第14鮫 シャークの覚醒

 そうして心が折れたわしは、自然にフラフラ酔っ払った歩きになりながらも鯱一郎の元へ向かっていた。

 すまんのう……サメが居ない世界に意味なんてないんじゃ……。


「なあ」


 しかし、そんな時じゃった。

 今の散々なわしに、言葉をかける者がいた。


「お前はそれでいいのか?」


 それは、彩華じゃ。


「おじいさんはあんなサメのパクリみたいな変人になりたいの?」


 続けるようにセレデリナも言葉をかけてくる。

 ……確かにそうじゃ、思い出したぞい。

 わしより先にドローンやオートマシン産業の特許を取れたというだけでマウントを取って来ることもあった。いちいちシャチこそがサメの天敵だとか言って自分が勝った時だけ調子に乗りよることもあった。

 あんな奴と同じになりたいかと言われれば、全力でNoじゃ。


「いや、ぶっちゃけあいつはサメをバカにしてきたから嫌じゃな」

「滅茶苦茶正直な答えが返ってきたな!?」

「まあそれに、私が見たいのはあんな奴の指示オーダーで造られたサメじゃなくて、おじいさんの純粋な創意工夫のあるサメよ」


 ふふ、そこまで言われると照れちゃうのう。

 とても元気が湧いてきたぞい。


「はぁ……それと、日本の〈指示者オーダー〉は1人だけって言ってたけど普通に今2人目が出てきたじゃねぇか! どうせ顔を合わせないと思って嘘をついてたろ!」


 ふっ、最近のガキは本当に勘がいいのう。

 じゃが、さっきまでわし自身散々にやらかしておる。

 今ぐらいは素直に謝っておくべきじゃろう。


「それについては、本当に申し訳ない」

「思ったより素直じゃないか……それなら、あんたが誘惑に乗せられたのはただ酒の飲みすぎだ」

「はいじゃ」


 話が一区切りついたところで、わしが説教されておったところをぼーと見ておった鯱一郎が怒りを顕にしてきたのじゃ。


「いや待てシャチ! そんな説教ひとつで納得していいシャチか!?」

「確かに、嘔吐してすぐの状態で首を絞められた経験がない限りは一生理解出来んじゃろうな」

「普通に暴力に屈しているんじゃないシャチ!」


 色々言いたいことはあるが、いちいち返事するのは面倒臭いから無視しよう。

 そんな不毛な言い争いをしておる最中、彩華は突然わしの右腕を肩から持ち上げ始めたのじゃ。

 何か考えでもあるんじゃろうか。


「そういうわけだ。セレデリナ、とっとと鮫沢博士を戦力にしたい。なんかこう、酔い覚ましの魔法とかってあるか?」

「なるほど、わかったわ。私は使えないけど、医者を探せばいいんじゃない? 酔い覚ましの魔法はだいたい使えるわよ」

「よし、じゃあそこの変人の相手は任せた!」

「了解! ちゃんと生きて酒代を返してちょうだいね!」


 すると、彩華と共にわしを引っ張るように二人三脚の姿勢で走り出した。

 ようやく何をしたいのか要領を得たわしは直様に連携してしっかり並走してやったぞい。

 ただ、さっき会話していた間にも豪雨の影響で洪水状態になっていて、足元が浸水しており一歩一歩が苦しい。



***


 あれから5分程の時間を要したものの、セレデリナが上手く時間を稼いでくれたおかげで鯱一郎から距離をとることに成功した。

 相変わらずシャチも降っているが、運が味方してくれたのかわしらのおる方向には降ってこなかった。

 ただ、隣にいたトカゲ顔の人が噛み付かれたりしていて、誰も犠牲がなかったということは無かったがのう。

 じゃが、そんなことよりも肝心な問題がある。


「医者、いねぇええええええええええ!」

「いや、5分で見つかるわけがないじゃろ」

「畜生、こういう時に限ってまともなこと言いやがるな!」


 医者を探せ、という雑なアドバイスだけで行動しているせいか本当に進捗が見えん。

 異世界だから医者も魔法使いとかそういう話なんじゃろうが、冷静に考えれば医者に会えたからと言って酒の酔い覚まし対応出来るかも不確定と言える。

 しかも、そうこう焦っているうちに新たな脅威が現れたのじゃ。


「おいおいおい! なんだよあのシャチ!」


 姿をくっきり認識できる程の距離の先に、4mはある巨大なシャチが泳いでおったのじゃ。

 それもただ巨大なだけではない。

 刃渡りにして3m、まさしく大太刀とも言える刀をガッチリと口に加えている異様な姿だったのじゃ。

 更に、そのシャチの上には、何か半魚人のような……鯱一郎と瓜二つの鯱人オルカマンが跨っていたのじゃ。

 その人鯱一体じんしゃちいったいとも言える怪物は、口の刀でバッサバッサと逃げ惑う市民たちを一刀両断している!

