マルチに勧誘された話

水城ナオヤ

第1話

事の始まりは2018年の5月、数年ぶりに高校のクラスのグループLINEに書き込みがありました。


「皆さんお久しぶり、日本に帰ってきてるので時間があるときに会いましょう」


書き込みをした彼は高校時代の同級生で、高校を卒業した後、韓国の大学へ留学しているはずでした。便宜上、彼のことをA君と呼ぶことにします。


グループLINEに書き込みがあった翌日、今度は、A君は私に個人LINEで話しかけてきました。


「尾口君久しぶり!今東京にいるから時間があるときに話そうよ!」


高校時代、私とA君は特別仲が悪かったわけではありませんが、かといってそこまで親しかったわけでもありません。高校を卒業して既に4年以上が経過していますが、彼から連絡があったのはこの時が初めてでしたし、もしかしたら高校時代も彼とLINEで話したことはなかったかもしれません。


A君は高校時代サッカー部に所属しており、どちらかと言えばクラスの中心に近いポジションにいました。逆に文化系の部活に所属していた私はクラスの端の方にいることが多く、高校時代の私たちにはあまり接点がなかったのです。


ですから、そんなA君から個人LINEで誘いを受けたときは正直戸惑いました。また、このとき既に私は後述する、『ある可能性』について考えており、若干A君と会うことを躊躇していました。


とはいえ、私も高校時代を共に過ごしたクラスメイトと全然会いたくないのかと言われれば、そんなことは全くありませんでした。その『気になること』はありましたが、A君と高校時代の思い出を語りたい、純粋にそう思っていました。


「僕もA君と会いたいよ、今東京に住んでいるからぜひ会おう」


私は返信をして、実際にA君と会うことになりました。


**


「A君お帰りなさい会」には、私が連絡を取った高校時代の仲間たちが数名参加しました。


IT企業に勤めている甲さん、大学を中退し公務員試験の勉強中の乙君、介護福祉士の丙君、そして私。


甲、乙、丙、の三人とは、同時に上京したこともあって、頻繁に連絡を取っていました。もともと年に数回集まっていたこともあり、A君と一緒に集まろうと誘ったら皆快く了解してくれました。


ただ、バレーボール部だった丙君はまだしも、甲さんや乙君は、A君と親しかったわけではなく、本当に来てくれるかなと少し心配していました。しかしそんな心配は無用でした。


むしろ、物好きな甲さんに関しては、A君の『ある可能性』について非常に興味があったらしく、飲み会の開催についても二つ返事で、むしろ率先して店の予約や会の調整をしてくれました。


実は、A君の実家は家族ぐるみでキリスト教系の宗教に入信しており、韓国の大学への進学も、どうやらその宗教と関係がある様子でした。はっきり言ってしまえば、A君一家は統一教会の信者だったのでした。つまり、その『ある可能性』とは、A君が自分の宗教へ私たちを勧誘するつもりなのではないか、という意味です。


ゲテモノ系youtuberが大好きな甲さんは、


「とうとう自分にも新興宗教の勧誘が来た!」


とワクワクが止まらなかったということです。


しかし、その日の「勧誘」では、私たちは肩透かしをくらいました。


あまり親しくなかったとはいえ、数年ぶりの再会に、A君も私たちもそれなりに感激しました。文化祭や体育祭などの高校時代の思い出、卒業後の話、就職活動の苦悩など、高校時代というバックグラウンドを共有している私たちの話題は尽きません。


「思ってたのと違うね」


A君が席を外している間、甲さんが少し残念そうに言いました。とはいえ彼女も久々のクラスメイトとの再会を心から楽しんでいる様子でした。


しかし、今から考えてみれば、この時すでにA君の言動には不自然な点があったのです。また、私は心の奥ではそのことに気付きながらも、見て見ぬふりをしていたのです。


まず、この日の話の中で、A君は高校を卒業したあとすぐに韓国の大学へ進学したわけではなかったのだ、ということが分かりました。


親から大学の学費を出してもらえなかったA君は、2年間、日本各地で営業のバイトをして金を稼ぎ、一昨年、ようやく韓国の大学へ進学することができたのだと言います。


酒が入っていたこともあり、私は、まさに絵に描いたような苦学生であるA君の努力に感激していました。しかし、よくよく考えたらなぜ「日本各地」なのか、高卒18歳の若者がした「営業のバイト」とはどんな内容なのか、A君は詳しくは全く話そうとしていなかったことに後で気が付きました。


また日本に帰って来た理由も謎でした。A君の話が本当だとすると彼は今大学2年生のはずです。


「いま日本でバイトをしようと思っているんだけど」


A君は、わけあって日本に帰ってきているのだが、とりあえず生活費を賄わないといけないから良いバイトは無いか、と私たちに聞いてきました。


なんて無計画なんだと思いましたが、学費を稼ぐため全国を飛び回り、海外の大学へ進学してしまう人です。きっと私たちとは見ている景色が違うんだな、と呑気に思っていました。


しかし考えてみると、大学はどうしているのか、なんのために日本に来たのか、A君は肝心な部分に関しては話をうやむやにしていました。

「絶対何か隠しているよね」と勘の鋭い乙君はしきりに私に話しかけてきましたが、飲みすぎた私には乙君の言葉の意味が理解できませんでした。


その日は特に何もなく、終電で解散しました。


***


「尾口君この前はどうもありがとう、ところで今日二人で会えないかな」


お帰りなさい会の2週間後、A君からまた連絡が来ました。ひどく困惑したことを覚えています。A君と会ったのはついこの間のことです。なぜ2人なのでしょうか。


LINEを見ると甲さんや乙君からも連絡がありました。A君から二人で会おうと誘われたのだけど、尾口君も連絡が来たかと聞いてきていました。


私は、これは宗教勧誘だと確信しました。


続く

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