第24話~ベネチアに潜む者~

 いつも通り黒いワープホールを潜れば、そこは水の都市ベネチア。

 イタリア……。俺達の遠く薄くなった血の祖先でもある。


 中世の建物から西洋式のカラフルな建物。川にかかる橋。広場の噴水と、建物の間の迷路のような小道が顔を覗かせている。


 時間軸は現在。往来する人々は現代風の西洋服を着ている。

 まあアメリカンな格好だ。


「情報や写真では見たが……凄いな」

「ええ、デザイン面でも参考になる」

 そう言えば未来は絵も描ける。何でも出来る長女は頼もしい。


 ふと未来の服を見る。

 そう言えばティアスが現地に合った服装に変わるようになっていると言っていたっけ。

 胸元がフリルの白いキャミソールに黒い長袖のカーディガン。ちなみに透けている。

 下は黒く長めのスカートで黒いクロッシュの帽子を被っている。


 クロッシュというのは女優帽よりもつばが小さくてお洒落なやつのことだ。

 しかもつばが上に少し跳ねていて質感は網目の布で可愛い。

 黒い西洋風のサンダルも可愛い。

 だけどかかとが数センチある。絶対に動きづらい。


「な、なに……?」

 じっと見つめていると未来が顔を赤くしながらも引いている。


「一国のお嬢様みたいだな」

「いや、そうじゃん私達」

「そうだった!」

 ふと気づいて自分の服装を見る。


 長袖の黒いシャツに紺のジーパン。赤いスニーカー。羽織るものは特に無し。

「いや差ありすぎだろ」

『その方が怪しまれない』

 この神、相当失礼なことを言ってるぞ。


 天気は日本と同じ位だ。でも日差しは少し強いかもしれない。未来を背負うことになるかもしれない。


「まあいい。ターゲットは?」

『画像情報を送るわ』

 俺と未来の目の前に電子液晶が映り、画像が表示される。


『20センチ程の小型の竜よ』

 そこに表示されているのは……どう見てもツチノコ。

「へ?」

「は?」

 いやツチノコはツチノコでも何だこれ。

 造形はかなり丸く、デフォルメ化されたキャラクターに近い。


「ツチノコじゃん」

『違う。竜よ。特に攻撃手段は無い。ただ、俊敏性がかなりあるわ。素早さもあなた達の倍はある』

 いやふざけんなよ。そんなの絶対捕まえられっこないじゃん。


『未来の基礎体力を計る為よ。目撃場所の地図も送るわ』

 話を勝手に進められている。待ったをかけようとした時。


『お母さんの番だよー!』

『こほん』

 ティナの声と同時に咳払い。

 プツリと通信が切れる音がした。


「あのお金稼ぎのパーティゲームそんなに面白いの?」

 未来は俺に疑問を投げ掛ける。


 そういや、こどもの日は初心者向けの山にピクニックに連れていったって言っていたような……。

「こどもの日にまだ何もあげてなかったら買ってあげたらどうだ?」

「そうね……。考えてみる」



 世間話も程々に、提供画像の場所を探すも……。

 気配も無ければ人影も物陰も無し。


「▽▲″≦′%○*※」

 チャラ男が現地の言葉で未来をナンパしてくる始末。

 でも腰には変わらずジーニズがいる。

 下手に警察でも呼ばれたらまずいから隠しながら逃げる。


 瞬間移動並みの速さでも未来は何度もこけそうになるので、やっぱり俺がおんぶする。


 言葉には形容しがたいが、小さい姉を持って良かった。

 なんか汗とか気にしてるの可愛いし。



「全然いないじゃん……」

 こんな速さでも二時間は探し回った。

 俺でも弱音は吐きたくなるこんなの。


『ガサゴソ』

「ん?」

 物音が鳴った方向を見つめる。

「しーー!」

 未来は静かにと注意すると、ゆっくりと足音を立てずにそこへ近付く。


『バサッ!』

 何かが物陰から逃げ出した!


