最強の中ボス、デュークの退屈な日常

布施鉱平

最強の中ボス、デュークの退屈な日常

 俺はデューク。

 魔王様の領地に通じる門を守る幹部魔族──所謂いわゆる中ボスというやつだ。


 俺を倒す以外に、魔王様の元に行く手段はない。

 そのために、今まで何百……いや何千…………何万だったかな?

 とにかく、べらぼうな数の勇者が俺を倒そうと向かってきた。


 しかし、俺はその全てを撃退し、ただの一度も敗れることなくこの門を守り続けてきたのだ。


 その結果、こんなことになっている。



----------ステータス----------


 名前:デューク

 種族:魔族

 レベル:666

 HP:6,666,666/6,666,666

 MP:666,666/666,666

 STR:66,666

 INT:66,666

 VIT:66,666

 AGL:66,666

 DEX:66,666


--------------------------------

 

 こんな感じ。

 

 ちなみに、全ての数値がカンストしている状態なので、これ以上俺が強くなることはない。

 魔族も人間と同じく十進数を使っているのに、なぜMAXの数値が6並びなのかは謎だ。


 まあしかし、強くなりすぎだと我ながら思う。

 人間の中でもとりわけ経験値が多い『勇者』を何万と倒してきたのだから、当たり前といえば当たり前なんだが。


 ともかく、俺が門番になってから、すでに三千年を超える時間が経過していた。

 おそらくこの先も、何千年何万年という時間、俺はここを守り続けるのだろう。


 ごちゃごちゃと前置きをしたが、結局何が言いたいのかというと。

 


 飽 き た。



 ということだ。

 

 いや、仕事だから、飽きたからといって辞められるわけじゃないのは理解している。

 だが考えてもみて欲しい。

 俺は純粋な魔族だ。

 その寿命は、ウソかホントか十万年近いと言われている。


 実際、魔王様は御歳おんとし七万八千歳。

 趣味の盆栽は一万年近く育て続けたせいで、世界樹レベルの大きさになっている。


 魔王様の外見?

 長くて白い顎鬚が自慢の、枯れ木みたいな爺さんだ。

 俺(一万二千歳)が子供(0~千歳)の時から見た目が変わっていないから、たぶんあと一万年は元気なまま過ごすだろう。


 ちなみに、魔王様のレベルは246。

 魔族の中でも強いほうだが、俺に比べれば圧倒的に弱い。

  

 俺が反乱を起こしたら、ワンパンで下克上完了だ。

 

 だが、反乱を起こす気など俺にはない。

 

 俺がまだ弱小魔族だった頃、魔界はもっと混沌としていた。

 完全に弱肉強食の世界で、力のない魔族は踏みにじられ、奴隷以下の扱いを受けていた。


 それを変えてくれたのが、魔王様なのだ。


 当時魔界の大公爵だった魔王様は、弱者が踏みにじられる魔界を改革しようとクーデターを起こした。


 前魔王を殺し、その領土を併呑。

 魔界最大勢力となり、新たな魔王となった。

 

 その後、魔王様は虐げられていた弱い魔族たちを救うために、職業安定所を設立した。

 刑法も整備され、暴力による略奪は禁止された。

 

 奪われるだけだった弱小魔族たちは、手に職を持つことで自信と安定を手に入れ、魔界は治安の向上とともに経済も回るようになり、活性化していった。


 俺は、そんな魔界の救世主である魔王様に恩を返すため、死ぬ気で修行した。


 魔界一武闘会では、触角の生えた緑色の化物を倒して優勝を果たし。


 最悪の危険地帯と呼ばれる『超・魔界町』に潜入した時には、そこを牛耳る羽の生えた赤い悪魔を倒すという手柄も立てた。


 そして、その経歴を手土産として、自ら門番に志願したのだ。


 そんな俺が、魔王様を裏切るなんてありえない。

 門番を辞めたいというのも、自分から志願した手前、カッコ悪いので言い出せなかった。

 

 だから、俺は今日も門の前に立ち続ける。


 人間が魔族を滅ぼすのを諦めるか、魔王様が寿命で亡くなるその時まで。



 

 ◇



「だからさー、俺は言ってやったわけよ。それはクソソンのことか? クソソンのことかーーっ!? って。そしたらあのちんちくりん、ビビりまくっちゃって………ん?」


 近づいてくる気配を察知し、俺は話しかけていた三千年来の相棒であるウィルソン君(岩)から顔を上げた。

 

「また来たのか……」

 

 それは、ここ最近頻繁に通ってくる者の気配だった。

 

 俺はできるだけ威厳が出るように腕組みをし、そいつがやってくるのを待った。


 土煙が高速で近づいてくる。

 どうやらあいつ・・・は、今日も絶好調みたいだ。


「デューーーーーーークーーーーーーーっ!!!!!!」

 

