第23話~忘れてはいけない思い出~
通学中。優華は未来を見つけ走っていき、五分ほど経った頃。
「おはよ」
「おはよ~」
愛美と思わしき人物が結衣の元に近付き、朝の挨拶をする。
変わらぬ金髪の天然パーマが、くりくりのポニーテールになっている。
俺は見て見ぬふりをする。
(何の心境の変化だ?)
「あれ~。まだシャキッとモードじゃない?」
「ん~」
愛美は結衣のぽっぺたをつまみ、遊んでいる。
別に彼女がどうしてようと構わない。
俺は俺の役目を果たす以外、他のことは……。
愛美がいきなり俺の前に立つ。
少し震えていた。何かまた文句でも――
「この前は、ごめん。酷いこと言った。」
(なんだこの予想外の展開……。本当にどんな心境の変化があったんだ?)
結衣からの視線も痛い。早く答えることにした。
「お、俺も言い過ぎた。ごめん。あと音沙汰無しってのも、ちょっと冷たすぎた……か?」
思っていたことを伝えようとしたが、うまく伝えられただろうか?
「まあそうねっ」
彼女は軽く相槌を打つ。どうせ偉そうにしていると思ったら、結衣に負けないくらいの笑顔。
(あんまり俺に向けて笑ってくれるなよ……)
恥ずかしくなって目を逸らさずを得ない。
結衣の方を向くと、こちらも笑顔だ。
いつもとは何か違って、微笑ましそうにしてる。
でもなんか嫉妬されているような気も――
「むっ」
結衣がいきなり口付けをしてきた!?
(なっ!?)
「ちょっ、ばっ……! なにしてんのぉ……!」
愛美は両手で顔を隠して恥ずかしそうにしている。
すると結衣はキスをやめた。
(これが見たかったのか?)
最近結衣の甘えっぷりと言うか無邪気さが凄い。
変化したところも好きだ。
だが、俺が今から彼女の一番好きなところを見せてやろう。
俺は結衣の頬に触れ、横から唇を奪う。
「ふぁぶっ……!?」
本人が一番驚いてる。
すぐに唇を離すと、彼女は名残惜しそうな瞳で俺を見つめる。
前を向くと愛美が目を瞑って腕を組み、眉を潜めている。これはイラついてるよとアピールしているポーズだろう。
「なんだ、目瞑って。また――」
(やっべ。余計な一言)
「何?」
愛美が圧をかけながら近付いてくる。
幸い二人とも気付いていない。
(どうごまかそうか……)
「えーっと、寝不足なんかなぁと……」
適当な御託で余計な一言を誤魔化す。
「嘘ね。目にクマ作っておいて人の……」
彼女も同じように言葉をつっかえ、目線を背ける。。
(え、何? 俺何かしたか?)
結衣がこちらを笑顔で見ている以上、文句のひとつも言えなくなってしまった。
「昔みたいに二人とも姉弟愛丸出しで優しくなればいいのにぃ……」
彼女はジト目でいたずらっぽく笑っている。
そんなこと言われたら、幼少期のあまあまなやり取りの数々を思い出してしまう!
こんなに正直になってから、時々結衣の行動が分からなくなる。
「嫉妬しないのかよ……」
顔を赤らめながら彼女へ不満げに問う。
「私は気にしない……なんて嘘よ。でも私のわがままで親友が傷付くのはもっと嫌よ……!」
結衣のその目は厳しいものだった。
その真面目な表情。俺は数々怒られた経験を思い出して、身が引き締まる。
「じゃ、じゃああたしも……」
愛美が遠慮無しに身を乗り出す。
(お前ッ……やめろよマジで……!)
俺も未練がましく思っていることは伝えてないことで歯止めを利かせていたのに、こんな状況……。
ダメだなんて言えない……。焔だったら絶対その方が君なら良いよって言うに決まってる……。
「その、もうちょっと待ってみないか……?」
「へ?」
一番ダメだ……。一番ダメな曖昧な回答を……。
「私はいつでもいいよ」
結衣もその意見のようだ。俺の困惑する気持ちは見抜いているだろう。
「な、なんで? あたしのこと――」
嫌いなのかと問われる前に、頭を回転させて言葉を遮る。
「ち、違う。お前は焔のどこに惚れたんだ?」
「えっ……」
根本的なことだ。人は誰かに惹かれる時、どうしてもその人でその心の持ち主でなければ安心できない。
「世界が広かったように、この星も広い。学校には沢山良いやつだっている。誕生日までに見つからなかったら、まあ……お、俺が……」
愛美の両肩を掴んで話すも、言葉が詰まってしまう。
(やばいやばいやばい恥ずかしすぎる……! 実の姉にそんな……!)