「!!」

 俺は咄嗟に未来をおんぶして、そいつを追いかける。

 獣のような鋭い眼光で。


 そして未来もどこからともなく網の付いた投げ縄を取り出してブンブンと回す。


 未来が投げた縄は……勿論当たるわけも無く。

 何度も壁にぶつかりそうになっては急に避けるものだから……。


「うぅ……」

 噴水横のベンチで未来が、こちらを頭に右側面を下に向けて横たわっている。

 そりゃあんなの繰り返してたら乗ってる側は酔うに決まってる。


「大丈夫か?」

「しばらく横に……」

 心配したところで具合が良くなる訳じゃない。

 だが、ナンパしてくる変な奴もいるなら放置も出来ない。


「誰か見守り役連れてこれないか?」

 耳に手を当てて聞いてみても返事は無し。


「はぁ……」

(俺もちょっと休むか……)

 少しは協力してくれても罰が当たる訳でもない。

 でも元々竜を還すのは俺とジーニズが決めてやり始めたこと。

 座して待つのも悪いことじゃない。


「ごめんね……」

「え?」

 未来が小さく呟いた言葉に驚く。


「一人で頑張ってるのに、何も力になれない……」

 嫌味とかではなく、彼女は本当に申し訳無さそうに話す。


「大丈夫だ。焦ることもあんまり良いことじゃない」

 俺はすっかり今現在のことだと思い込み、リラックスしながらそう答えた。


「そうじゃなくて……」

「おう……」

 そうじゃなくてどういうことなんだ?

 率直な疑問が沸き上がる。


「多分皆も助けたいとは思ってる。でも変わった環境に精一杯で……追い続けられない」

「まあ、そうだろうな……」


 今まで散々手伝ってくれていたんだ。

 ティアスがああは言っても結局責任は俺にあるから、無理矢理来ることも可能だ。

 時代の流れを壊しても鈴がいれば安泰なのは間違いない。


 それでも……。今現在の状況はちょっと今までとは違う。

 新しい生活環境で自分一人で馴染んでいかなくてはならない。

 兄弟だから友達だから夫妻だからベタベタするばかりじゃ生活していけない。

 周囲に馴染める自分を確立出来ないし、子供の見本にもなれない。


 だが、俺は何としてでもやるしかない。

 この一番申し訳無さそうにしてる姉を二度と危険に晒したく無い。


「いいんだよ。姉さんは気にしなくて」

「え……?」

 俺は横たわる彼女の頭を撫でる。


「小さい頃からご飯を作ってくれて家の何もかもやってくれて、これ以上何も返さずに何かしてなんてわがまま過ぎる」

 俺はもう惨めな思いはしたくないし、誇れるような生き方をしたい。


「別にわがままでもいいのに……」

「だーめだ。子供が四人に増えてどうする。それにあともう少しの辛抱なんだ。あとは気合いでやりきってみせる。どうか見守っててくれ」

「はいはい。見守っててほしいくらい寂しがり屋の癖にぃ……」

 ちゃんと話ができる位には調子が戻ってきたようだ。


「ほら、そんな元気があるなら!」

 彼女の上体を起こそうとした時……。

「ちょっ、まだ!」

 止めるのでふと顔色を伺う。


 すると半分だけ顔色が青い。

「へ?」

(何で半分だけ……?)

 疑問に思い、俺は彼女のおでこに手を当てる。

 それはちょっと平熱とは思えない熱さだった。


「え? 具合悪いなら……!」

 心配の言葉をかけるも彼女はどうやら右腕を隠している。

「ん? ちょっと見せて」

「え、いやっ!」

 嫌がる力は弱く、簡単に差し出される右手。


「な、何だよこれ……」

 その腕も青白く若干だか血管が浮き上がり、動いている。


 呆然とする俺の手を振り解き、右腕を隠す未来。

 聞くだけじゃなく考えることにした。


 普通に話せるということは酔いも治まっている。

 だが、体の不調を訴えていて変な症状と言えば……。


「ジーニズ、何が起きているんだ?」

 未来に取り憑いたままのジーニズの兄の仕業であることに間違いない。


「…………」

 相棒は答えてくれない。

(何なんだよむしゃくしゃするな皆して……)

