第8話 「人形だったのは、俺だよ」

 二十分程その状態を続けた時、キムのまぶたがぴくり、と動いた。そして三秒後、目がぱっちりと開いた。


「あれ? 何であんた居るの?」


 中佐は連絡員のおでこをぴしゃり、と叩き、起きあがろうとした身体を再びベッドに沈めた。繋がっていたケーブルを外す姿を目にし、キムはああ、とつぶやいた。


「また俺やっちゃったのね」

「お前は自分のキャパをいつになったら覚えるんだよ」

「悪いね、いつも」


 キムは明るく照れ笑いを返す。Gはその様子を見ながら、こういうことはよくあるんだ、と納得した。


「でも早いね、確かあんたまだコンシェルジェリに居たはずだろ?」


 Gはげっ、と思わず口にしていた。ぎろり、と中佐は二人ともにらみつける。

 彼らが現在居る惑星コッペリア-スワニルダ付近と、どうやらキムの口振りでは中佐の駐留地であるコンシェルジェリは、一日でどうこうできる距離ではない。

 確かに暇は作るものだよなあ。

 だがそのことをどうこう自分が言ったら殴られそうな気がしたので、Gは沈黙を守った。 



「人形だったのは、俺だよ」


 キムは話し出した。


「コッペリアじゃなくて、スワニルダの歴史資料館の中で、俺はずっと、ショウウインドウの人形だったんだ」


 人形がガラスケースの中に居るのは好きじゃない、と言ったキムの言葉をGは思い出していた。


「なるほどそれで『標本』か。Mの言い方も身も蓋もないな」


 中佐は服と皮膚を元にもどし、シガレットをまた口にしていた。


「まあね。間違いじゃあないよ。実際俺以外残ったもんなんてないし、俺だってオーヴァヒートしたままだったから、誰かが起こしてくれない限り動けもしなかったし」

「馬鹿はお前は」

「そういう言い方って」

「自分の限度を知らんで動く奴の、何処が馬鹿以外って言うんだ?」


 尤もである。


「だけどまあそれでも機能してない訳じゃないんだから、聞こえたりはする訳よ。そこに来る連中の声とかさ」

「今さっきは俺が居ることも気付かなかったくせにな」

「あ、今は寝てた」


 ばこん、と中佐はスリッパでキムの頭を殴った。いてーっ!と彼は恨めしそうに中佐を見る。


「全く何ってものではたいてくれるの…… だから戦闘状態でのオーヴァヒートと、そういう時のオーヴァヒートは質が違ったの」


 そんな区別が何処でつくのだろう、とGは思ったが、もちろん口には出さなかった。


「それで? それじゃあお前、Mが気付くまで、えらく長い間そこに居たって訳か?」

「中佐がMに会ったのは、二十二年前でしょうに。も少し前かな。でも二十五年ってとこだよ」

「俺がまだ生まれる前じゃないか!」


 ま、そーだよな、とキムと中佐は顔を見合わせる。


「でもな、俺はレプリカ狩りの時から、ずっとそうだったんだよ」


 Gは思わずめまいがした。レプリカ狩りと言えば、230年前のことである。生まれてないどころの騒ぎじゃない。

 ただそこに在ることだけを要求される、それだけ長い時間というものを、彼は想像もできなかった。


「意識はあったよ。だけどだからと言って何かしら感じる訳じゃあない。ただ何かが居るな、何かが起こっているな、というだけで俺がどうこうしようとか、そういうことは一切考えなかった。考えられなかったって言うべきかなあ」

「である日、あの我らが盟主がやってきたと」

「そう。我らがやんごとない盟主どのが。視察だったらしいよ。あのひとの表向きの顔の」


 表向きの顔? Gは疑問に思う。そう言えば、彼は盟主の素顔は知っていても、表向きの顔は知らない。


「よくよくそういう所で部下を拾う人だよ。呼びかけてきたのか?」


 くっ、と中佐は笑った。何か思い出すところがあるのだろう。


「いや、聞こえたから話しかけてみた。反応するとは思っていなかったから、俺も驚いた」

「全体感応か……」


 中佐はつぶやく。何だそりゃ、とGは訊ねた。


「レプリカって何なのか、そもそもお前、理解してるか?」


 彼は黙って首を横に振る。縁がある代物ではないのだ。それは仕方がない。縁があるほうがおかしいのだ。


「それじゃあ生体機械(メカ二クル)とサイボーグの違いは判るな?」

「その程度なら」


 だいたいそのいい例が自分の目の前に居るのだ。


「生体機械は脳もメカだけど、サイボーグは最低、脳は人間の自前」

「じゃあ生体機械とレプリカントの違いは?」


 Gは黙り込んだ。そこが彼もはっきりしなかったのだ。


「レプリカントってのはな、脳の部分に液体状集合情報体(ハーフリキッドメモリーズ)を使ってるのよ。通称HLM。まあ合成された成分ってされてるけどな、実のところそれは、液体状の生物なのよ」


 キムは他人事のように言った。


「液体状の生物?」

「正確に言えば、元々は水で満ちた惑星一個丸ごとが生物だった訳。それで一つの生物」

「さてそれをどうやって見つけたか、とかどーやってそれを汲むことができたか、なんてのは大した問題じゃない。とにかく、その『水』は汲んで箱に詰めると、それはそれで一つの生物として成立してしまうんだ」

「あ…… れ? だって、さっき惑星一つで一つって……」

「だからそうだな……」


 キムは立ち上がって茶を入れに行った。何をするのだろう、とGは思う。中佐は気にせず煙草をふかし続けていた。


「その惑星は、もともとは透明な水と思ってよ。これね。これが最初の状態」


 うん、とGは湯を入れた透明なポットを見ながらうなづく。どうにも理解がしがたいのだ。


「で、例えばある時、漂流する船が来るとする」


 彼は茶の葉を軽くひとつまみ入れる。湯がうっすらと染まった。


「惑星の水は、船を呑み込んで、その中の物全てから情報を取り入れる。そして要らないものは吐き出す」


 彼は出尽くした茶の葉をつまみ上げた。


「こういう状態をずっとその惑星が生まれてから続けてきた。まあそれはそれで平和な状態だよね」


 そういうものだろうか、とGは思う。


「ところがその星にも寿命というものがあってね、まああと千年もすれば、その『水』も干上がってしまうことがそれにも判った訳よ。さすがに惑星も悩んだね。そんな折に、実に冒険的な船がやってきた」

「冒険的な船」

「今でも語り草だよな。レプリカで財をなしたスターライト社――― 現在のSL財団の前身」


 中佐が補足する。


「そこの船がやってきた時に、それ引きずり込んだ惑星は、自分の身体を使わないか、と持ちかけたんだ。『原料』として使う代わりに、『動ける身体』が欲しいと。当時のスターライトの冒険心旺盛な当主は、戸惑いながらもその話に乗った」

「つまり、それが、HLM?」


 キムと中佐は同時にうなづいた。


「その惑星の存在意義は、情報収集にある。それ以外の部分はなかった。分けられたHLM同士はもともとが一つのものだから、距離を越えて引き合う性質があるのよ」

「判りやすく言えば、HLMを頭脳に持つレプリカは、テレパシイを持っているというわけ」


 はあ、とGは目を丸くした。初耳かつとんでもない話に、からかわれているんじゃないか、と彼は思ってしまったくらいだった。

 だがどうやら本気らしい。

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