「ふ、ふぇ……」
彼女は身を乗り出した癖に、顔を真っ赤にして目を泳がせている。
(心を決めろ俺! なってみなくちゃそんなの分からないだろ!)
「もらってや――」
『ドンッ!』
背中から衝撃が走り、どうしても前屈みになる。
(またか……)
俺は愛美と最悪なタイミングで口付けをしてしまった。
現に俺は諦めきれてないだけだ。
恐らく結衣とどちらかと取るとなったら……結衣を取ってしまう。
そんな曖昧な選択が、愛した相手に一番でないというのが分かるのは……ダメだ。
仲間にも頼れずその場から逃げ出してしまうほどの消えない傷を与えてしまう。
俺は唇を離し、覚悟を決める。
「愛美。俺は今、結衣が一番だ」
愛美はそれを聞いてすごく悲しそうにする。
「こんな風なことを遠回しに叩きつけたのにうだうだして、俺は優華を取り返しのつかない位傷付けてしまった……」
俺は正直な気持ちを伝える。
キスをして踏ん切りがついた。
「こんな、最高の姉ですら……二番目扱いにしてしまう最低の男だ、俺は……。きっとお前をこれから何度も泣かせてしまう」
「いいよ……」
彼女の下を向いたままの答えは、いいなんて答えに表せるものじゃないはずだ……。
「だから、お前が再び俺の前でこの話をする時は……こんな俺でも誰かと比べたら一番と思える時だ。そうじゃなきゃ俺も嫌だからだ。その時は愛美を同率一位で愛し続けると覚悟を決める……!」
「わ、わかった……!」
彼女は涙を流しながら笑顔で返事をする。
(ずるいな……)
そうやって過去の俺を揺るがしてくる。
「よくできました」
横から見ていた結衣は満足そうだ。
後ろにはまだ衝撃を与えた153センチ程の女の子がしがみついている。
「それで良いか? 透香」
「わかった……」
ちょっと声が震えている。
「愛美、お前の幸せを一番に願ってくれる人がいる。その人の為に、お前自身が一番幸せな道を選ばなきゃならないんだ。きっとそれがあいつの答え――」
『♪~~』
学校のホームルームが始まる予鈴がうっすらと聞こえてくる。
どうせじいさんの先生とは言え、だからなのか時間ぴったりに来るのだ。
「はぁはぁ……!」
二人慌てて教室に入る。30秒前といったところか。皆席についてそれぞれがそれぞれのグループで談笑している。
(あぁ……結衣ぃ)
毎日感じるこの虚無感もどうにかしてほしい。
「邪魔ッ」
立ち止まっている俺をドンッと押し、愛美はずかずかと歩いていく。
「おー!」
窓際の席から優太が手を振っている。
「そうだ……!」
昨日の夜。俺が任務中のこと。
亜美が奇襲をし、彼に鉢合わせてしまったと言う話を愛美に聞いた。
「大丈――」
駆け寄ってそう声をかけようとした時……。
「昨日は! ありがとうございました……!」
優太は大きな声で愛美の気を引き、彼掠れ声でうるさくならないように礼を言う。
そして彼女へ直角九十度の礼をする。
「えっ、ちょっ……まあ」
愛美は周りの集まる視線を気にしている。
「本当に、来てくんなかったら俺と瑠威姉死んでたんで……!」
それを聞いた瞬間、怒りがぐわっと頭に込み上げる。
(アイツッ……!)
拳を握り、歯をぎゅっと食い縛る。
(絶対に嫌でも更正させてやるからな覚えとけよクソ亜美が……!)
「当然のことよ」
愛美は表情を無表情に戻すと、さらりとそう告て席に座る。
俺もそのあとを追うように自分の席に座る。
「おはよう」
朝の挨拶をするが声が強張ってしまう。
「おう、どした?」
優太は表情変えず笑顔のままだ。
「アイツを絶対に更正させてやりたくてな……!」
「お、おぉ……。た、頼りにしてるぜ……」
目の前を向きながら話す俺の圧に彼は驚いている。
「こほん、ホームルームをはじめますぅ」
おじいさんがゆっくりとホームルームを始める。
早速名簿の中を念入りに確認しては、眼鏡をつけてないのに老眼の素振りをしている。
後ろからもこそこそと離し声が聞こえた。
「俺からもありがとよ。ポニテ似合ってるぜ――いっ!?」
バシンと背中を叩く音が教室に響く。
おじいさんは場所が分かってないのかキョロキョロしている。
「あんたに言われてやった訳じゃないから」
「へいへい……」
(俺もそんなこと言った覚えはないが? お?)