 心の中の不満がざわつく。

 仲間といれる時位は楽しくあってほしい。

 そんな願いを簡単には叶えさせてくれないようだ。


「落ち着け、乱威智……」

 落ち着けるかよ。とでも返したいところだ。


「お前の思うアテで間違ってない。だけど、何にも分からないんだ。アイツが未来ちゃんを乗っ取ろうとしていること以外」

 その話は既に前から聞いている。

 でも何故分かっていることを誤魔化す?


「でも体に起きてる不調位は分かるだろ……」

 俺はただ事実を述べる。

 助ける為には本当のことを知らなきゃならない。


「そんなに怒らないで……」

「怒ってないよ」

 そんなの未来に言われたらそう答えてしまう。

 自分が情けなく感じる。

 どうしてここまで頑張っているのに仲間の状況は一つも良くならない。協力できるような機会も作れない。


「落ち着け! 血液不循からの微熱。恐くアイツは血液から悪さをして抵抗力も弱まってる」

「そうか……。で、何で答えてくれなかったんだ?」

「お前が焦ったらまた……。お前がまた何かを失う……。僕はもうそんなの見たくない」

 そんなこと分かっている。百も承知だ。


「俺は何としてでも無理はせず、平静を保つ。あとどれくらい保つ?」

「そんなの知ったら……」

「いいから!」

 過程がどうあったって結果がうまくいかなきゃ台無しだ。俺がどう辛かろうと、その先に皆が生きている未来があるならいくらでも耐えてみせる。


「もって、四ヶ月だ……」

 大きく息を吸って溜め息を吐く。

 なら今この時間すら惜しいと思うのは当然だ。


「遅らせる異能力としての治療法は?」

「分からない……。悪化させるかもしれないし、下手なことは出来ない」

 ジーニズはただ、俺の指示のまま情報を伝えてくれる。


 知ってどうなった? 今この青空のし下で、何も出来ないのがただもどかしいだけだ。


 ただ、考える時間だけはくれる。

 これでいい……。


「だ、大丈夫……?」

 ふと足元を見れば小さな緑色の竜が未来を見て心配している。

 間違いない。ツチノコみたいなターゲットだ。


「…………」

 焦って機を逃したら意味がない。

 黙って見ることにした。


 小竜はベンチに登り、未来の側に丸まっている。


 途端に小竜は緑と赤の光を交互に放つ。

(未来の目の色と髪の色……?)


 光は未来を包み、数秒経つと消えていった。


(まさか……?)

 人生というのはこうでなきゃやってられない。

 不幸もあれど幸運あってこその人生だ。


 未来の顔色も良く、ゆっくりと起き上がる。


「き、君がやってくれたの?」

「うん! 凄い苦しそうだったから」

 未来は竜と対話を始める。


(こ、こいつ古竜かよ……)

