百合短編集 ふたりの少女

おじん

ふたりのトップ

 紅白幕に囲まれた体育館。


「新入生起立」

 進行役の合図で新入生全員が立ち上がる。緊張を感じているような面持ちの生徒もいれば私のように慣れた表情で参加している新入生も多い。


 理由は簡単で中等部から進学してきた子が混ざっているから。中等部からしてみれば少し前まで来たことのある講堂でしかない。高等部に進学しても制服も変わらなければ校舎も大きくは変わらない。


 となりの女の子も新しい制服に慣れないのか小さく動くことを繰り返している。そのたびに下ろしたての制服の匂いが流れてくる。


 私も中等部に入学した時はこんな感じだっただろうか……。


 入学式は滞りなく進んで行く。次第に緊張していなかったのに緊張してくる。理由はこの後に新入生代表の挨拶をしなければならないからだ。


 制服のブレザーの内側に閉まってある原稿用紙を制服の上から確かめる。何度も確かめたのだからここで見返すなんて無様なマネは出来ない。


「新入生の言葉」

ついに来た。前に立って挨拶をするのは代表者ふたり。内部進学生徒が受けた最後の定期試験のトップがひとり、入学試験でのトップがひとり。


 私は入学試験を受けたひとのトップにも負けたくはない。決して内部進学だから怠けているなんて思われたくない。


 人の前に出ることに緊張するより私の強力なライバルになる生徒に初めて会うことの方が緊張する。


「柊木 葵さん、古倉 愛さん」

 柊木は私の苗字、つまりもう一人は古倉さんとなる。女の子……。


「はい」

 なるべく大きな声で返事をすると立ち上がる。その後すぐに私より数段大きな声で元気よく古倉さんが立ち上がる。


 横目でチラッと確認すると私より背は大きくて緊張していないのか楽しそうに笑顔でこちらを見ている。壇上に上がるとまず私から原稿を広げて簡単な挨拶を済ませる。


 古倉さんはどんな挨拶をするのだろう。入学試験でトップの成績を取るような秀才なのだ。後ろからスラっと伸びた背と光沢と艶を持ったロングヘアをじっと見る。


 古倉さんの挨拶はテンプレートとはかけ離れた自由なものだった。あまり覚えていないけど、とにかく入学して嬉しいといった内容だった気がする。


 考えすぎだったかも……。

 ただのお調子者のような気がしてきた。



・ ・ ・



 卒業式が終わって新入生は各クラスに入っていく。そして簡単な説明が終わると解散となる。入学式の看板の前で記念撮影をするものを横目に帰宅しようと歩き出す。


「葵ちゃん!まって~」

 葵ちゃん!?私の名前だ。勉強を第一にしている私にだって友達くらいいる。しかし名前で呼んでくる友達はいない。


 ゆっくり振り返ると古倉さんだった。

「……あなたは古倉さん」


 走ってきたのか息が乱れている。

「いやー帰っちゃうとこだったよ」


相変わらずニヤニヤと楽しそうだ。どうしてこんな子が入学試験でトップなのだろうか。

「あの……葵って名前で呼ぶのやめて欲しいんだけど」

 馴れ馴れしくされるのは嫌いだ。


「えーかわいいのに、まあでも柊木さんと友達になりたいから」

 私はライバルになると思っていたから意外だった。


「私はあなたを勉強のライバルになると敵視していたんだけど」

 あえて感情をさらけ出してみる。古倉さんは目を丸くして驚く。


「真面目だなー思った通り」

 付き合っていられない。失礼と告げて帰路を急ぐ。


 後ろをバタバタとローファーが地面を叩く音が聞こえてくる。あの子が追いかけてきている。振り返って止まってあげようか、いやキリがないな。


 無視して歩き続ける。意外にも話しかけてこない。


その時、脇腹に突然刺激が走る。

「ひゃうっ!」


 思わず変な声を出してしまう。耳の先まで熱くなっていることを認識しながら振り返る。驚いた表情の古倉さんがそこにはいた。


「な、何するの!」

「ごめんごめん、柊木さんってなんか綺麗に歩くな~って思って」

 それで気になったからと言って脇腹を小突いてくるのは謎しかない。まだ慣れない制服と ローファーなら最初は誰でも上手く歩けないのは当然だと思うのだけど。


「あなた……こういう風にあるくのよ」

 古倉さんの前を静かに歩く。ローファーは必要最低限の音しか出さないで歩みに付いていく。


「へえ、こんな感じかな?」

 古倉さんから不快な雑音が消える。


 今の一瞬で見て真似したってこと? 入学試験トップは伊達では無かった。

「何でそんなに私に構うの?」


 古倉さんは少し考えるような仕草をわざとらしく取ってから答える。

「だって柊木さん動作のひとつひとつに気品があって私にない何かを持ってそうなんだもん」


 気品……。昔にやっていたバレエのおかげかも。素直に褒められてまた耳の先まで熱くなる。

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