第9回 遠野はるの出世の秘密

     第三部 はる


        1


花と花が手をつなぐときがある。

たまに水滴がその重さで花弁から花弁からへ、渡る。

手をつなぐ花と花のように、たまに起こるコミュニケーションのように

奇跡は人間にもあるかもしれない。

偶然の恋人。

偶然の旅行者。


大将のお寿司さんの子猫のミイちゃんがいなくなった。お店から脱走して、どこかへ消えてしまった。


大将や店の常連客たちで探し回った。「子猫行方不明」と貼り紙をみんなで作って、辺りに貼った。インターネットの「加古川掲示板」にも書き込んだ。ミイちゃんはそれでも見つからなかった。


二週間が過ぎた頃、大将がお店で開店準備をしていた。大将はヒマを見つけては公園や川辺を探し回ったものだから、疲れて痩せてしまっていた。


のれん、を出している時、ふと道を見るとひょこひょことミイちゃんが歩いて戻ってきた。大将はそれを見て、ミイちゃん、だとすぐにわかり、駆け寄ってすぐに抱きしめた。


そうやってミイちゃんが帰ってきた。なんでもない顔をして。


大将はより一層ミイちゃんを大切に可愛がった。


【如月みいの詩小説】


私は絶対あなたを愛さないだろうし、

むしろ、あなたを傷つけるだろうし、

なんとも思わないだろうし、

すぐにあなたを忘れてしまうだろうし、

だからこれを書いておくんだし、

でも、なぜか今あなたが大切だなと思ってる。

雨の日のカフェをでて、ふと頬に当たった一滴


抜けない棘をしのばせろ。

あなたがこれまで生きてきたなかで、どうしても、抜けない棘があるでしょう。

あなたがこれまで過ごしてきた経験のなかでどうしても抜けない棘があるでしょう。

それは、痛いかな?

それは嬉しさ?

いつか愛?

まだ弱さ?

わたしはその抜けない棘です。

あなたの抜けない棘


1日のおわりと、1日のはじまりの

その間にな庭にある茂みに小さな小道ができるんやて。

明るい光のはじまりの道なんやで。

暗い世界の終わる道なんやで。

その明るさと暗さの間の道は、海まで続いていてな

そこまで歩いてきたい。

それから私の気持ちに気づきたい


あなたの人には見せない部分をなぜ私は知っているのですか?

私の人には見せない部分をなぜあなたは知っているのですか?

人には知らない涙をなぜパンダは知っているのですか?

なぜパンダを燃やすのですか?

人には知らない花を、なぜ夢のなかではわかるのですか?

私とあなたはパンダになる。

パンダが燃える時秘密は浮かびあがる。


水のなかに、部屋がありそこで私は踊っているんだ。

水のなかにだけど、苦しくはなく、息もしていない。

バレエを踊っている。

部屋にはソファがあって、そこの上で舞う私は、こんな素敵な部屋がどうして水のなかにあるのかを考える。

水のなかに、部屋があった。

舞い踊る。


傷を作っては、夢を見る。

傷を作っては、愛の夢を見る。

下手な夢だよ。

君は自分と世界を傷つけて、僕は世界と自分を傷つけて、何度も失敗して、下手な愛の夢を見る。

傷を作っては、あれ?と思う。

誰かの傷とよく似ているから、愛しはじめる


境界線など無視して、

あなたのココロの奥に手を突っ込み、

ぐっと掴み、

あなたを好きなんだ、と伝え、

これが禁止されている愛し方だと、

そういうココロの伝え方をしたい、

と思い、でも、そっと、あなたの後ろを歩いた。

夕方。


私の不在証明。

私は父親も母親もいない。

正確に言えば、私は出生の時、隣の赤ん坊と、親を間違われ、そのまま両親に育てられた。

6歳の時、病院のミスが発覚した。

赤ん坊を取り違えていたと。

もう一つの家族と話し合い、私はもう一つの家族と暮らすよう話し合いがついた。

まだ小さなうちにその入れ替わった子供をもとに戻す。

交換。


しかし事件は起こった。

子供を交換する前日、間違われたもうひとりの子供の事故死。

ふたつの家庭はお互い私を、いらない、と言い、私はいなくなった。

いらない子供になった。

どちらからも愛される資格なし。

それからも父親と母親と同じように住んだけど、私は消えた。

これが私の出生の秘密。

私はいない。


私は大人になり、はやく一人で住みたかった。

アパートを契約して、今までの家族の部屋を出ようとした。

家具が何もない部屋を振り返った。

夕方だった。

その部屋で好きなバレエを踊った。

私は踊ったんだ。

夕暮れの光の中で。

舞い踊る。

私は泣かない。

ただ舞い踊る。

それからそっと部屋を出た。


私は人を愛せません。

心にライオンを抱きしめています。

きっと誰かを好きになっても、その凶暴な爪で傷つける。

心にライオンを抱きしめて。

私は人を愛せません。

でもこの秘密を読んでくれる人はいますか?

心にライオンを抱きしめて。


僕はそこまで読んで携帯電話を切った。僕はそのようにみいちゃんの心の中をほんの少しずつ知り、遠野はる、に心が近づいていく。


はるちゃん、今、君は何をしていますか?

初めて人を愛した、はるちゃん。

鼓動がはやくなる。


今度は顔ではなく、心の中への恋に気がつき始める。

君は君でしかない。


こんにちは、遠野はる。

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