 俺達の星に昔からいる竜は、言葉を話すことが出来る。結衣の家の竜もそうだった。

 だが……こんな小さな見た目でそうだとは思いもしなかった。


『凄いぞ乱威智……! やはり古竜の力は不滅にして偉大だ! アイツの侵食が体内にももう見られない!』

 頭に直接話しかけてくるジーニズのテンションも高揚していることがすぐに分かった。


 ホッと一息撫で下ろす。


「悪かったな、取り乱して……」

 俺もすぐに謝る。

「ううん、良かった……!」

 未来の微笑みを見て、少し気が楽になった。


「おい、さっき無視したのはわざとか?」

『そうよ』

 ティアスからはただの一言返事。


 全く、どうして突然未来を含めての作戦だったのか言ってくれても良かったのに……。

 もしかしたら俺を試していたのかもしれない……。

 末恐ろしい。


「よしよし……」

「えへへ」

 未来に頭を撫でられて照れている古竜


「私は天崎未来。名前は何て言うの?」

「あっ、あまさき……?」

 古竜は警戒の様子を見せる。


「大丈夫よ。今はもう……。あの時代は私のおじいちゃんが王になる頃には終わったの」

「ほ、ほんとう?」

 古竜は未来のことを信じているようだ。

 警戒していた素振りをやめて、近付く。


「僕は……ジズ」

 俺と未来は息を飲む。


 そしてそれは幸運ではなく、必然的であったのだと思った。


 赤竜神星は三匹の竜神の信仰で平和を保ってこれた。

 リヴァイアサン、ベヒモス、ジズ。

 リヴァイアサンは俺に不死身を与え、星に帰った。

 ベヒモスはというとジーニズの兄が乗っ取り力を自分の物としている。


 ジーニズはかつてジズの元に取り憑いていた。

 その後も彼は竜を転々と取り憑き、悪の根源であるシュプ=ニグラスの進行を阻止してきたそうだ。


「君はジズって言うんだね?」

「うん!」

 未来の問いに返事を返す古竜。


 未来は俺と目を合わせた。

 間違いない。彼だ。

 彼がシュプ=ニグラスの進行を止め切った張本人だ。


 祖父の話によると、見知らぬ侍が与えてくれた力で祖父の父に宿ったシュプ=ニグラスの化身を浄化した。

 そこから竜を使役する時代は終わったと聞いていた。


 ジーニズの話では、僕が宿った侍と、竜神ジズで共にそれを成し遂げた。


 つまり彼と共に祖父は悪い流れを絶ち切れた。

 一つでも欠けていたら叶わなかったかもしれない。

 俺達が産まれるはずだった平和も訪れ無かったかもしれない。

 感謝の言葉しか思い付かなかった。


「ありがとう……」

「へ、ど、どうして?」

 未来の突然の感謝の言葉に、ジズは困惑している。


「君がジーニズ君と成し遂げたからシュプ=ニグラスは私達の代まで進行を阻止し切れた。つまり、私達が生きていられること自体が君のお陰だよ」


「俺からも、ありがとう……!」

 俺は九十度で頭を下げ、彼に礼を言う。


「よっ、久しぶりぃ~」

 空気を読まない相方に少々腹を立てた。


「どういたしまして……。良かった。君も生きてたんだね……」

 頭を上げると、ジズはどうも未来と一緒にいるのが楽しそうだ。


 俺と話すとき少し声のトーンが落ちた。

 聞き逃しはしない。


「私と一緒に来る?」

「ほ、ほんとに!?」

 凄い嬉しそうである。旅にでも出るつもりか?

 ここへ逃げていたのも少し納得だ。

 見知った血の人間がいる場所にいたいだろう。


 未来を好んでいるのもそのせいかもしれない。

 俺と未来の目がエメラルドカラーなのはかつての血が濃いからだそうだ。

 母親からそう教えられていた。


「もちろん、本当だよ」

「良かった……。ずっと僕、罪悪感を抱いていたんだ……。力が無くなって期待に応えられないかもって逃げちゃったから」

 逃げた竜が全て自分勝手な理由ではなかった。

 俺にもその言葉は暖かいものだった……。


「でもそいつ、夫と子供三人と惚れられた女と暮らしてるぞ」

 俺は少しからかってみる。

 逃げたというので覚悟があるのか気になった。


「え……?」

 ほれ見ろ惚れてやがった。


 未来に凝視され睨まれる。

 この悪どいテクニックで二人の男と女を落としたのか……。

「怖くない?」

(そっちかよ……)


