第18話 隣に居る者

 高級銘柄の紅茶に口を付けながらここまでの旅を話す。話し手はベルティーナだ。ソロモンは時々捕捉したり質問に答えたりしている。この場はベルティーナに任せるスタンスだ。


 ――実は屋敷の雰囲気に半ば飲まれて、かなり緊張していただけである。


 ベルティーナは終始笑顔で時々興奮気味に話す。ミレイユ夫人もマーケスも満足そうに話に耳を傾けている。


「とても良い日々を過ごしたのですね。それは良かったわ。ソロモンさんに預けたのは正解だったわね」

「そう言って頂けたのなら幸いです」


 褒められると照れる。船での件は兎も角、城ではあまり贅沢をさせられなかったんだけどなぁ。


 結局の所ベルティーナは何処かに出かけようと提案する事も無く、一度城に入った後は帰るその日まで外に出なかった。食事以外は殆ど放置――良く言えば自由――していた。

 それでも城の生活に満足したというのだからそれは構わない。彼女の様子を見れば、不満を隠したりソロモンに気を遣ったりしている訳ではなさそうである。


 一通り話が終わり夕食の時間。大食堂に移動し屋敷の主達とテーブルにつく。給仕係が六人。ヴィクトルの分を除いた四人分が次々と運ばれてくる。


 ソロモンの目の前に並んだのは、金持ちの貴族様のディナー、そのイメージに傷一つ付かない料理の数々だ。


 ソースが掛かった分厚いステーキ。野菜のスープに見た目が華やかな目を楽しませる料理――食材は一目では分からない――の数々。勿論口に運べば舌を楽しませてくれる。


「どれも美味い。俺の城で出していた料理とは雲泥の差だな」

「そんなことはありませんよ。ソロモン様がお作りになった料理は独創的で、とても美味しかったです」

「あら、ソロモン君はご自分で料理をするのかしら?」

「するよ。プロの料理人を雇う金なんてないし。城主といっても根は庶民だし」


 三流のテーブルマナーで次々と料理を口に放り込んでいく。一枚、また一枚と皿が空っぽになっていく。


「ソロモン様はみたこともない料理をお作りになるんです。一日三食いつも楽しみにしておりました」

「ベルテが絶賛するなんて余程美味しいのね」


 ソロモンに柔らかく微笑むミレイユ夫人は満足そうだ。


 出された料理を綺麗に平らげたソロモンと、いつものオブジェ状態のヴィクトルは客室に案内された。二人部屋とのことだが、広さ的には六人部屋。テーブル、ソファー、クローゼット、ベッド、間接照明と調度品は一通り揃っている。どれも埃一つ無く、素人目で見てもそこらで安売りしている物とはグレードが違うのがハッキリと分かる。


 気が利くことに着替えを一式用意してくれていた。船の事故で荷物を失った事を聞いたミレイユ夫人が、使用人に命じて用意してくれたものだ。


 ――そして嬉しいイベントが。


「大浴場の準備ができました。何時でもご利用下さいませ」

「おっ風呂に入れるのか。いいね! 早速入らせて頂こう」


 大浴場か。よしそれならば。


「ヴィクトル、槍と盾を置いて付いてこい。偶にはお前も入ろうぜ」


 微妙な間の後、頷いてソロモンについていく。脱衣所は広い。防具類を全て脱がせるのに手を貸す。


 ヴィクトルの防具一式は特注品だ。市販品だと骨だけの体に合わない。なので通常の防具には無い留め金で固定している。勿論関節の動きを阻害しない工夫もある。エウリーズ達からアイディアを貰って製作した専用防具だ。


 全裸のソロモンと浴室内へ。心地良い熱気が中央から上がっている。


「うわぁ……めっちゃ貴族的だよ」

 モザイクのタイル、浴室の中央に円形の浴槽。その縁に角の生えた獅子らしき獣のオブジェがある。――口からお湯が出ていて浴槽に流れ込んでいる。


「広い。そして貸し切り状態。気兼ねなくお前をピカピカにできるなっ!」

 ということで早速体を洗い出す。魔装具のシャワーは圧力も温度も丁度良く、備え付けの石鹸は気持ちの良い香りと共に、まずソロモンの体から垢を落としていく。


 次はヴィクトルの体――正確には骨――からも汚れを落としていく。白い泡に黒ずみが浮かぶところを見ると、結構汚れが溜まっていたらしい。


「偶に洗ってたんだけどなぁ。思ったより汚ぇな。もっと洗う頻度を増やした方がいいか」

 ヴィクトルの背中――正確には肋骨と背骨――を垢擦り用タオルでゴシゴシすると、面白いように汚れが落ちていく。目に見えて骨の色が白色に近づいていくのが分かる。


「プッ、ははっ、なんだよお前。虫歯とは無縁だろ」

 鏡越しに見たヴィクトルの珍(?)行動に吹き出す。彼は垢擦り用タオルを口に突っ込んで、使う事の無い歯を磨いていた。


 何を思ったかは分からない。スケルトンという存在としてはおかしな行動だろう。でもソロモンはそれに対しては笑うだけだ。


 暫く磨き続ければ頭蓋骨の頂点から足の指の先まで綺麗になった。普段全身を防具で包み脱ぐことが無いヴィクトルは、滅多に本体の姿を晒すことは無い。人間の骨格が綺麗に解る単純といえば単純な構造だ。


「浴槽に入るぜぇ」

 妙なテンションの高さで一気に肩まで浸かる。入浴剤の香りが心と体を癒やす。その横にヴィクトルが座る。ハイスケルトンオメガとなった時に得た水上歩行能力があっても、浴槽に浸かることはできる。


「気持ちいいなぁ。ヴィクトルはどうよぉ?」


 ご機嫌なソロモンへ首だけ回転させて向く。無言、ノーリアクション、気持ちいいのか悪いのか不明。


 何も感じないのかな。スケルトンに入浴の良さが分からないのかもな。


 立ち上る湯気が流れていく。お湯が足される水音が心を落ち着かせる。その中で思う。


 いやぁ結構遠くまで来たな。まぁ世界のほんの一部なんだけどなぁ。


 外海の遙か向こうには別の大陸がある。そう確信している。尤も到達手段が今の所ないが、異世界サバイバルゲームに勝つ為には考えなければならないことだ。


「ヴィクトル、お前が居なきゃ俺はとっくに挫けてる。ありがとうな。やっぱりお前は最高の相棒だ」


 ヴィクトルは話せない。だから何も言わない。親指を立てる、この仕草が返事だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る