 俺の名を絶叫しながら、『勇者』が現れた。

  

 かなり離れた位置から十メートルほども飛び上がると、聖剣を振り下ろしながら突っ込んでくる。


 俺はいつも通り、腕を組んだままの姿勢でそれを迎え撃つ。


「デューーーーークーーーーーっ!!!!」 


 聖剣が頭に直撃する寸前、俺は腕組みを解いて、二本の指で白刃取りした。 

 そのまま勇者と睨み合う。


「デューーークっ!!」


 さすが勇者だ。

 

 俺の名前を呼ぶのに、わざわざ三回ともアクセントを変えてきた。

 芸が細かい。


 摘んだ聖剣をぽいっと捨てると、勇者もそれにくっついて吹っ飛んでいった。


「うわぁーーーーーーーーーーっ!!!!」


 おっ、二回目に俺の名前を読んだ時と同じアクセント。

 

 吹っ飛んでいった勇者は空中で体を捻り、体を地面に衝突させることなく着地した。


「今日こそは……今日こそは、お前を斬る!」


 勇者が、俺に向かって言い放った。

 その闘志は、いささかも衰えていない。

 

 毎度のことにいい加減辟易しながら、俺は改めて勇者を観察してみた。


 見た目はどう見ても十代そこそこ。

 顔立ちはかなりの美形で、後ろで束ねている金色の髪が風になびく様は、どこの女神だと言いたいくらい絵になっている。


 そう、こいつは女なのだ。


 別に、女が勇者なんかやってんじゃねぇよ、とか男女差別的なことを言うつもりはない。

 だが、俺はこいつが襲いかかってくる度、どうしても思ってしまう。


 なんてもったいないんだ、と。


 こいつは、俺には勝てない。

 例えこいつが千人に増えたとしても、結果は同じだ。


 何度挑んでこようと、どんな手段を使おうと、俺に傷一つ付けることはできないだろう。


 こいつだって、それは分かっているはずだ。

 なのに、何度やられても、どれだけ実力差を思い知らせても、こいつは立ち向かってくる。


 自らの正義感なのか、勇者としての使命なのか、それは分からない。

 だが、そんなものの為に人生を無駄に消費していいのか。

 そう思ってしまうのだ。


 人の一生なんて、あっという間だ。

 特に、俺みたいな魔族から見れば、瞬きするような短さでしかない。

 

 俺は自分が退屈しているだけに、若者には有意義で楽しい人生を送って欲しいと思っている。

 

 それが美少女ならなおさらだ。

 こんなところで、花と呼ばれる時間を終わらせて欲しくない。


「ひとつ、聞いてもいいか?」


 だから、俺は聞いていみることにした。


 何がこいつを駆り立てるのか。

 どうして魔王様を倒したいのかを。


「………なんだ」


「なぜ、魔王様を滅ぼそうとする? 今代の魔王様になってから、魔族は人間界への侵攻を停止しているはずだ。先祖から受け継いだ恨みか? それとも、魔族は生理的に受け付けないか?」


「………」


 勇者が、剣を下ろした。

 どうやら、対話には応じてくれるらしい。


「魔王様には、人と争おうなどという気はない。なのに何故、この門を越えようとする。人と魔族は、永久に相容れることはないのか?」


 続く俺の言葉に、勇者は剣を鞘に収め、腕組みをした。

 

 そして…………首をかしげる。

 

「さっきから、何言ってるんだ? 人と魔族なら、三百年も前に和平を結んだだろうが」



 ………………



 …………



「………はっ?」


「魔王はインドア派だからあまり出てこないが、他の魔族の領土とは、普通に国交が樹立してる。人間と魔族のハーフだって、今はそう珍しいものでもないぞ?」



 ………………



 …………



 ふぅ~、いやいや………なんだって?

 国交樹立? 人間と魔族のハーフ?

 

 

 初 耳 で す け ど!?

  

 

 確かに、確かにここ数百年、こいつ以外の勇者と戦った記憶はないよ?

 いつにもまして暇だな~、くらいにしか思ってなかったけれど……。


「………! いや、いやいやいや! 騙されないぞ! だったらなんで、お前は執拗に攻めて来るんだ、って話だよ! そうだろ!? 人と魔族が争う必要がないっていうなら、なんでお前は、何度も何度もこの門を越えようと俺に挑んでくるんだよ!」


「お前……まさか……忘れたのか……?」


 俺の言葉に、勇者がひどくショックを受けたような顔を浮かべた。


「……へっ?」


「お前が……お前が言ったんじゃないか! 『俺に一太刀でも入れられるくらい強くなったら、嫁さんにしてやる』って!」 


「はぁっ!?」


「ひどい! ひどいよ! 私はあの約束を信じて、今までずっと努力してきたのに! 忘れるなんてひどい! う、うぁ、うあぁああぁぁぁぁぁっ!」

 

 勇者大号泣。

 

 いや、なにこの急展開。 

 マジちょっと勘弁してくださいよ。

 俺だって、急に未知の情報が押し寄せて来たせいでパニックなんですよ。


 あ、ああ、勇者しゃがみ込んじゃった。

 俺か? 俺が悪いのか?