内心ほっと胸を撫で下ろしていた。
そして案の定おじいさんは教室から出ていく。
毎日名簿を間違え、提出物を忘れる。
名簿を読んでホームルームが終わり、提出物は生徒が自主的にやらなければ次の授業中に提出物を配る始末。
勿論今の時間は、教室にざわめき声が戻る。
愛美の右隣にいる亜依海の方を向くと、彼女は慌てて俯いた。
「色目使うな! 死ね!」
後ろから罵声が飛んでくる。
「じゃあなんで俺の好きなポニテに?」
『バシンッ!』
「いでっ!」
後ろでは漫才でもやっているんだろうか。
ちなみに毎日聞いてる限りそんな感じだ。
「俺のためじゃなくても誰のために?」
『バシンッ!』
「いぐぁっ!」
そこまで盛り上がっていて、振り返らないのは損だ。
俺と優太は内側から振り返る。
「あらあら、愛美さん? 席が若干三上さんの方に近づいてましてよ?」
俺は澄まし声で野次を入れてみる。さっきの邪魔タックルのお返しだ。
「好きなのかなぁ?」
まーた余計な一言を喋った刀がいる。
俺は前へ向き直り、口笛を吹く。
後ろがなんか暑い。燃えるような暑さだぁ~……。
「ふふっ……」
一同は笑った亜依海を見つめて驚き……。
「あっ、ごめんね? 邪魔しちゃった……ふふふ」
ホッとした。
学校の授業も眠気を堪え、終えた後……。
何と結衣からデートに誘われた。
しかも廊下のすれ違い際という高度なテクニック。
放課後生徒会室来てという甘い囁きには心奪われた。
身だしなみを整え、生徒会室に向かったが……何だか視線を感じる。
ふと振り返っても誰もいない。
学校の香りが強くて誰の匂いなのかも分からない。
(まあいいか、見せつけてやる)
どうせ鈴だろう。
昔からだ。俺と結衣が付き合うまでは、むしろ結衣の味方だった。
だが、俺がこけて結衣を押し倒してしまった時以来……。俺と結衣の仲を引き裂き、優華との仲を取り持たせようとしてきた。
まあ優華とはもう決別して色々あったし……取り持たせようとはしてこなくなった。
相手は違うが似たようなのがもう一人いて困る。
あの子はいい歳こいて駄々をこねて甘えてくる。非常にしつこい。
お昼に廊下で愛美をどうして前の席にしてあげないの! って怒られた。俺が怒られる意味がまず分からない。
まあおかげで耳打ちの恩恵があったのだが。
と、考え事をしていたら生徒会室から誰かが出てきた。
ドアの横に立ち、身構える。
下ろした黒髪。正に生徒会長と言わんばかりの副会長が出てきた。
「せ、生徒会に御用でしょうか?」
怯えた様子で話しかけてくる。
「那津菜さんに……」
「問題でも起こされたのですか?」
少し圧迫気味に聞いてくる。
(そんな厳格な雰囲気なのかよ……)
そこは俺があまり好めない生徒会のスタイルのような気がした。
「いえ、プライベートなんで。そもそも国の代表が問題起こしたらまずいですから」
プライベートなんで。つまりこれ以上は踏み込むのはマナー違反であることを指す。
あと、ちょっとした嫌味も添えてみた。
お相手は眉をしかめている。
「そうですか……!」
相当憤慨しているご様子。これで副会長なんて勤まるのか?
