第17話 ベルティーナの帰郷

 救助された人々は雨の中船を降りていく。皆不安から解放され、大雨の中でも表情は明るい。


「いやー助かった助かった」

「エフアドさんも無事だったんですね」

「商品は海の底だけど命があったから大儲けだよー」


 エフアドは雨風を吹き飛ばす勢いで笑っていた。


「船に大穴が二つも空いたっていうけど何が原因なんだろうね?」

「さあ? 何かがぶつかったんじゃないかって話ですけど、岩礁も無ければ大型の魔物でもないらしいですね」


 海にも魔物は居る。が、魚の亜種みたいな扱いで大体漁師の網に掛かって食卓に並ぶらしい。ソロモンも食べたことがあった。


 大型船に大穴を空けて沈没させるような海の魔物は、この辺りの海域では確認されていない。海路防壁帯のお陰で小魚くらいしか外海と行き来が出来ないので、迷い込んできた可能性は無いと考えられている。


 ――要は原因不明ということだ。皆助かったという事だけ考えていて気にする者は皆無である。


「エフアドさん、色々な話を知っていますよね? ちょっと聞きたいことが」

「いいよー。キミとキミの相方には助けられたからねー。何でも聞いて」


 よし、では夢のことを聞いてみよう。ファンタジーな異世界で視た意味深な夢には何かあるのかもしれないからな。


「力の神ブリンガランって居ますよね? 人間と魔物に力を与えた神様」

「居るよー。命の女神リセミアナが人間と魔物を産んで、力の神ブリンガランが生きる為の力を与えたっていう伝承だね」

「ブリンガランの聖女って知ってます?」


 エフアドは少し考えるというか、思い出そうとする素振りを見せた。


「――ああ知っているよ」

「教えてくれませんか」

「いいけど、は知らないよ?」

「分かるところだけでも……」


 エフアドは数泊間を置いてから話を始めた。


「スランドゥーラとソルガディアスが神の座についてからの話ね。どれ程の年月かは定かではないけど、まぁ時代が進んでいった訳だよね。ここで覚えて欲しいのは、ブリンガランはスランドゥーラとソルガディアスとはもの凄く仲が悪いって事」

「神様達にも仲が悪いとかあるんですね」


 九体の神様の話は概ね調べたけどその話は初めて知るな。


「特にソルガディアスとは大喧嘩するくらいでねー。仲が悪い理由っていうのは、ソルガディアスとスランドゥーラが自分が与えた力とは別の力を持っているから、なんだよね。しかも自分と同じ神の座についちゃったから、尚更気に入らないみたい」

「元人間と元魔物だしなぁ。意外に人間っぽい嫉妬かな」

「そうそう。それでね、ソルガディアスと一対一で戦ったらブリンガランが負けちゃったらしくてー。その話をソルガディアスは世界各地に残そうとしたもんだから、大激怒しちゃったらしくて」


 元人間なのに強いんだな。でもソルガディアス、性格が悪いなぁ。


「で、ブリンガランはとある女の子に『特別な力』を与えた。ソルガディアスが残した古文書によると、ブリンガランはソルガディアスより強い人間を生み出して神の座から引き摺り下ろそうと画策した。だからブリンガランを叩き潰してやった。そう記されている」

「ヤバいな、ソルガディアス。わざわざ後世に残そうとするのかよ」

「お陰で歴史家や考古学者の皆さんからは圧倒的な支持を受けているよ。本当に沢山残してくれるからね」


 この世界を永遠に旅しているという元人間。神でもあり人間でもあるソルガディアスは、人類の歩み見聞きし、人間の歴史を後世へ伝えている。世界各地に目撃談があるが、当の本人か定かではない事が大半だ。


 この世界の神様にあまり良い印象は無かったけど、何となく親近感が出てきたな。


「で、その時力を与えられた女の子の名前が『ラシュテル』。後に聖女ラシュテルの名で歴史に名を残す。ラシュテルに与えられた力は女の子に継承していけるらしくてね、継承した女の子の事を、ブリンガランの聖女というのさ」


