第34話 語り合う夜 間宮&松崎編 前編

 瑞樹と加藤が恋バナに華を咲かせていた同時刻。

 もう1人の悩める青年?が間宮のマンションを訪れていた。


「お前も飲むだろ? ほらよ!」


 言って勝手知ったる他人の冷蔵庫と言わんばかりに、当然のように冷蔵庫から缶ビールを2本取り出して、1本を間宮に投げ渡す。


「何でお前のビールみたいになってんだよ」

「まぁまぁ! お前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノって言うじゃん!」

「ジャ〇アンかよ!」


 カンと缶を打ち合ってあけおめと乾杯すると、松崎は全く遠慮なく一気に喉にビールを流し込んだ。


「カハッ! うっめえ!!」


 あれだけ一気に流し込めば爽快感も相当なものだろう。証拠に松崎の目が僅かに潤んでいる。


 間宮もやれやれとビールで喉を鳴らす。

 炭酸の刺激とホップの香りが体を駆け巡り、後からアルコールがゆっくりと染み渡っていく。


「やっぱビールは一口目が最高だよなぁ!」

「まぁな。んで? 何がヤバいって?」

「そう急かすなって! もうちょい酔わないと恥ずかしくて間宮にでも話しにくいんだから――察しろよ」


 正月早々にいきなり突撃するようにマンションを訪れてきて、我が家の様に寛いでいる奴の事を察さねばならないのか。そう文句の1つも言ってやりたい間宮だったが、そもそも松崎がこんな言い回しをする事なんて滅多にないと言葉を飲み込んだ。

 それからもケラケラと陽気に飲んでいる松崎を見て、まだ暫く話す気配はないなと、飲みかけの缶ビールを片手に冷蔵庫にある食材で適当につまみでも作ろうとキッチンに立った。

 暫くしてキッチンから漂ってくるいい香りに、ここに来る途中のコンビニで適当に買ってきたスナック菓子を食べるのを中断した松崎が、フラフラとキッチンにやってきた。


「めっちゃいい匂いじゃん! 何作ってくれてんの?」

「ニンニクと唐辛子があったから、ペペロンチーノでも作ろうと思ってな。お前も食うだろ?」

「食う! 俺大盛で頼む!」

「はいよ」


 言うと、フライパンで熱したオリーブオイルの中に刻んだニンニクと唐辛子を炒めたものに、パスタを投入して手慣れた手つきで麺を絡めながら適度に炒める。

 松崎が引きつられたのは、焦がしニンニクの香りだった。

 松崎は初詣に訪れた出店で食べ歩いて以来、買ってきたスナック菓子しか口にしていなかった為、いつもよりこの香ばしい香りが暴力的に鼻孔を刺激したのだろう。


「ほい! おまちどうさん!」


 用意した2枚の皿に適当に盛り付けたパスタがリビングに運ばれてきて、松崎はキラキラした子供の様な目で皿をガン見する。

 現金な奴だと苦笑いを浮かべた間宮もテーブルの前に座り、新しく冷蔵庫から出してきた缶ビールで改めて缶を突き合わせて、出来たてのパスタを口に運ぶ。


「うっま! マジで美味い! 間宮、俺と結婚する気ないか!?」

「バーカ! お前と結婚なんてしたら、死ぬまで苦労させられるのが目に見えてるっての」

「あらま! 秒でフラれちまったよ」

「……あぁ。だから――その役は加藤に任せるよ」


 間宮が不意打ちに加藤の名前を出すと、猛烈な勢いでパスタを食べていた松崎のフォークがピタリと止まる。


「……気付いてたのか?」

「まぁな。ここ最近のお前を見てたら分かるって」


 自分の口から加藤の名前を出す前に言われてしまった松崎は、フォークを咥えて悔しそうに唸ったかと思うと、食べるのを中断して勢いを付けようと飲みかけだったビールを一気に喉に流し込んだ。