「大丈夫よ! 皆優しいから」

 未来の微笑みを見れるのも最近増えてきた。

 子供が出来るってやっぱり幸せな事なのか……。


「フッ」

 鼻笑いが漏れてしまう。


『おいお前ッ! 何で笑ったんだよ今!! 私の恩義一つ一つ忘れたのか糞野郎ッ!!』

『ちょっ、暴れんじゃないわよッ!』

 優華の罵声と結衣の制止の声が頭に響く。


 寝不足の頭に響くと同時に、こいつのせいで寝不足であることを思い出した。


『来たわよッ!』

 ティアスの声で脳が目を覚ませと警鐘を鳴らす。


「先に帰っててくれ!」

 正直今の状態で戦闘に参加させる訳にいかない。

「え!」

 反応しかけた未来に手を触れ、黒いワープホールに飲み込ませる。


『私も戦うのに!』

 頭に響く彼女の訴える声。


 気付けば建物や塔、橋の影に巧妙に隠れた人の気配が四人。

 これでようやく奴等の狙いが分かった。


 今回は未来とジズを欠け離すこと。

 ジーニズの兄の侵食を待ち望みにするのがよく分かる。


 シュプ=ニグラスは阻止されたことを相当根に思っている重い女らしいな。


 飛んできた銃弾と氷魔法を素手で受け流す。

『受け流しが甘い! 判断が遅いぃ!』

 説教するのかふざけるのかどっちかにしてほしい。


「アイツ程じゃない」

 目の前の影から現れた黒髪ストレートヘアの女剣士。


(余計なお世話だ。どうせお前には出来ない)


 そう言う落ち着いたダウナー系の女剣士の影縫いは随分ゆっくりに見えた。


「厨二病?」

「…………」

 口調も表情もダウナー系だからか当たってんのか当たって無いのかよく分からない。


(あと一人は……)

 橋から見える獣耳。

 ちょこんと見える白髪の小さい麻呂眉の女の子。

『色目使うんじゃねぇ! その子は私のもんだ!』

 ティアスが何故か注意をしない。


 俺の戦闘を寂しく思ってガヤを入れてくるようになったのか……。

「俺には結衣がいる」

『フゥー!』

『や、やめてよもう……!』

(うん最高! 頑張れちゃう!)


「誰と話している?」

「刀と話してる厨二病男が誰かと話してたら変か?」

 リーダーか斥候らしき女剣士を煽ってみる。

 彼女は少し眉を潜めた。

 女剣士の背もそんなに高くはなさそうだ。

 大人よりかは中学二年生位に見える。


(全員への挑発が必要だな……)

 生憎周囲の人々は俺達を不思議に思っている。

 好きに話をしたりするには別次元へご招待するしか無いのだが、四人一気に集めなくてはならない。


(少しやってみるか……)

 俺は口角を少し上げた。

 一瞬で高速移動を繰り返し、立体影を三体編み出した。

 それぞれ民家の影、塔のふもと、橋に向かった。


「ふぅーっ」

 一番近い女剣士が剣を両手で持ち、右後ろに引いて力を溜めている。


 彼女が振り上げた斬撃の衝撃波は扇状に16に分かれて、町を襲う。


(端から皆殺しにするつもりか……!)