踵を返して歩き去っていくだけなのは大人の対応だ。反対側の壁影から覗き見しているツンデレな妹とは大違いだ。
(いい加減認めたらどうなんだ……)
そんな副会長とすれ違いこちらに向かってくる暗い人影。
亜依海が俯いたまま、こちらに向かってくる。
このまま帰宅するのだろうか。
凄いしょんぼりしているのが気になる。
「おい、どした?」
通り過ぎようとした彼女へ声をかけると……。
「ふぁっ!?」
声を上げて周囲を見渡す。
後ろを向いて俺に気付くと、苦笑いしている。
「な、なんでもないよ……」
あからさまに気を遣われている。
「なくないね……」
いつの間にか横に結衣が立っている。
自分の腕を組み、見抜いているかのようなキリッとした眼差し。
「べ、別にそんな――」
「今からヒトリに家具見に行くんだけど一緒に来るー?」
直球な誘い文句。そんなのに応じる訳……。
「いくます……」
誰かの視線を感じつつも、三人で隣駅の家具量販店へ向かった。
結衣は結衣なりに気分転換の意味も含めてだったのだろうか。
物事に熱くなりすぎる自分にも必要な事だとは重々承知している……つもりだ。
「すごそうなベッドだ……!」
亜依海は心地よさそうな新型ベッドに目を輝かせている。
「横になるな――」
結衣の肘鉄が脇腹に刺さり、治ったはずの捻挫が痛む。
「ふわぁぁ~」
痛がっていると、既に亜依海はベッドにうつ伏せで倒れ込んでいる。
(結衣とはあんま会ったことないはずなのによくもそこまで気が許せるな……)
その幼児退行っぷりを俺は凝視していた。
『ゴンッ』
「いっ……! 痛いって……」
肋骨に当てられ、流石に痛い。
(視線すらもダメなのか……)
結衣に目を向けると、不機嫌な表情をしている。
おそらく深く傷付いたことのある人間は繊細だから気にしてやるなとでも言いたいのだろう。多分……。
『人は傷付いた時、誰かに助けを求めるの』
結衣の小言。ほんの些細な小言。
予測していない事態だった。
今日予定していた出来事のどこにもない。
――僕は彼女に、那津菜結衣に嫉妬していた――
僕から姉の興味を奪い、誰よりも真っ当に生き生きている。
名付けられたあだ名は竜の巫女。
竜は必ず彼女には逆らわない。
何故か? 自分が自惚れているとハッキリと分かる。
愛美の興味を引き、優華のライバル心を燃やす。
僕は落ちこぼれの泣き虫。
『いつまで……?』
うずくまっていた体を起こし顔を上げる。
傷だらけの皮膚、腕と頭から血を流した彼女が……。
温厚で、クールで、だけど信頼する人の前でだけ笑う彼女は激怒の顔色でこちらを見つめる。
『あなたは、何でそんな甘えてられるの?』
息を切らしながらも強い口調。
僕は目を見張った。
彼女は泣いていた。大粒の涙を流しているにも関わらず表情ひとつ変えない。
『あなたが、羨ましい……!』
なんでそうなる。どうしてこんな僕を?
『誰かの支えが無ければ立ち上がれない。そんなあんたが、羨ましい……!』
しゃがんで力強く僕の両肩を掴む彼女は俯きながら泣いていた。
「あ、見つけた!! あれ? 結衣?」
愛美が心配して探してきてくれた。
公園の入り口からこちらを不思議そうに見つめる。
『それなのに! どうしてそんな大きなモノを背負ってるの!?』
僕が、背負ってる?
期待? いや、そんなはずは……。
『どうしてあの子達があなただけを執拗に狙うか分かるの?』
「へ?」
泣き止んだ僕は答えが出てこない。
でも一つだけあげるなら……。
「弱いから?」
『違う! 自分の力見たさに王子様を苛めれば優越感に浸れる! 王になったつもりになれる!』
「じゃあ男だからなのかな? よく分かんないよ」
僕が軽い気持ちで答えた回答が彼女の神経を逆撫でした。
『簡単に傷付いて、注目を浴びて、助けを求められる! そんなあんたが羨ましいからに決まってるでしょ!!』
走馬灯のように思い出した記憶。
彼女にきついことを言われたからようやく強くなろうと思えたのに、何故俺はそんな大事な事を忘れていたんだ?
「そっか……」
結衣のことを考えると辛くなる。忘れたい。弱い自分を怒られているようで怖い。
あの怒った顔を、結衣を早く忘れたい。
「思い出した?」
隣には微笑む彼女。その笑顔は嬉しそうなのに、何故か少し怒っているかのように見えた。
「ああ……」
俺は呆けながら彼女の問いに答える。
亜依海はいつの間にか違うベッドの触り心地を求め、近くにはいなかった。
それでも彼女は小声でこう返してきた。
「じゃあ二度と、助けを求められなかった彼女をバカにしないで」
かつての上から自分の意思を述べる口調。
笑うことのない真剣な表情。
隣で見てる結衣が怒るのも当然だ。
元気に思えるけど儚いほど落ち込みやすそうな亜依海に、俺達以外を気遣えるような余裕があるようには思えない。
「それが心の内を引き出してあげた人の責任っ!」
結衣は俺の肩に顔を寄せて、腕に抱き付く。
どうして……? 俺は迷っていたのか?
