第31話 シナノガワ

 ――妙な予感がする。


 言葉で表現できない感覚が体の何処かから湧き上がって来る。ブリンガランの聖女ルナリスに胸倉を掴まれてからだ。


「あの~すみませんがソロモン卿。自分は魔物学者をやっている者ですがね。貴方が討伐したランガートルの件なんですが」

 無言で立ち尽くすソロモンに、遠慮がちな声を掛けたのは四十代くらいの男性。シナノガワと同様にルナリスに同行してきた一団の一人だ。


「ああ……何?」

「ランガートルの調査をさせて頂きたいのですが、揉め事にならないように討伐権の相談をですね」


 討伐権とは討伐した魔物の死骸に対する権利の事。言い替えると所有権だ。魔物を討伐した者が討伐権を持つ。今回はソロモンとヴィクトルだ。


 ソロモンは頭を切り替えて黒髪を掻きながら思考を加速させる。


 討伐した魔物は誰の物か? というのがしばしばトラブルの元になる。よくあるのは魔物の死骸は――種類と部位によるが――資材として売れるので、取り分で揉めることだ。

 魔物討伐の付き添いできたあの一団。どうやら今日の俺はまだ運を使い切った訳じゃなかったらしいな。


「調査するなら自由にしていいが俺も参加させてくれ。この魔物には気になる部分があったからな。お宅等の中に魔物解体の業者が居るだろ? 解体から査定、運搬、部位売却まで全面的に協力してくれるというなら――」

 学者の男は目を輝かせて次の言葉を待つ。


「売却金を折半しよう。それでどうかな?」

「結構で御座います。ありがとうございます!」

 提案に同意した彼は大喜びですぐさま行動を開始した。彼の仲間達はお祭り騒ぎだ。


「悪そうな顔をしてる。こういうの慣れているの?」

 したり顔のソロモンにシナノガワが問う。


「ああ、魔物討伐で稼ごうとしたことがあるからね。流れと相場を知ってる。業者に頼んで現金化する場合、報酬は売却額の三割が相場なんだ。だから半分貰えるなら彼等は乗るよ。元々そのつもりできたんだろう?」

「そうね。彼等にとっては取引先が変わったくらいの認識かもね。この近くで商売している人達だし」


 ランガートルのように討伐機会がほぼゼロの魔物は学術的にも貴重、学者にとってはお宝どころが大秘宝レベル。失血死に追い込んだからほぼ完全な形で残っているし、半分渡しても十分だろう。

 元々金に替えるつもりで来た訳じゃない。今日の俺は生き残った上に本当にツイているぜ。


 ――もっとも一生分の運を使い切ったなんて事にならなければいいがな。


 ちらりとルナリスを見やる。彼女は自分の馬車の御者席に座り、足を組んでソロモンを睨んでいる。


「ねぇソロモン。そっちの話が進んだところでこっちの話を進めてもいいかしら?」

「ああ、交渉だろ。いいぜ」

 内容は大体予想できる。だが問題は聖女ルナリスとゲームバランスだ。


 現状一番厄介そうなのは聖女ルナリス。彼女はシナノガワと協力関係にあるっぽい事だが、どう関わってくるのか……。敵対関係になると面倒なことになるな。向こうからしたら第一印象が最悪だろうし。俺はそうでもないんだが。


「同盟とか如何かしら?」

「要は互いに戦わないようにしよう、ということだろう?」

「そうよ」


 予想通り、しかしこの提案には即答できない。交渉相手は俺と同じプレイヤーだ。

 この異世界サバイバルゲーム、基本的に他のプレイヤーと手を組むメリットは無いとみている。勝者は一人だけと運営は明言しているし、一番達成しやすい勝利条件が、他のプレイヤー全員の死だ。不戦条約を結んでそれを守り続けるならば、戦って他のプレイヤーを全滅させる策略が出来なくなる。


 余程強力な能力を持ったプレイヤーが居ない限り、手を組む選択肢は無い。それでも最後は敵対だ。他の勝利条件、国作りもチェックポイント到達も勝利を目指すなら結局妨害しあう。