 一般人を進んで殺そうとはしない亜美とは違うようだ。


 塔の立体影へと近付き、立体影の両足同士を重ねバネの力を活かして勢いを付ける。

 刀と鞘を重ね、炎を纏う巨大な剣を両手で持つ。

 真十剣術の拐居合い。

 巨大な剣を活かした居合い斬りでどんな量の攻撃も拐う。


 五メートルはある衝撃波全てを回収。

 その力を利用する。


 衝撃波を吸収したまま円柱を回るように何度も回転して天へと向かって風を起こす。

 炎を含んだ風は炎の砂嵐となる。

 那津菜流細剣術、極・嵐風衝撃緩和との組み合わせだ。


 勿論外から内回りにしているので風は周囲の物を引き込む。

 勿論地上にいた女剣士は風に巻き込まれて宙に舞う。

 調整しているから別に熱くはないが酸素は無いだろう。


 人間というのは酸素が少ないと正常な判断を出来る確率がグッと下がる。


 橋の獣耳は刀を両爪で受け止められた瞬間に蹴りで風の場所まで押し飛ばす。


 塔にいたバニースーツみたいな服装の黒髪魔法使い。

 魔法を近距離で受け流すだけでなく、摩擦で魔法を回転させて分離させた。

 その反射魔法を魔法使いの元へ送れば、必ず近場に転移するなりで避けるはず。


 花の柔軟剤の香りを頼りにその場所を割り出し蹴りをそこに放つ。

 そして嵐の方角へ蹴り飛ばす。


 民家に隠れた銃を使う黒いコートの青年は同じ方法をしても銃剣でそれを弾いた。

 だからその弾に紛れて民家の下から現れ、蹴りを入れる。


 どうして全て蹴りなのか。

 亜美に手加減した拳を入れてああなったのだからもっと手加減するとなれば蹴りだ。


 四人を同じ位置に集めた瞬間、嵐から次の技に繋げる。


 竜宮ノ神刀術、隼ノ時織はやぶさのときおり

 一定範囲内円形の空間を切り裂き、裂け目に真空を編み出してこの世との繋がりを切断する。


 つまり……空間を切り離し空間の歪みを発生させる技。


 円形と言っても外周だけではなく人間が入れる範囲ごとに切り分け、中の人間が逃げられないようにする。


 これをすれば影縫いは出来ない。


 そして俺はこの技の外周部分のみを三人の立体影でも使っている。

 その円形の外周を回転させれば……宙に浮いたこの円内は別の空間として切り離される。


 ここからはティアスの仕事。

 ワープホールを繋いで俺専用の説教の空間を作ってもらって招待してもらう。


 ワープホールも俺が直に触れる場合じゃなきゃつくってもらえない。

 だからこの技を使って周囲の空間ごと触れられるよう、覆えるようにしてしまう。


 元の世界には無の空間が残るが、それもティアスに相談済みだ。すぐに空間を形成し直してくれるだろう。


 と解説しているうちに無の空間へとご招待が完了した。

 周囲の背景は真っ黒。

 ストレスを与えるには最も適した色合いだ。


 転移された四人は息絶え絶えに倒れる。


『かわいそ~。極悪非道ね』

 また優華が口を挟む。


(ふん……じゃあまずはこれから聞いていくか)


「おい、くたばってる四人組。お前らは何の命でここにいる?」

「おいおい、そんなの考えりゃ分かるだ。」

 黒髪のコートの男が這いずりながらも威勢を見せる。


「違う。未来とジズだけが目的なら、何故本人達と関わりが無い場所で戦闘する必要がある?」

「くっ……!」

 獣耳の女の子が悔しそうにしている。

 そんな本気になれるなんて随分仲間思いの強いパーティのようだ。

 口が裂けてもそんな嫌味は言えないが……。


「お前らは優華を自分達の準備したフィールドに引き込みたかった。違うか?」

 単刀直入に奴等の作戦と呼べるものを推測する。

 その情報はずっとこちらを見てる誰かから手に入れたと考えるのが妥当だ。


「…………」

 誰も喋らない。黙秘のようだ。答えは近い、もしくは正解といったところだろう。


「そして俺を襲わないことから狙いは不死身ではない。俺には無くて優華にのみあるもの。それが封印の解除に必要。もしくは危険視しなくてはならない。能力者を出し続けているのもその絶対能力さいのうを牽制している間に引きたいから」

「知らない」

 女剣士は冷静な表情でいち早く答える。

 答えが早すぎて不自然だ。

 半分封印されてるからかこういう結果になっている。


「強者との戦闘は刺激になり、相手を知ることは何よりも武器になるしな?」

 追い討ちの言葉も返答が無ければ意味も無い。


「一番の頼りであった亜美に愛想を尽かされ、使えるのはお前達だけ。今じゃ随分小さな組織だな」

「お前らが全部! 全部ぶっ潰したんだろ!!」

 獣耳の少女が牙を剥き、怒鳴ってくる。


「誰一人殺してはいないが?」


 敵に立った人は俺は誰一人殺していない。

 その人にも家族がいる。奴に利用されている生命。

 奴とて一から生命が生み出せるのであればこんなに能力者探しに苦労はしないだろう。


「……ッ!」

 彼女らにも正義感というものは存在しているようだ。

 誰がそんな余分なこと教え込んだのだろうか?


