第7話 「暇というものは作るものだ」

 耳に付けた小型の通信機で、時々飛び込んでくる下部構成員の報告を聞き、それに短い答を返しながら、彼はホテルに足止めを食う形となっていた。

 キムはあれからずっと眠ったままだった。

 もう三日になる。何処にも外傷はない。心臓も止まってはいない。ただ意識だけが戻らない。

 どうしたものか、とGは本気で困っていた。情けないが、本当に。

 キムがあのマダム・カーレンについて、まだ自分の知らない情報を持っているのは確かだった。そしておそらくそれが、彼女を追い詰める切り札になるのではないか、という予感がしていた。


 いや予感というよりは、希望的観測だ。


 Gは苦笑する。希望的観測で物事を進めてはならない。

 ただ確かに、さしあたって彼にできることは少なかった。

 

 午後四時のチャイムが窓の外で鳴った時だった。


 どんどん。


 扉を叩く音がした。彼は全身を緊張させる。銃を手にしたまま、のぞき穴から外をうかがう。

 次の瞬間、自分の目を疑った。

 真っ赤な髪。


「いい加減にしろ! 早く開けんか!」


 どん。


 扉を蹴る音。こりゃやばい、とGは慌てて扉を開けた。 


「中佐! 何でここに……」


 幹部の一人、軍警のコルネル中佐がそこには立っていた。


 何で彼が。


 Gにはさっぱり事情が掴めなかった。だがGの当惑など何処の空、とばかりに、中佐はやや苛立たしげにシガレットをふかしながら、戸口のGを押しのけて中に入った。

 つかつかとベッドに近付くと、力なく横たわったキムを見て、ちっ、と舌打ちをする。


「緊急信号が出てたからな」

「緊急信号? 僕はそんなものは……」

「早くドアを閉めろ! お前じゃない。こいつだ」


 中佐は苦々しげに顔をしかめると、ベッドの上に座り、横たわった連絡員のシャツのボタンを外した。

 何をするつもりだ、とGは固唾を呑んでその様子を見つめる。


「ぼーっとしてねえで、こいつの上着の内ポケット探ってみろ。ケーブルが入ってるはずだ」

「ケーブル?」

「さっさとやれ!」


 殆ど飛び上がるくらいの勢いで、Gは言われた通り、ベッドの枠に掛けておいたキムの上着の内ポケットを探った。

 そこには言われた通り、彼にはさほど馴染みの無い形の差し込みがついたケーブルが輪になって入っていた。


「これか?」

「そうだ。早く貸せ」


 何をするつもりなんだ?


 全く想像がつかなかった。

 そして次の瞬間、彼は自分の目を疑った。

 中佐はシガレットを踵で潰すと、自分の軍服の前をはだけ、脇腹の皮膚をめくった。

 目が離せないでいると、中佐もそれに気付いたらしく、ぎろり、と彼をその金色の目でにらんだ。


「何じろじろ見てる!」

「中佐、それは……」

「あん? ああお前知らねえのか。だったら黙って見てろ!」


 ごちゃごちゃとうるせえんだよ、と中佐は吐き出すように言うと、輪になっていたケーブルを解き、皮膚の下の回路の一つに、つないだ。

 そしてその片方を口にくわえると、右手の爪を伸ばし、やはりはだけられたキムの右の胸辺りの皮膚を軽く切った。

 赤い液体がそこからは流れる。Gは思わずあ、と声を立てた。

 だがその赤い液体は本物ではなかった。粘度が違っていた。

 そして――― その奥には無数のケーブルに彩られた回路がのぞいていた。

 中佐は爪をぎりぎりまで引っ込めると、眉間にしわを寄せる。赤い液体に手を染めつつ、回路の細いケーブルを手早く、だが丁寧に選り分けていった。


「全く旧式は………… だから面倒なんだよ……」


 そうは言いつつ、捜していた部分を見つけたらしく、彼はくわえていたケーブルを手に取ると、ジョイント部分らつないだ。

 Gはその様子を呆然として眺めていた。


「……中佐これは……」

「あん? お前本当にMから何も聞いてないのかよ?」

「何も、って」

「見りゃ判るだろ。これが何に見える?」

「機械――― だよな。あんた達は生体機械(メカ二クル)なのか?」

「いや、違う」


 姿勢を固定したまま、中佐は首を横に振った。


「大して変わらんが、違う。俺の脳はまだ自前だし、奴はレプリカントだ」

「レプリカント!? ちょっと待ってくれ、それって……」

「ああ、もちろん現在は居る筈のねえもんだよ。あれは230年前に狩られた筈だからな。たぶんこいつが最後の生き残りだ」

「そんな馬鹿な……」

「現実にお前の目の前に居るのは何だ?」


 ぎろり、と中佐のメタリックな金色の瞳が再び彼をにらむ。背筋に冷たいものが走る。


「じゃあ中佐、あんたは……」

「俺は昔、身体を無くしたんでな、Mが新しい身体をくれた。それだけだ」


 端的な説明だ。だが面倒な事情があることはGにも容易に想像できた。軽々しく聞いてはならないことであることも。


「おい、何かこいつ、急激にパワーを消耗するようなことをしたか?」


 Gはこれまでの経緯を話す。

 ああそうか、と中佐は短く答えた。


「そんなことすりゃ、こいつのエネルギーゲージは一気に落ちるわな」


 目を細め、呆れたように言う。


「そういうものなのか?」

「こいつはもともと戦闘タイプじゃあない。多少ただの人間よりは強いが、元々は秘書型セクサロイドだ」


 はあ、とGはうなづいた。何となくそれは納得ができる。

 先日彼自身が倒した生体機械はそれに近い。おそらく新型なので、秘書型に多少戦闘モードが組み込まれていた類だろう。


「急激にフルパワーで動くと、バッテリーが上がっちまう。外部からパワーを入力しない限り、再起動できねえんだよ。で、そういう時、緊急信号が出る」

「じゃあ、あんたはそれを」

「俺のボディは戦闘タイプだからな。基本構造はそう変わらん。だがこいつよりもキャパシティが大きい。信号が出たら、その時暇だったらそうしてやれと、盟主が言うからな」

 だが中佐が暇な状態というものをGには想像できなかった。

 何せ表向き彼は、軍警の士官なのだ。「MM」を取り締まる側の人間なのだ。それを完璧にこなしつつ、それでいて「MM」幹部の彼には。

 そこで思わずGは間抜けな質問を口にしてしまった。


「今は暇なのか?」


 すると中佐はひどく嫌そうな顔になった。


「暇というものは作るものだ」


 なるほど、とGはうなづかざるを得なかった。

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