 よって本来この提案は有り得ない。理由があるとすれば彼女の能力が本当に戦闘向きでないからか。


「何故そんな提案をしてくるんだ?」

 ――ゲームバランスを重視する運営が、殺し合い上等のルールで非戦闘向きの能力を設定するとは思えないが。


「他のプレイヤーと競える能力ではないからよ。噂は聞いているでしょ? 私の能力は人間の治療、人を助ける事は出来ても他人と戦う事が出来ないのよ」

「どんな怪我でも病でも治す事が出来るんだったな」

「そう。老化とか心の病とか寿命が近かったりすると無理だけど、それ以外なら何でも治せる。先天的な疾患も欠落した腕や足も元通りに出来る。一日に上限があることと能力の名前が気に入らないことを除けば良い能力よ。私は医者だし」


 噂通りだ。まぁこんな奇跡としか言えないような事をやってれば当然噂が広がっていくよな。


「現役の女医さんか。そりゃ能力との相性が最高だな」

 医者になる人って頭が良いイメージがある。ゲームから降りたいだけならいいが、正面から戦っても勝てないので何か策を練っているなら面倒だぞ。


「私は勝利を望まない。でも生きて帰りたいの。それまでに一人でも多くの人間をこの能力で助けることが出来ればそれでいい。それを実現するには他のプレイヤーと手を組むことが絶対条件だと思う」

 確かに、他のプレイヤーが生きていても勝利になる条件はある。裏切りを考えなければ協力することも可能ではある。


 ソロモンはボリボリと黒髪を掻きながら頭をフル回転させる。


「他のプレイヤーが最大の脅威だってのは分かる。ひたすら逃げ続けるって考えは無かったのか?」

 ソロモンの問いに、肘を抱え込むように腕を組んで少しだけ黙るシナノガワ。


「考えたことはあるけど、有名になりすぎてどうしようもないわね。噂は瞬く間に広がって、今では遠方から私の治療を求めて多くの人達が集まってくる。噂を聞いた他のプレイヤーが確かめようと私を探しに来るわ。実際に来たし」

「プレイヤーならまず疑うだろうね。俺もそうだったし」

「でしょ? 貴方の能力が戦闘向きなのはすぐに解った。それじゃ戦いになったら私は絶対に勝てない」


 ソロモンは黙って続きを待つ。


「それで私は交渉を持ち掛けようと考えたのよ。仲間とまでは言わないから手を組まないかってね」

「それは全ての土地を領土にする国を作る、若しくは五ヶ所のチェックポイントに到達する。この二つの内どちらかを目指すという事になるが?」

「そうなるわね。勝者は勿論貴方でいいわ。私にとっては生きて元の世界に帰れれば、誰が勝者になっても勝ちよ。出来る限り協力するからお願い」


 この人はゲームから降りた、と。つまりはそういうことか。――理屈は通るがそう認識するのはまだ早いな。


「考えは理解できる。が、俺はシナノガワさんの能力が戦闘向きじゃ無いっていう点を疑っている」

 シナノガワは眉を僅かに上げた。何か言おうとして辞めたのか僅かに唇を開く。


 ソロモンは反応を窺いつつ、

「理由は二つある」

「聞かせてくれる?」

 ソロモンは大きく頷いて、間を置いてから再び口を開く。


「一つ目はシナノガワさんが俺以外のプレイヤーとどういう関係かって事。要は他のプレイヤーを味方にして俺を嵌めるつもりかもしれない。二対一か、あるいは食い合わせる作戦か」

「それは無いわ。他のプレイヤーに会うのは、貴方が初めてだから」

 シナノガワは即答した。


「それを確認する術は今は無い。が、これは一応信じることにする。実は俺は二人討ち取っているんだ。外海の向こうに存在するであろう大陸に残り五名が配置されていれば、初期配置の予想から他のプレイヤーと会わなかった可能性はあるからな」