俺は体が熱くなり汗をかき、困惑する。
俺だけが戦っていたから?
口出しをする周りにイラついていた癖に、周りにはその事を知っていてほしい。
ゲームばかりじゃなくて見ていてほしかったのか?
俺を見て一緒に歩くのを、戦うのを諦めないでほしかったのか? 強がった振りをして。
優華との戦闘の情報共有もあった方がいいと言い訳を並べているようにも見える。
これじゃまるで……。
当時の彼女が抱いていた寂しい気持ちをようやく実感したかのようだ。
「ごめん」
スッと口から出てきた言葉はそれだった。
「ど、どうして謝るの?」
彼女は笑顔を引き釣らせて驚いている。
「踏み出せば楽になるよ。なんて酷いこと言ったな……」
「そう、だね……。不用心に私の心を引き釣り上げたね」
変わらない笑顔。その裏には幾千もの努力と苦労があったのに、俺は平気な顔でそれを受け止めて甘えていた。
今度は彼女の両肩を掴み、正々堂々と向き合う。
だが、彼女は両手を俺の両肩に乗せる。
人の気持ちの上から自分の気持ちを重ねるように。
「変わることはいつもの倍疲れるけど、あなたが今までどれだけへこたれて挑戦してきたのかよく分かる。だからやめないよ。私も隣に立ちたい」
「そう、だな……。俺もいつまでもへこたれてないで頑張んないとだな……!」
俺はこの時、彼女を引き留めるべきだったのかもしれない。
でもそんな甘い考えじゃ、願いを全て叶えることなんて到底不可能だと思った。
「あ、あとその……」
「なぁに?」
恥ずかしがる俺を彼女は下から覗き込む。
「あまあまなのも凄い嬉しいけど、ツンツンしたい時はそれでもいいぞ……。可愛いし」
「ふふ、もしかして私にツンデレなるものを求めてるんだ?」
いたずらに微笑む彼女は笑っている。
「わ、笑うなよ……。あ、あと結衣がそれをするのが見たいから……」
彼女をふと見ると目を見開いて顔を赤くしている。
「そ、それは……どうして?」
「だ、だってあの頃の結衣も……結衣の全部が大好きだから……」
「なーにやってんのー!?」
俺達はビクッと全身を震え上がらせ、距離を取る。
遠くから天真爛漫に手を振る亜依海は辛いことを忘れ、今を楽しんでいた。
俺と結衣は彼女を追いかけ、はしゃぐ姿を見守った。
三十分もして落ち着いたのか、ようやく商品をしっかりと見る気になったようだ。
「可愛いカーテンの柄~」
「ほんとだ! 結衣ちゃん見る目があるね~」
二人はすっかり打ち解けて、はしゃぐ女子高生。
言葉を挟むのは無粋かもしれない。
「どう? 乱威智は? 良いと思う?」
「ん?」
突然過ぎて戸惑ってしまう。
結衣の見せてきたカーテンは薄紫に白い水玉。可愛いというより大人? でもパステルカラーで可愛い。
「大人可愛い?」
直感で思った言葉を並べてみる。
「あ、紫だから欲求不満の色みたいに思ってるんだ?」
亜依海に何故か胸の内をズバリと当てられる。
「いやいや、そこまでは言ってない……。でもまあ……似たようなイメージだな」
「ふふーん」
結衣がその生地を見て笑っている。
(え、その反応は……買うつもり?)