 聖女ラシュテルの事まで分かるとは大収穫だ。けれど、そうなると疑問が残る。あの夢に現れた人物は――。


「エフアドさん、ソルガディアスってどんな容姿をしているんです?」

「若くもないが老人ともいえない、長身の男性といわれているねー。力の神様と一対一で勝っちゃうんだから、本当に強いんだろうねー」


 ブリンガランは挿絵で見た。十字架に菱形がいくつも組み合わさった、幾何学的な姿をしている。九体の神様の中で唯一、生き物の姿をしていない神様だ。


 夢の中でブロジヴァイネに話し掛けていたのは老人だった。老人はブロジヴァイネを打った鍛冶職人だったのか? じゃあもう一人の方はもしかするとソルガディアスか。


「ソルガディアスは聖女ラシュテルの前に現れた、というんだけどその後どうなったかは知らないんだ。ブリンガランの聖女はこの時代に存在しているんだけどね。一度会ったことがあって聞いてみたんだけど、教えてくれなかったんだ」


 ブリンガランの聖女は実在する、か。


「成る程、貴重な話をありがとうございます」


 エフアドとは笑顔で別れた。悪天候が想像以上だったので、ソロモン達はサンフォーンで宿を取り、次の日に屋敷へ出発。少々の風と降り止まぬ雨の中無事に到着した。流石の魔物達も今日は寝床で青空が帰って来るのを待っている事だろう。


 ベルティーナの屋敷は郊外に建てられていた。塀で囲まれ門は魔力で開閉する仕組みで馬車が二台横並びでも通れる大きさ。門の横には門番の詰め所になっている小屋があり、御令嬢の帰還をいち早く知った門番コンビが開門作業を行う。


 庭はとても広い。花壇が並び、開きかけの蕾達が雨に耐えている。まだ華やかさがない花壇の中心には八角形のガゼボ――日本でいうところの東屋あずまや――が建てられている。勿論今日は無人だ。


 屋敷は四階建て。正面から見ただけだと奥行きがどれだけあるかは分からない。だが名家と呼ばれる一族の屋敷だという事を考えれば、相応の広さと部屋数が有ることは間違いないだろう。


 整地された道に沿って馬車が進み正面の入り口前に横付けする。詰めて並べば馬車四台分が雨に当たらなくて済む広さの屋根が、館から迫り出していた。支える柱は彫刻が彫られた白い石材である。


 有名な大型ホテルの正面玄関とかによくある構造だな。流石は名家ってやつだ。

 お出迎えの使用人達が屋敷から出てきた。彼等は恭しく頭を下げる。


「さあどうぞソロモン様。ここが私の屋敷です。歓迎、致しますよ」

「それでは、お邪魔します」

 ベルティーナを先頭に、ソロモンとヴィクトルは屋敷の敷居を跨いだ。屋敷の一角が使用人達の生活スペースのようで、他の同行者達はそっちへ行った。勿論ソロモンとヴィクトルはゲスト扱いでベルティーナと一緒だ。


「お~まるで別世界。ファンタジーな世界に出てくる大富豪の館の中、俺がイメージする内装そのまんまだな」


 第一印象がつい口から零れる。ヴィクトルも首だけ動かして内部の様子を窺う。喋れないのが逆に場慣れしている様に見える。


 おっ、エントランスホールの天井にはシャンデリアだ。うわ~あの壁、値が張りそうな絵画が飾ってあるぞ。二階へ上がる階段はカーペットが敷かれている上に、手摺りにも凝った意匠があるな。俺の城は飾り気のない石階段だからなぁ。大金持ちは違うなぁ。


 ソロモン、田舎者丸出しである。ちなみにヴィクトルは、飾ってある甲冑に興味があるようだ。


 ソロモン城の方が大きいが、内装の豪華さなら絶対に勝てない。

 大部分が最低限の手入れすらされていない上に、そもそもあの城の中身は元から煌びやかさとは無縁だったのだ。多くの使用人を抱えて、手入れが行き届いた名家の屋敷とは勝負にならない。


 通された先は応接間。長テーブルにはシミ一つない白いテーブルクロス。ここもソロモン城とは雲泥の差だ。


 出迎えはこの屋敷の主にしてハルドフィン家――正確に言えば南西大陸の――当主、ミレイユ夫人とその夫のマーケスだ。


「お帰りなさいベルテ。そしてようこそソロモン君とヴィクトル君」

「お邪魔します。ミレイユ夫人」


 エウリーズから習った作法で一礼。ソロモンもヴィクトルも不慣れでイマイチぎこちないが、それでもミレイユ夫人は微笑んで一礼を返した。

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