 一人目のミサチは開始して一ヶ月で出会った。あの時の感じだと誰かと組んでた可能性は無い。二人目のミウラはシナノガワさんの情報をくれたが、あくまで噂を聞いたくらいだったみたいだった。


「貴方が二人も……。それを確認する術は無いけど一応信じることにするわね」

 返しにソロモンは口元を緩めた。


「二つ目はプレイヤー同士の殺し合いを前提としているとしか思えない勝利条件なのに、戦闘向きじゃ無い能力があるのはおかしいんじゃないかってことだ」

 ビーストトランスとチェンジエアー。どちらも差はあれど戦闘が可能な能力だった。勿論俺のソロモンズファミリア、相棒のヴィクトルもだ。


 反応を窺う為に一旦間を置く。シナノガワは口を一文字に閉じて黙っている。


「そもそもだよ? 貴方の能力が戦闘向きじゃないっていう点が疑わしい。人間を治療する能力というけどさ。人間の体に影響を及ぼす能力と捉えれば、怪我や病気を悪化させることも可能なんじゃないか? 自身の身体能力を強化したり、相手の身体能力を低下させたりなんてことも出来るかもしれない。もし出来るならそれは間違いなく他人と戦える能力だと思う。どうだ?」


 最初は、戦闘向きじゃ無いから簡単に倒せるプレイヤーだと思っていた。しかし後で考え直したらこの可能性に辿り着いた。


 再び反応を窺う。シナノガワは少しだけ口元を緩めた。


「厄介な相手に当たってしまったわね。いいわ、手の内を一つ明かしましょう」

 情報を引き出せたか?


「私の能力は『キュアアンドリペア』。人体の治療と修理を行い、人体を人として本来の形にする能力よ。戦闘において全く役に立たないという訳ではないわ。勿論ヒーラー役として他者と連携を取れる、という事ではなくてね」

「回復だけじゃない。攻撃が出来るということだな?」

「そうよ。人体に干渉しているという点は貴方の言う通り。でもね、攻撃手段があるからといって、戦って勝てるのかというのは別の話よ?」

「まぁ確かに……」


 言っていることは分かる。俺がプレイヤーだという事に気が付いた上で、治療を施しトドメを刺さなかったからな。


 他者の目があるから治療せざるを得なかったのかもしれないが、この人は結構な勝負をしている。


 ――成る程、こういう戦い方もあるということか。


 彼女が設定した自身の勝利条件。

 相手は俺に弱みを見せている。しかし、だ。だからといって俺の方が上に立っていると思ってはいけない。人体に干渉する能力の攻撃手段は分からなくても危険だ。

 ハッタリの可能性もある。そうでなければ恐らく……相手に不調を与えるとかだな。俺の能力との相性を考えれば――。


 置物状態のヴィクトルを見る。僅かに首が動いた。

 ヴィクトルには効かないだろう。戦闘訓練はそれなりに積んでいるし、俺を入れて二対一なら勝負になる。と、信じたい。


 ソロモンはルナリスを見やる。相変わらず不機嫌な顔でこちらを睨んでいる。


「いいよ、手を組もう。国作って支配者は無理としか思えないから、チェックポイント到達を狙う事になるが、協力はして貰うよ?」

「勿論よ。ありがとう」


 手を差し出したがソロモンはその手を取らなかった。ヴィクトルもだ。


「握手は無しで。悪く思わないでくれよ? 触りたくないんだ」

「意図は分かる。慎重な性格なのね」

 シナノガワは手を下げた。


 ――内心ほっとした。実際の所どうなのかは分からないが、能力で多くの人間を治療してきたという彼女と戦うのに気が引けていたからな。彼女の能力に俺は助けられたようだし。明確に敵意を向けてきたのなら踏ん切りが付いたと思うが。


 良心がブレーキを掛けた。そのブレーキを外してアクセルを踏み込む程の敵意をシナノガワは見せなかった。


 ソロモンは完全にこのゲームに乗っている。勝者になるべく行動してきたし、それで他のプレイヤーに戦いを挑んで二人の命を奪った。


 ソロモンにはまだ勝つ為の非情さが無い。

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