怪物を倒した直後、視界をおじいさんのいる方へ向けると湖から這い上がってくる無数の信徒に対し、おじいさんは吹奏楽の指揮者かの如く振りながら不思議なサメソングを歌い始めていた。
すると、音楽に合わせるかのように、民家、家具、調理器具、何かの偶像的置物であったサメたちが一箇所に固まっていく。更には、どこに隠れてあったのか分からない例の『黄衣の蛸』なる本が大量に宙へと舞い上がり、一ページ一ページがバラバラに散らばりながら、サメの塊の外皮になるかのようにペタペタとひっついた。
「冒涜には冒涜をぶつければよい、"カントリー・シャーク/邪教本仕様"の完成じゃ!」
そのサメが完成した途端、おじいさんを狙って湖を泳いでいた信徒たちは怒りを顕にしたような挙動で一つのサメとして合体したカントリー・シャークに群がっていく。
そして、信徒全てがカントリー・シャークに飛びついていき、組み付いた状態で肉薄しながら殴る蹴るの暴行を始めたのだが、それも全てが計算の上なのが邪教本仕様!
それは、組み付いている信徒はそれこそこの湖にいた全て!
その全てに対して、カントリー・シャークの身体のあらゆる部位からサメの頭部が出現し、一人一人信徒を丸呑みにするように捕食していったのだ。
まさしく一網打尽の必殺シャークでありながら、一鮫一殺のサメメツとでも言うべき美しさすら感じる。
こうして、あの日記を読んでから始まった信徒と怪物による戦いは終わった。
謎のシャケ巨人がいるのを除いて……。
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