僕は高校一年の春に運命の女神に出会いました
天条光
第1話 始まり
高校一年の4月下旬のある日のある部屋。
「……もう朝か」
カーテンの隙間から射す陽光と、可愛らしい小鳥の鳴き声に意識の覚醒を促され、
僕、相葉勇気は目を覚ました。
ベットに横たえていた体を起こし、閉め切られていたカーテンを開けると、部屋が明るくなる。
僕は窓から外の様子を確認した。
「気持ちのいい天気だ。今日も一日頑張れそう」
雲一つない晴天の空を見て、僕は誰に言うでもなく気合を入れる。
と、そこへ
「兄貴、朝飯。早く食べてって、母さんが言ってる」
自室のドア越しから、抑揚の口調で話しかけてくる女の子の声が聞こえてきた。
その声には感情が込められておらず、どこか事務的で清々しい朝の空気で癒されていた僕の気持ちに水を差したが、いつものことだと割り切って返事を返す。
「わかった。今すぐ行くよ。瑞希」
「じゃあ、よろしく」
これまた無機質な声でそういうと、僕の妹である相葉瑞希は階段を下りて行った。
相変わらず、無感情というか愛想がない妹だと僕は思う。
でも、瑞希が小さい頃、僕が小学校の低学年ぐらいの頃は二人で良く遊んでいたし、近所のおばさんからは「おしどり夫婦ならぬおしどり兄妹ね」なんて言われるくらい客観的に見ても関係は悪くなかったと思うんだけどなぁ。
とはいえ、瑞希の変貌した理由に心当たりがないわけではない。
「瑞希があんあふうになり始めたのってあの事故の後からだよなぁ。やっぱり何かしらの関係はあるよね」
僕は窓から、一列に並んで歩いていく小学生の列を見つつ、独りごちる。
小学生の高学年の時、僕は交通事故に遭っている。
公園で一人で遊んでいた時、知らない女の子が車道に飛び出した。その横からは黒塗りの高級そうな車が走ってきていたが、その女の子はまるで気づかず、車道を横断しようとしていた。
ハッとした僕はとっさに体を前傾して走り出すと、その女の子を両手で突き飛ばした。女の子の体は軽く宙を舞って腹から落下したが、車道からは退避。それを見て安堵の息を僕は吐いたが、次の瞬間、けたたましいクラクション音ともにもの凄い質量を伴った衝撃が全身を駆け巡り、僕は意識を失った、らしい。
らしい、というのは安堵の息をついた後の展開は刹那のことで、僕は覚えていないから。意識を取り戻した僕に、お医者さんと事故を起こした運転手、そして母親が説明してくれた。
まぁ、当時の僕は、知らない大人に囲まれていたことのほうが事故よりも怖かったので内容はほとんど耳に入ってなかったけど。
僕は小学生の列から窓に反射して映る自分の頭を見つめると、右手で髪をかき上げる。そこには薄っすらとではあるものの、傷跡に沿って一直線に髪が生えていない箇所が見えた。
「事故の傷は消えそうにはないな。まぁ、僕は気にしてないからいいけど、周りの同級生は別だったな。そのことで間接的に瑞希に嫌な思いをさせていたのかもしれない」
病院から、無事に退院し学校へ通い始めた僕を周囲は好奇な目で見てきた。見てくるだけならまだしも、あれやこれやと聞いてくる無神経な連中もいた。日常、平凡とはかけ離れた体験を果たした僕の話は彼らの知的好奇心と無邪気な気持ちを刺激したのだろう。
それに対して、最初も僕は「そんなに楽しくないよ」とか「僕の話よりも君の話が聞きたいな」とか弱い拒否とか話題転換で乗り切ろうとしていたが、さしもの僕も我慢の限界になり、ある日、強い拒絶と眼光で威圧してしまった。
しーんと静まり返る教室。驚きに表情を歪め呆気に取られている野次馬と取り巻きを見て、僕は直観的に自分の失敗を理解した。あ、やっちまった、とね。
その後の流れはご想像の通り、好奇心と僕に対するある種の憧憬の感情は、怒りと憎悪に形を変えて、僕はクラスという内集団から追い出され、時には嫌がらせを受けた。
その負の外部効果を受けて、同じ小学校に通う瑞希にも何かしらの悪影響があった可能性は高い。高いのだが……
「関係ないっていうし、それも普段は無感情の瑞希がはっきりと」
そう、瑞希はその可能性について聞くと、決まって強く否定する。
何かとても嫌な体験をしたから口を噤んでいるのかもしれないし、本当に関係ないのかもしれない。それは瑞希本人しか知らない真実だし、僕には知りようがない。
ただ、僕は瑞希の言葉を信じている。何故なら、ただ一人の妹の言葉なのだから。
僕が信じずして誰が信じるのか。冷静な評論家が聞けば、自分勝手な解釈で論理性に欠けると、容赦なく切り捨てられるだろうけど。
そんなこんなで、当時の僕はこの事故を受けてある決意をした。
それはーーーーと、その時。
勉強机に置いてあるスマホが通知音を部屋に響かせる。音の種類から予想するに、
無料通話アプリの LINKのメッセージだ。
ニュースのお知らせかそれとも知らない人からの友達申請かな? と僕はスマホを手に取ると、画面に視線を向ける。
すると、そこには短く、用件が書いてあった。
『兄貴。早く。朝飯。食べて』
「……これは怒っておられるな」
僕は額から汗を垂らしつつ、「ごめん。すぐに行きます」と返信するとお急ぎで部屋を出る。
その時、自室の扉に掲げられた僕の人生の指針が目に入った。
『平凡に、そしてリスク回避して平穏無事な日常を生きる』
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