 飲み終えた缶をテーブルに勢いよく置くと、カンッと缶が鳴る音と共にさっきまでのいつもの雰囲気を消し去った松崎の顔は真剣そのものになる。

 ◇◆


「これからちょっと時間貰えませんか? 話したい事があるんです……2人で」


 神楽優希のクリスマスライブの後、佐竹にそう言われた。

 話の内容は訊かなくても分かる。


「いいよ、分かった」

「ありがとうございます。というわけだから、クリパには遅れて行くから加藤達は先に行っててくれ」


 俺が佐竹君の誘いを受けると、愛菜ちゃんがわたわたと止めに掛かかろうとしたみたいだったけど、神山ちゃんが空気を読んでくれて愛菜ちゃんと希ちゃんを引き連れて駅に向かってくれた。

 あの場で俺が止めると変な角が立ってしまう恐れがあったから、神山ちゃんには本当に感謝だ。


 俺は愛菜ちゃん達の姿が完全に駅に消えた事を確認してから、再び佐竹君と対峙する。


「さて、場所はここでいいか?」

「……いえ、ここはまだライブ帰りの客達で騒がしいので、少し場所を変えませんか?」

「ん、分かった」


 佐竹君はそのまま背を向けて歩き出して俺も黙って着いて行くと、ライブ会場の裏手にある人気のない公園に入った。


「なに飲む?」


 公園に入った所にある自販機に小銭を入れてそう訊くと、自分で買うから結構ですと拒否された。相当俺に敵意を滲ませていると若干胃が痛くなってきた。

 お互いに飲み物を買って座ったベンチでプルタブを開ける。

 ライブで弾けて喉が渇いてたから、炭酸がカラカラだった喉に刺激を与えて疲れ気味だった思考が一気に復活した。


「話って愛菜ちゃんの事だよね?」


 もう一口ジュースを喉に流し込んで、分かり切っていた事ではあるけど、呼び出した目的を確認する。


「……はい」


 佐竹君が買った缶珈琲のスチール缶がベコッと凹む音がする。

 火照った体は冷たい風と炭酸ジュースでクールダウン出来たが、引いた汗が今度は冷や汗に変わっていく。


 違うんだ!俺は佐竹君達の邪魔をするつもりなんてないんだ!