 いや、でも、なに、嫁?


 俺が無意識のうちにプロポーズでもしたってのか?


 ああ……勇者うつ伏せになっちゃった。

 足バタバタして暴れてるよ。


 これあれかな? とりあえず謝っとかないとまずい感じかな?

 

「あ~、その~、なんだ……俺が悪かった。泣き止んでくれ」

 

 謝罪の言葉を掛けながら、勇者に近づいていく。


「それでな、もうちょっと詳しい話を……」

 

 そう言って、勇者の肩に触れようとした瞬間、


「いまだーーーーーーっ!!!!」 


「えぇーーーーーーっ!?」


 聖剣で、がっつり斬りつけられた。


 もう、訳分かんないです。



HP:6,666,663/6,666,666




 ◇ 



 聖剣でお腹の辺りをちょっと傷つけられたあと、話しているうちに俺はだんだんとこいつのことを思い出してきた。


 確かに俺は昔、魔物に追われて、門の近くまで逃げてきた人間の少女を保護してやったことがあった。

 その時、妙に懐かれてしまい、少女が『結婚する』と言って聞かないので困った記憶がある。

 

 無理に帰そうとすると泣き喚くし、結婚はできないと言っても泣き喚く。


 困り果てた俺は、『じゃあ、俺を傷つけられるくらい強くなったら、嫁さんにしてやってもいいぞ』と無茶な注文を付け、なんとか少女を家の近くまで送り届けてやったのだ。


 だが、それは二百年くらい前の話。


 俺は、あの時の少女は俺のことなんて忘れて、普通に人間と結婚して幸せになっただろうな、と思っていた。

 だからこそ、勇者の顔を見ても、約束のことを言われても思い出せなかったのだ。

  

 だいたい、二百年前の話なのに、こいつの見た目が十代半ばくらいなのはおかしい。


 そこんところどうなのよ、と聞いてみると「だって、ハーフエルフだし」と返された。

 そして、耳尖ってないじゃん! と俺が突っ込むと「だって、ハーフエルフだし」と同じ言葉を返された。


 しかも、魔族以上に長生きなハイエルフと人間のハーフだそうで、たぶん魔族と同じくらい長生きするとのこと。


 正直、こいつを嫁にするのを断る理由が見当たらない。


 魔族は人間と仲良くなったみたいだし。

 俺はこいつと約束しちゃってるし。

 ウィルソン君(岩)は喋ってくれないから寂しいし。 


 …………

 

 …………よし、結婚するか。


 ちょっと悩んだ末、俺はハーフエルフの少女──エルと結婚することを決めた。


 だが、その前に、俺にはやらなければいけないことがある。


 小躍りするエルを小脇に抱えて、俺は三千年振りに門の中へと入っていった。




 ◇



 あのあと俺がどうしたかって?

 そりゃもちろん、魔王様のところに行きましたよ。


 人類との和平ってなんじゃい! と詰問するために。


 そしたら魔王様──いや、あの爺さんは『だって、お前さん門番に生き甲斐感じとるように見えたんじゃもん! もう門番しなくていいよ、とか言い辛かったんじゃもん!』と逆ギレしやがった。


 まあ、俺は温厚かつ紳士だから、爺さんの盆栽(世界樹級)をマッシュルームカットにするだけで許してやったが。


 で、もう門番をしなくてもよくなった俺が、今は何をしているのかというと……


 相変わらず、門番をやっていたりする。


 確かに、爺さんを守る必要はなくなった。

 だが、俺には新しく守るものができたのだ。

  

 最愛の妻エルと、その間に出来た息子のエルク。

 俺は自分の家族を守るために、毎日門に向っている。

 

 もちろん、門の近くに寝泊まりしていた以前とは違い、九時~二時の五時間労働を終えたら、まっすぐ家に帰る。

 

 帰りがけにちょろっと狩りをして、家に帰ったらそれを料理してもらう。

 

 わんぱく盛りのエルクと遊んで、夜はエルといちゃいちゃして、朝になったらまた門に出かける。


 そんな毎日だ。


 俺はこれから、何千年だろうと、何万年だろうと門を守り続ける。

 もう飽きることはないだろう。


 俺は門を守ることに、家族を守ることに、喜びを感じているのだから。

 

 門の横に腰掛け、俺はエルお手製の弁当を取り出した。


 こんど、エルとエルクを連れてきて、この辺でピクニックをするのもいいかもしれない。

 

 俺の門前料理(門の周辺で取れる野草や魔物の肉を使ったBBQ)を食わせてやろう。


 な、ウィルソン君(岩)。

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