 と言っても救えなかった命だってある。

 悪に堕ちた者は記憶を脳の奥底から目覚めさせ、洗脳を解いたら後は自ら浄化し始める。


 四人とも悔しさのあまり、立とうとするも立てない。

 切られた空間が元に戻るまで、酸素も行き渡らず、動くことも叶わない。


 あいつならこんな真空の流れですらも、右拳で粉々にしてしまうのだろうか……。

(大丈夫だ。焦らなくていい。俺もお前らと同じ感覚を久々に味わってるよ)



「いくらその手を血で染めてるのかは知らないが、自由になったらどうだ? 自分等でも気付いてるんだろ? ただ破滅を傍観する思想に付き合わされているだけだと」

 甘い言葉で誘い、現実を叩き付ける。

 知性や感情を持つ生き物には必ずそういうやつもいる。だが、それにわざわざ着いていく必要はない。


 知性や感情があるなら自分がやりたいことをやればいい。悪事は続けていても必ず尾を引いてくる。


「絶対に……! 裏切ったりはっ!」

 若々しい女剣士が、未発達の体躯なのに立ち上がろうとする。


 空間の裂け目である真空の刃が彼女の服を部分的に切り裂く。皮膚を切り裂こうとした時……。


『もう傷が残っちゃってさ……』

 優華がバスローブから着替える時の雑談を思い出す。

 彼女に手を上げた奴等への怒りが混み上がる。


 真空の刃を滑らかな物に変え、女剣士を押さえつける。


「ん……?」

 女剣士はその圧力の強さに膝を突き、少し困惑していた。


『なにしてんの?』

 勿論の事、一番気にされたくない人物に口を挟まれる。

「うるさいお前の――何でもない」

『へ? あっ、女の子だから……? あ、もしかしてぇ……? 傷が残ったりしたりなんかしたらぁだなんて』

 その一言一言溜めて言う言い方は超ウザいが、口調の弾み方から満更でも無さそうだ。


「そうだよ嬉しかったか?」

『ふン……!』


「んで、裏切ったりしない理由とは? 意思とは?」

 俺は一瞬で女剣士に間合いを詰めて、問い詰める。

 目を見開き驚いたかと思ったら再びむすっとした素っ気ない表情に戻る。


「命……、助けられたからッ!」

 聞いておいて難だが、それがどんな理由であっても意味は無い。


「育ててもらった? 助けてもらった? 愛情を注がれてるなら何故それを否定しない。その時点でお前はその親を愛してなどいない」


「分かってない……!」

 分かっていないのはお前だ。

 腹が立ってくる。言われるがままに甘えて、いつまで子供を気取っているんだこいつは?


「嫌と言う程分かるさ。俺の母親は正しい。でも間違った時はそれは間違っていると指摘する。父親も何が目的かは分からない。だが、自分を犠牲にする方法等も間違っている。そう言えることが愛だ」


『寒いけど、効いてそうね……』

『説教タイムには、間に合ってるね』

 優華が珍しく感心し、幸樹の声が聞こえる。

(おいおいおい……! ここはアットホームな職場じゃないぞ。幸樹がいるんじゃ不満の一つも言えないじゃん……)


「別に、そんなのどうでもいい……! あの人が幸せなら……!」

 先も見えていないバカな答えだ。


 彼女の手の甲を踏み、その先の終わった未来を告げることにした。

「じゃあ! 本当に破滅が尽きて無になったら、アイツの欲求は誰が埋めるんだ?」


 すぐにその足を離し、目の前にしゃがんで目線を合わせる。

「欲求っていうのは一種の中毒症状。だからいち早く竜を還して奴を止める。今まで通り殺しはしない。更正の道を歩ませる」


「それは……、ほんと?」

 助けを求めている少女の心が開けそうな気がした。

 周りの三人も口出しせず、ただこちらを見つめている。


『グサッ』

 女剣士の剣が俺の鳩尾に刺さる。

 というかわざと刺さってあげる。


「くっ……。くだらない」

 彼女は笑いながら、本性を現す。

 躊躇の無さから罪は相当重ねているだろうが、俺が話している途中に刺しても良かったはずだ。

(何だよこの茶番。何でここまでしなきゃなんないんだ?)