 まさしく虐殺としか言いようがない残酷な光景じゃ。


「クソ、いかにも鮫沢博士が造りそうなサメみたいなシャチじゃないか! つーかシャチ野郎は2人もいるのかよぉ! 今の二人三脚じゃ逃げきれない……どうしたらいいんだ」


 確かに、わしも異世界に来た以上はあんなサメを造ろうと考えていたが、鯱一郎に先を越されてしまったわい。

 悔しいところじゃが、あれのサメバージョンを造る未来のためにも死ぬわけにいかん。

 そんな中で、刀を咥えたシャチは一旦動きを止め、それに跨る鯱人オルカマンが喋り始めたのじゃ。


「オールカッカッカ。鮫沢よ、兄上だけしかいないとでも思ったオルカか? 残念オルカね」

「お前さんは何者じゃ!?」

「俺は鯱一郎の弟、鯱崎鯱二郎しゃちざき・しゃちじろうだオルカ。兄上の作り出したシャチを自在に操作し、その力を恒常的に1.42倍に引きあげる兄上にとっての百年の担い手ハンドレッド・マスターなんだオルカねぇ。たたでさえ強いこのソードフィッシュ(シャチ)を相手に勝ち目なんてないオルカよ!」

「ソードフィッシュはカジキマグロであってシャチでもなんでもねぇよ!」


 自己紹介でようやく、鯱一郎には双子の弟といつも一緒じゃったことを今思い出したぞい。

 〈指示者オーダー〉には、一人一人製造したモノの性能を最大限以上に引き出す事のできる〈担い手マスター〉がおり、奴こそがその鯱一郎にとっての百年の担い手ハンドレッド・マスター|なのじゃ。

 その力には効果が小さい代わりに制限時間がないモノ、逆に制限時間がある代わりに膨大なパワーアップをもたらすモノがある。

 じゃがわしは、そのような選ばれし者なんぞに出会うことは出来んかった。

 〈シャークゲージ〉の技術すら、その現実から目を逸らすために造ったというのも事実。

 しかし、今のわしはついさっきまでの絶望し酒に溺れていた老人ではない。

 気持ち程度じゃが、酔いも冷めてきたのじゃ。

 であれば、ここからは反撃の時間じゃわい。


「彩華や、わしは今1つの作戦を思いついたんじゃ」

「よかった。そろそろ強気の振りをするのも限界だったんだ」


 彩華も彩華で頑張ってくれていたんじゃな。その期待に応えなければ。


「まずはこのペンライトを返すぞい」


 そう言ってわしは、ポケットに隠し持っていたペンライトの筒を外して持ち手を改造したサメ武器を渡した。


「……これ、俺のペンライトじゃん」

「2つあったし1個ぐらいならいいかなって」


 そう、昨日寝る前に拝借しておいたのはこれなんじゃ。

 この形状だからこそ造れる武器を思いついたからのう。


「名ずけて、異世界サメ5号"ペンライトセイバー"じゃ!」

「本当にお前が盗難の犯人だったのかよ! しかも変な改造までされてるし!?」

「工具箱と整理忘れの宝石みたいなのがあの部屋にあってな。そんな状況で好奇心に勝るものなどどこにあるというのじゃ! それに、サメの作り置きがなかったら本当に何もなかったんじゃぞ!」

「あーもういい、早くそれをよこせ! なんとなく使い方は分かるから!」


 うだうだ喧嘩しておったら、手に握ったペンライトセイバーを取られてもうた。

 自分のことを凡人と言う彼じゃが、これはそんな彼向けの鮫武器サメポン、どう実力が発揮されるのか楽しみじゃわい。

 ちなみに使い方じゃが、ペンライトの持ち手の下にある左右のスイッチのうち左を押し込むと、ペンライトの光源からサメの形をした赤色の光の刃が出現する。これを振り回すモノなのじゃな。

 じゃが、それだけじゃと味気ない人も多いじゃろう。わしもそう思う。

 なので、起動後に左右のスイッチをカチカチと押すと刃の色が変わり、その色数は3400万色とゲーミングな仕様を取り入れておる優れものにしておいたぞい。


「使う要領が完全にペンライトと同じだ……サメ型の刃だけは気に入らないけど。青にしておこう」

「さあ叫ぶのじゃ、『シャークと共にあらんことを!』と。あと決まり手の前に『サメの利を得たぞ!』も忘れずにな」

「誰がやるかバーカ!」


 茶番も済んだ所で、彩華はペンライトセイバーを右手に持ち、巨大シャチに向かって走っていったのじゃ。

 そして、わしもまた思いついた作戦のため彩華にその場を任せて隣りにあったBARへと駆け込んだ。

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