 少し前ならそう言えたと思う。

 だけど……もうその言葉は出てくれそうにない。


「その前に……ですね」


 言って佐竹君はベンチを立って俺の正面に立つ。


「加藤を痴漢から助けてくれて……ありがとうございました」


 律儀な奴だ。いくら好きな女の子と言っても、付き合っているわけではないってのに。


「偶々その場にいただけだけど……俺は当然の事をしただけだから」

「……それは友人を助けるのは……って意味ですよね?」


 言われて俺はグッと拳に力が籠った。


「――ごめん」

「……それは何に対して謝ってるんですか?」


 解っていてそれを言うのかと苛立ちを覚えたが、ここはそういう場面じゃない。


「佐竹君の気持ちに対してだ」

「言い訳しないんですね」

「……あぁ」


 そう言うと佐竹君は深く溜息をついて俺を睨みつける。


「まったく……間宮さんといいアンタといい。僕に何か恨みでもあるんですか?」

「……そんなの俺もあいつもあるわけない。初めて君達を見た時は本当に上手くいって欲しいって思ってたんだ」

「――だったら……だったら何で邪魔するんですか!? 俺はあいつに気持ちを伝えてるんすよ! あいつだって受け入れてくれてたんだ! それなのに……それなのに……」


 佐竹君は凄い形相で俺の胸倉を掴んで、力づくでベンチから引き上げてきた。

 覚悟はしていたが、予想以上に憎まれているみたいだ。まぁ……当然だよな。


「……何のつもりですか?」


 俺は立たされたのと同時に、両手を後ろで組んで目を閉じた。


「殴るなり蹴るなり好きにしてくれていい。そんな事で君の気持ちが収まるとは思ってないけど、俺にはこれしか出来ないから……」

「これしかできない? それは身を引く気がないって事ですか?」

「……あぁ、すまん!」

「いい加減な気持ちとかじゃないですよね?」

「勿論だ。詳しくは言えないんだけど、昔ちょっとあってな。それからはもう女は信じないって思ってたんだ……。でも、彼女は……愛菜ちゃんは……」


 解って欲しいとか思ってるわけじゃない。しょぼい言い訳にしか聞こえないだろう。

 だけど、もう知ってしまったから……。気付かされてしまったから……。同じように同じ相手を想っている男にだけは、自分の気持ちを誤魔化したくない。


「す、好き……なんだ。本当に真剣に……好き……なんだ」


 何をされても仕方がない事をしている自覚はある。ましてや高校生相手に……だ。

 そう覚悟を決めて歯をグッと噛み締めた時、掴みあげられていた胸倉から力が抜けて解放された。


「――え?」

「本気なら仕方がない……ですね。気に入らないのは事実ですけど、俺達付き合ってるわけじゃないから……文句を言うのは違うってのは分かってるんで」

「いや! でも! 佐竹君達の気持ちを知ってて横槍入れてんだぞ!」

「それも違う事は本当は分かってるんですよ」

「は? い、いや――」

「アンタが横槍を入れたんじゃなくて、あいつが近付いただけなんでしょ?」


 高校生なんて子供は相手の気持ちなんて関係なく、自分の気持ちを押し付けるだけの人間だと思ってた。実際、その頃の俺はそうだったから……。

 でも、この男は違うんだな。ちゃんと冷静に物事に対峙して答えを探している。そんな奴が高校生になんているわけがないって決めつけていたんだ。


(なるほど……あの子が好きになるわけだ)


「それに、僕だってアンタの事言えないですからね……」

「ん? なんで?」

「アンタがどこまで知ってるのか分かんないですけど、瑞樹さんを諦めないといけなくなった時、加藤が折れそうになった僕を救ってくれたんです。あれだけ加藤に瑞樹さんの話をして傷つけてしまったはずなのに、あいつは優しく笑ってくれました」


 その時の様子が目に浮かぶ。きっと沈み切った佐竹君の気持ちを力強く引き上げたんだろう。

 俺が愛菜ちゃんを好きになったのは、まさにそういう所なんだ。


「それから偉そうにこれからの僕を見てくれとかあいつに言っておいて……本当はホントのホントは――まだ瑞樹さんを諦めきれてなかった……。きっと加藤もそれに気付いていたから、愛想つかして離れていったんだと思います」


 瑞樹ちゃん……か。あの間宮を変えた女の子だ。

 そう簡単に気持ちを整理するのは難しいとは思うが、それは決して愛菜ちゃんを裏切ってはいないと思うのは、同性の身勝手な言い分だろうか。


「……だけど、ここからはそうはいきません! 僕だってあいつの事好きだから」

「――うん、分かってる。最終的に選ぶのは愛菜ちゃん自身だからな」

「そう言う事です。言っときますけど、負けるつもりありませんから!」

「――あぁ、悪いが俺も負けるつもりはないよ」


 まったく人が良い男だ。どう考えても俺が余計な事をしたせいで拗れてしまってるってのに……。

 俺が身を引けば丸く収まる――分かってるんだ。相手は高校生でライバルも高校生。おっさんの出る幕なんて必要ないっても分かってる。


 ――――だけど。


「それじゃクリパに行かないとなんで、今日の所はここで」

「あ、あぁ。ありがとうな」

「は? 僕なんか礼言われる事しました?」

「うん? 佐竹君はいい男だなって思ってな」

「な!? 何言ってんすか……。それじゃ」


 クックッ……顔赤くしちゃって。俺のライバルは可愛い奴だな。


 少し小走りに駅に向かう佐竹君の背中を見送りながら、腹を割って話せた事にもう1度感謝した。

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