プロローグ

序章 節目

 現在2018年5月26日午後21時03分。




 俺は仕事を20時に終えて、まだ真新し自転車を飛ばして帰宅した。

 帰宅して真っ暗な部屋に明かりを灯す。

 疲れた体を熱いお湯が入った浴槽に沈めた。


「あぁ……」と親父臭い声が浴室に響き、思わず吹き出してしまう。


 しっかりと体を風呂で癒した後は、今度は心を癒そうと大好きな缶ビールを冷蔵庫から取り出して、プルタブを開けて一気に喉に流し込んだ。


 心地よい炭酸が喉を刺激しながら、ホップの香りが鼻から抜けていく。


 静まり返った部屋に、コチコチと壁に掛けてある時計の秒針が時を打つ音だけが、妙に鼓膜を刺激している。

 カウンターに腰を下ろして、もう一口と喉を鳴らしてビールを飲みながら、時計に何となく時間を確認する為に顔を向けた。


 あと4時間程で20代が終わりを告げて、30代を迎える事になる。



 節目だし、折角だから20代ってやつを振り返ってみるか。




 志望していた大学に現役で入学して、色々な事を学び多くの経験を経て希望した会社にも就職出来た。


 それからは毎日仕事に追われる日々だったが、幾度となく襲ってきたピンチを乗り越える度に成長出来たと思う。


 今では出世や年収もそれなりの立場になり、世間一般的にみて[上の下]辺りの生活を手に入れている。


 学生の頃はそれなりの恋愛をしてきたが、社会人になってからは1人の女性としか付き合った事がない。


 趣味も興味をもった事は、積極的に挑戦してきたのだが、今でも続けている事は結局大学時代から好んできた読書と、中学から始めたバスケットボールくらいだろう。


 友人関係も大学時代の仲間達とは今でも交流を保っているが、社会に出てからは一部の同僚とたまに飲みに行く程度だった。






 20代を振り返ってみようと思ったのは、10代最後の日にも子供なりに振り返った経験があっただけで、特に深い意味はないと思っていた。



 そういえば10代を振り返った時は、心身ともに本当に色々な事があった。


 目まぐるしく変わる環境、友人関係、そして恋愛。


 あまりにも変化に富んで時間だったから、足早に振り返っても2時間もかかった事を今でも覚えている。


 それに比べて、大学時代は兎も角として、社会人になってからの振り返りは妙に早く感じた。


 そこで早々に終わってしまいそうになる振り返りに、その原因を考えてみる事にする。

 社会人になってから28歳までの記憶を辿ると、確かに10代よりも得た事や失った事も多くあったはずだ。

 だが、その事案に達するまでの経緯が10代の頃と比べて、薄かったのかもしれない。

 悩みぬいて得た事が、極端に減ったように思う。


 要するに本気で悩んだり苦しんだりする前に、良くも悪くもリスクを回避しようと計算して、それぞれの結果を得た事が多くなっていたんだ。




 それは大人になったからだと言ってしまえば、そうなのかもしれない。


 だが、逆に言えばもっと深く掘り下げていれば、もっと納得のいく結果が得られたかもしれない。


 だが、時間は待ってはくれない。

 学生の時のような優しい時間は皆無なのだ。






 いつからだろう……深く考え込む前に答えを導き出す事が出来るようになったのは。


 いや、違う。導く事が出来る気になっていたのは……。


 それは多分、あいつがいなくなってからなのかもしれない。






 そんな俺がまるで学生時代に戻ったかのように、頭の中をグチャグチャにしながら、考えて、悩み抜いて、行動するようになった29歳になってからの一年間が俺を変えてくれたんだ。


 29歳の誕生日を迎えるまでは早く振り返れてしまったが、この僅か一年間を振り返るのにどれだけの時間がかかるのだろう。



 カウンターの隅に、鍵類を纏めて入れてある陶器の器がある。

 その器を軽く揺すると、チリンと綺麗な音が聞こえた。

 この鈴の音と、ある女の子の存在が、これから振り返る一年間の事で俺の胸を震わせた。



※あとがき


数ある作品の中から、この作品に目を止めて頂きありがとうございます。

告知として、この作品は2章の最終話までは必ず連載します。

3章以降は、需要があるか判断させていただいて、楽しんで頂けているようでしたら、引き続き公開させて頂こうと考えています。


応援して頂けると大変励みになります。

コメント等は必ず返信させて頂きますので、宜しくお願い致します。

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