「くだらないのは、お前のその糞決断だ……」

 剣を抜こうとしても抜けない。再生速度が早い上に力を込めたら抜けるはずがない。


「まずっ……!」

 もう遅い。

 俺は彼女の頭を左手でがっしりと掴み、右手の刀を薄紫色に光らせて首もとを擦り斬ろうとした時……。


なだれ……!」

 この場で一番いてほしくない声。

 だが、俺はこの身を捧げてもいいという思いで擦り斬った。



「あなたはこれから私の子……」

「うん……」

 血を浴びたままの10歳ほどの黒髪少女。

 彼女は、白いレース状のドレスを纏った顔の隠れた女性を見上げている。


「あなたの家族はね、殺されたの……。あの憎い男に!」

 突然女性の口調が変わり、少女は目を見開いた。


 呼び起こされる記憶は……。

 幸せな一般家庭の夕食。

 最愛の父と母と弟。

 いつも通りだけど今日は私の大好物のハンバーグ。

 弟も大好きで、家族皆の笑顔が今日もまた一段と幸せで……。


 地面がうっすらと大きく揺れ出す。

 地震だと叫びテーブルの下に隠れる。

 全員テーブルの下に隠れた……。

 怖くて目を閉じた。

 次の瞬間、地震はピタッと収まった。

 明らかな不自然な静まり返りに困惑して目を開く。


 テーブルの下には誰にもいない。


 テーブルの外に出たが最後。


 刀を持ったレース状のドレスを纏った女性……が天崎乱威智に化けて現れた。

 リビングのど真ん中に。


 そいつは家族を念力で宙に浮かしてこちらを向かせている。

「な、何なの!?」

 母親が叫んだ時……。


 家族三人の首を奴の刀が切り裂いた。

 たった一太刀。

 それで私の幸せは……。世界中どこを探しても叶わない夢は……奪われたッ!!



 うっすらと目を開ける。

 四人とは十数メートル離れたところで目を覚ましたようだ。

 俺の胴体だけが首から血を撒き散らしている。

 女剣士は頭から血を被り、三人も血を若干浴びる。


 四人ともいつの間にか地面に座っていて、目をぱちくりさせながらそれを見ている。


 俺や仲間には見慣れた光景であること自体、おかしいのかもしれない……。


 女剣士はくたりと座ったまま失神する。

 三人は顔を青ざめて放心状態のままこちらを見つめる。

 ふざけるなよ……。彼女の記憶にこれ以上無い怒りを感じる。

 平然を装うのが大変だったと愛美から聞かされた亜美の記憶より酷く、残虐非道であった。


「新人なんかを戦場に出してんじゃねぇ……!」


 俺は髪を引っ張り持ち上げられ、後ろから怒りの混じった声が聞こえる。

 相当怒っている愛美だ。

 この汗の香りでも分かる。


 体が光を放ち、再生していく。

 自分の足で立ち、腕や服が戻り、刀を手にする。


「はぁ、はぁ……」

 四人を守るように立ち塞がる亜美は頭から血を流し、ふらふらでも足を大きく開いて立っている。


「――るな……!」


「はぁぁ……ッ!」

 愛美の横に移動すると、彼女は眼球を黒く染め、背中から黒雷翼を六本も生やし……。


 十個はあるブラックホールを凝縮した玉……。

 暗黒雷空玉あんこくらいくうぎょくを近くに浮かせている。


 雷を浴びて相当な力を使っているのが見てとれる。

「不意打ちさせろよカスッ……」


「させるかクソが……!」

 愛美と亜美が互いに文句を言い合っている。


 そんなことより憎い。何よりも憎い。奴の悪事と巻き込まれた人の記憶を見る度怒りが込み上げる。


 もう限界だ。

「ふざけるなッ!」


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