第10回 生きて生きて生きまくるんだから!

2


くんちゃんの死の捜査は警察も進展している様子がなかった。


ある夕方、大将の店で、中学時代の番長の、おかちゃんが言った。

「くんちゃんの最後に会ったデリヘル嬢は裁判台で証言しとるやろ? だからその子ではないやろな。でもデリヘル嬢ってそのバックには怖ーいお兄ちゃん達がついとる。そいつらはヤクザとかと繋がっとる。警察が動きが悪いのはその辺ちゃう? ワシが思うには。ワシらで警察より先に犯人を見つけたる思とるで」


もちろんくんちゃんが最後に会った女性が誰であるかは言えなかった。何かの秘密がそこにはある。


僕は大将の店を出ると、花束を買って、浜の宮中学に向かった。曇り空でもうすぐ雨になりそうだった。


くんちゃんの遺体が見つかった場所だ。そこは体育館の裏側。季節は冬が始まっていて、その場所はもう影になっていて寂しい場所だった。


そう言えば中学時代は、ここで仲間達と煙草をよく吸ったな。若いカップルがいたこともあったな。二度目の青春を過ごす僕たち。


その時、足音が聞こえた。こちらに向かってくる。僕はくんちゃんの死んでいた一角に花束を供え、手を合わせていた。


足音が止まり、ふとそちらに顔を上げると、そこにはひとつの人影があった。


遠野はる。

遠野はるが花束を持っていて立っていた。


「偶然ね。けい君、久しぶり」


「はるちゃんも?」


「そう」


はるちゃんも花束を供えると、手を合わせた。僕も並んで手を合わせた。同じ白いユリの花束が風に吹かれている。


はるちゃんは白いワンピースの上にカーキ色のダウンを着ていた。横顔は前とは違う反対側の横顔だった。そが嬉しかった。


「けい君。もう一目惚れだったなんて言わないでね」


「うん」


「またそんなこと言われたらまた消えるからね」


「うん。実は、はるちゃんのページ読んだんだ」


「ページ? 何それ?」


「ネットの詩小説だよ。【パンダ燃ゆ】。まだ途中だけど」


「どうして知ってるの?」


「ある少女から教えてもらった」


「ある少女?」


「車椅子の女の子」


「ゆいか!」


「そう。ゆいか」


「ゆいかの家庭教師が私よ。こんな性格だからすぐ辞めたけど」


そういうことか。

はるちゃんに、ゆいかとの出会いと別れを語った。心の交流を語った。輝く海を二人で見たこと。波打ち際までおんぶして波に濡れたこと。小さな石ころの話。


【私でもあなたを守れるもん】というLINEを思い出した。はるちゃんはそれを聞いて細い目をして僕を見た。


「この犯罪者。へんなことしてないでしょうね」


はるちゃんは肘で僕のお腹をこずいた。


「してない。してない」


「マジ? おっさん」


「マジで」


「あの子は私と同じ。人生をリセットするとするでしょ。そしたらその向こうの世界を見てしまうの。人生ってリセットやねん。ゲームでもなんでもリセットボタンがあるやん。そしたらまた次からなんでもなくゲームが始まるやん。その向こうへの視線があって、それを知っている人がいるの。ゆいかはその向こうを見てしまったの」


「はるちゃんも?」


「うん。そしてくんちゃんも」


僕はその話について考えた。リセット。その向こうで見てしまったもの。


「はるちゃんの心の中が少し知れてよかった」


「私には出世の秘密があるの。そしてくんちゃんにもあった。それを聞いた時、私の愛の火が輝いた。胸がドキドキして、竜巻のように好きになった」


「くんちゃんにも出世の秘密?」


「そうよ。パンダが燃える時、秘密は浮かびあがる」


「その話は僕には秘密なんだね」


「そう。竜巻のように秘密。竜巻のような恋ってあるわ。ね、けい君」


僕にとってはそれがはるちゃんだ。そう言おうとしたけど言い出せなかった。また何かが始まる。また何かが始まる。いや、始まってしまったのかもしれないな。


「今日は時間ないの? けい君」


「夜なら。一度、家に帰って母親の介護して、母親が眠ったら、時間はあるよ」


「いい場所かあるの。でも一人じゃ怖い。夜に連れて行ってくれる?」


「いいよ」


「じゃ夜に」


そう言って、はるちゃんは僕に名刺を渡した。東加古川のお店の名刺だった。


体育館を去る時、はるちゃんは僕の手を握った。そしてしばらく歩いた。


「まだパンダは燃やしてるの?」


「ううん。もうそんな人生やめたな。パンダはもう燃やさない。動物だもん。もともと燃えない。パンダは動物。デリヘルもすぐに辞めた。もう変わったもの。人生が!」


少し涙がはるちゃんの目に浮かび、また輝いた。


「ねえ、けい君、私、もう、生きて生きて生きまくるよ!」


「うん。生きまくろう!」


「生きて生きて生きまくるんだから!」


何度もそういうはるちゃん。ある細い道で、繋いだ手を離して、僕に手を振った。その時の元気のよさが僕を笑顔にさせていく。僕も手を振った。


「じゃ夜に!」


夕陽が輝き、遠ざかるはるちゃんを照らし出した。晴れてきた。晴れてきたよ。


生きまくろう。

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