俺達は親密な間柄以外には同棲を内緒にしている。
そうなると俺も少し反応に困るというか焦るというか……。
まだこちらで家も買うのも迷っていれば星に二人で帰るというのも迷っている。
後者は竜に関すること他もろもろを終結させなければ難しいが……。
「欲求不満なんだな~」
ダミ声が野太い声を演じ、俺達を辱しめようとしてくる。
「え? 今のは?」
亜依海が他の声に困惑して周りをキョロキョロしている。
「おい、ジーニズ……。すまないな、俺の刀がからかって茶々を入れた」
恥ずかしいのを抑えつつ、驚かせたのを申し訳ないと謝る。
「ふふ……」
結衣が堪えきれない笑いを漏らす。
(堪えきれてないぞ……)
「あ、うぅん。大丈夫……」
(こっちは絶対大丈夫じゃないやつじゃん……)
「ほい、お前も誠意位見せとけ……」
ちょっとこいつを失礼なまま済ませるのも嫌だったし、柔らかい口調で謝らせる。
「悪かった~」
「うぉい」
軽く肘鉄で柄の部分を刺激する。
「変な声で驚かしたのはごめんなさい~」
「い、いいよ~! よしよし」
亜依海がお近づきの印にしゃがんで刀の柄の部分を撫でる。
「おお~! 撫でられるの気持ちいい~」
(おい、やめろ)
「ふふっ、気に入ってもらえたようで良かった」
(やめんかあんたも撫で続けるな)
結衣の方を見る。
笑顔のままで目元は暗く……。
「ふっ」
カーテンをぎゅっと強く握り締めて嘲笑している。
(その嫉妬の表情も前より怖くなった気がするヨ?)
俺は結衣に頭撫でてほしいなと思いつつ頭をかく。
「あれ? 乱威智くんも撫でてほしいの?」
亜依海は甘やかし口調で俺を見上げる。
「からかうのやめんか」
視線が痛い視線が痛い。
「他に見るものは無いのか?」
とりあえず話を変えよう。
「私は大丈夫だけど結衣ちゃんは?」
「私は……布団とか枕とかお皿とかを新しいのに変えたいからそれだけ見たいな」
それは俺の布団だ。本当は……。
「お皿を変える……?」
亜依海に怪しまれている。
彼女はスッと結衣に詰め寄り両手を取る。
結衣も困惑している。
亜依海はお日さまの柔軟剤の香りを漂わせて距離が近い。
見た目が良く茶髪も似合うので、純粋な思春期の男の子には刺激が強いだろう。
「結衣ちゃん、さては誰かと住み始めた? しかもそれも最近の話……!」
彼女は探偵のような素振りをしながらエア虫眼鏡で結衣の目を覗いている。
結衣の性格上誤魔化すことは出来ても嘘は吐けないだろう……。
「あぁ……うぅ~」
唸り声を上げて難を逃れようとしても難しいだろう。
「あのな、亜依海」
プライベートというものがあるとフォローを入れようとしたら、手を目の前に差し出される。
「待って! 私が答えを見つけ出すから!」
「じゃ、じゃあ……カート取っていきがてらね?」
結衣は時間のことを気にしながら歩き出す。
「うんうん……」
推理しながら歩き出した。
彼女は彼女で愉快で面白いな。元気を貰える人間の気持ちがよく分かる。
背後に着いてくる視線に目をやると黒い髪の同級生が物陰に引っ張られていた。
「バカッ!」
「バカって言う方がバカだからな!」
浮気者には鈴は絶対に渡せん。
布団と毛布一式と枕を特大カートに入れ、結衣がそれを押している。
もう一つのカートのカゴにお皿やお箸等の生活用品を入れていると、亜依海が11回目の答えを出す。
「分かった! 実家のお母さんが心配で様子を見に来た!」
「うーん……惜しくもないかなぁ~」
こんな鈍感なところが可愛いのだろうか?
俺が話に加わらないと後ろの視線も随分と柔らかい物になった。
亜依海の家庭は相当彼女を甘やかしていることが容易に想像できる。
後ろにいる彼女の幼馴染みも、戦闘狂も、引き取ったお姉さんも彼女のそんな部分を受け入れているのだろう。
結衣が昔のお前もそうだったんだぞと指摘してくれていたように、人のことにとやかく言える立場でも無い。
少し亜美が彼女だけに肩入れする気持ちも分かってきた。
考え事をしていたからだろう。
気が抜けて、自分の足につまづく。
「あ」
このままじゃカートの中の皿達をぶちまける。
「危ないっ」
結衣が俺の腕を掴み、皿のカートの手持ちを掴もうとするが……うまく掴めなかった……!
そんな数コンマの瞬間……。
数コンマと経たずとも皿のカートが変な角度で止まる。
カートを前から掴んで押さえ、その影に隠れる金髪ツインテールの学生。どう見ても目立つ。
「え」
亜依海だけが驚いている。
「結衣も気づいてたのか……」
「まあね」
だが、放り投げられた布団のカートは品物を見ている妊婦と子供へ一直線に進む。
「あ!」
ヤバいと思って、カートの後ろまで瞬間移動で近寄り持ち手を掴む。
物陰から腕が出てきて、カートを前から止めている優太が見えた。
「鈴ー!」
彼は正々堂々と一緒に行こうとしても、鈴が止めたのだろう。
後ろを振り返り、鈴を呼ぶとビクッと全身を震わせる。
皿のカートがガタンと音を立てて元の状態に戻る。
「あれれ~?」
結衣がからかうも……。
「わあ! 可愛い~!! ありがと~!」
(そ、そうか初対面か……)
亜依海が目をキラキラさせながら、鈴の両手を取って感謝を必死に伝える。
「ど、どういたしまして……」
人見知りで気の強いはずの鈴は、目を丸くして気圧されている。
「へっ、あれで飯十杯はいけるな」
容赦なく肘鉄を刀の柄に食らわすと鞘が優太のおでこに当たる。
「あ! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だ……!」
めっちゃ痛そうにしている……。
「スポーツマンに怪我さすなよ~」
「こほん、とりあえず立てるか? 目眩とかは?」
「大丈夫大丈夫!」
彼は直ぐに調子を取り戻す。フラつく様子も無い。
安心した。
(あれ、俺めっちゃ優太に肩入れするじゃん……)
俺も俺で楽しくやってるんだなと自覚する。
「へい、シスコーン。ご飯十杯~ィッ!?」
鈴が止まらぬ速度で近寄り、刀を凄い早さで抜き差しする。
(なーにやってんだこいつ……)
構えば構うほど気に入られて弄られるだけだぞ。
「あー気持ちいい~」
「おい、いい加減に……」
流石に下ネタを公共の場で言うのはやめてほしい。
制止しようとした時……。
「シコシコシスコーン。ぶふっ」
目の前の優太なる男が凄いド下ネタ親父虐ギャグで笑い出した。しかも自虐? 自爆? どっちでもいい。
鈴が彼の胸ぐらを掴み、狐目で怒り狂いながらブンブンと前後に振っている。
「そーんな前後に――」
「いい加減になさい? 恥ずかしいわよ?」
先程の怖いヤンデレ表情の結衣が鞘をガッシリと掴んでいる。
「す、すみません……」
流石に結衣には頭が上がらないようだ。
「ほぇ……。鈴ちゃん? はお兄ちゃん大好きなんだね!」
横から無頓着な亜依海が鈴を覗き見る。
無垢で純粋な笑顔で。
「ちょっ、どうにかしてよこの人っ!」
半泣きの困った表情で今度は俺の肩を揺する。
事実だから仕方ない。それを言ったら流石に可哀想だ……。
買い物も終え、家に帰り、布団等の用意も済ませた。
そしていつもの戦闘服の袴着に着替える。
結衣も普段着に着替えて来てくれる。
今回は未来が任務に初参加する。
優華は送り迎えの為勿論、愛美と鈴も来る予定なのだが……恐らく愛美はバックれるだろう。
向こうの三人親体制はこういう片方をサポートしてほしい時便利だな。
鈴もこき使ってやろう。っというのは冗談だとして……。
ティアスの元に着くや否や、鈴と結衣は相変わらずの仲。優華はティアスの娘、ティナとの再会に頬と頬を擦り合わせていた。
「浮気者め」
未来がそれをジト目で凝視しながら呟く。
「浮気者め」
今度は俺に向かって唱え始めた。
「え、俺に言ってる?」
「どっちもだ。亜依海ちゃんが私にお前の刀を撫でたとメッセ飛ばしてきたぞ……」
(言葉足りねぇ……)
とは言え、主にメッセージでメンタルケアしてくれるなんて優しいもんだな。
未来にはそういうのも許されているのだろうか。
「あーあ、姉さんが男共のメッセージを返す相手に……」
俺は姉さんに会えた喜びの余り、いじってみる。
「なに? なんなの? メンタルケアしてほしいんでちゅか?」
姉さんも姉さんでこちらを煽ってくる。
ならばその内容に答え無ければ無礼千万!
「その内変な画像を送られてきて……」
「あなたには欲を吐く勇気が必要みたいですね」
冷静な分析を返される。
「準備は?」
ティアスに確認を取られる。
「平気よ」
「ああ、大丈夫だ」
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