第15話 それぞれの思惑

 攻撃魔法を使う相手と本格的にやり合ったことはまだ無い。ここは下手に抵抗しないで様子を見るか。

 背後には武器を持った男達が睨みを利かせている。ロングコートの男の命令で教会の奥へ連れて行かれた。


 そこは群青色の石材の床が広がっていた。左右に規則正しく並んだ木製の長椅子の正面には、女性の像――恐らく海の女神フラシル――が堂々と建っている。見上げれば、壁の上部に色鮮やかな宗教画が描かれている。外へと通じる大きな扉の上には、ステンドグラスが灯りに照らされていた。

 ここまで来たら腹を括るしか無い……かな。


「教会って建物のイメージを裏切らないね。修道女はここに居るので全員か?」

 修道服を着た女性達を見てソロモンが聞いた。

「さあな。そこのガキみたいのが他にも逃げ出しているかもしれないがな。そんなことはどうでも良い」

 怯えたような無数の目が、ロングコートの男と侵入者に向けられた。震える体を寄せ合う修道女達は、若い子も居れば年配の人も居る。シアと同じくらいの年の子も見受けられる。白い修道服を着た女性も何人か居るようだ。

 長椅子に座りきれずに大半が床に座り込んでいる。武器を持った数人の男達が脅すように目を光らせていた。


「ここ、男子禁制らしいぜ」

「知るかよ。お前はどうなんだ?」

「俺はこの子から招待を受けたから良いんだよ」

 ソロモンの上着を握りしめて泣きそうな顔のシア。

 軽口を叩きながら周囲の様子を窺う。ヴィクトルもさり気なく首を動かしている。


 入り口は全て見張りが付いているな。外からの侵入に対してじゃなく、外に出さない為の配置か。ステンドグラスの下の扉が外へか。他の連中に指示を出してるところからみて、あの魔法使いがリーダーで間違いないな。


「さて、質問だ。お前は何物だ? 他に仲間はいるのか?」

「ただの通りすがりさ。仲間は、いると言ってもいないと言っても信用しないだろ? アンタこそ何者なんだ?」

 ロングコートの男は鼻を鳴らした。


「その男は国民議会の議員ですよ」

 一瞬の静けさを消す老齢の声が教会に響く。声の主は長椅子から立ち上がった。白い修道服にケープを巻いた老女だ。

「王様と話し合い解決する事を信条とする『対話派』のバーレクス議員……。本来はこのような強硬な手段に出る人間では無い筈です」

 バーレクス、それがあのリーダーの名前か。

 この場に居る全員が答えを求めるように静まり返る。


「話し合いで物事を解決しよう、そんなものはただの絵空事だったんだ」

 老修道女への返答は諦めの言葉だった。

 バーレクスは魔力式通信機を起動させ、この場に居ない相手に話しかける。

「そっちの様子はどうだ?」

『のびて縛り上げられてました。今の所三人見つけましたよ』

「全員叩き起こせ」

 返答を待たずに通信を切る。

「やってくれたな小僧」

「全員じゃなかったんだけどさ、お前の手下が下着盗んでたからよ。現行犯で蹴っちまった。後お姉さん方のお小遣いをせっせと掻き集めてた、空き巣まがいのヤツにも制裁加えといたぞ」

「それはどうも、お疲れさん」

 ザワつく修道女達を気にもしないで皮肉を吐く。


 ソロモンはさり気なくシアの手を引いて老修道女の元へ歩き出した。ヴィクトルは着いていくことはせずにその場に立ったままだ。

「バーレクス議員だったか? アンタはガルガヴァルの宝玉を探しているんだよな? 何の為に探しているんだ?」

 警戒して身構える手下達を牽制するように大きな声を出す。


「話し合いでは解決しない、かといって武力でやり合っても解決しない。だったらこの国を救う為には、神の手を借りるしか方法が無い」

 神の手を借りる……か。


「お嬢さん、連れ回して悪かった」

「いいえ、この子の事をありがとう。巻き込んでしまってごめんなさいね」

 老修道女はしゃがんで優しくシアを抱き締めた。

「なぁ議員さんよ。ガルガヴァルの宝玉の事だけどさ。それがあればこの国は本当に救われるのか?」

「わからん。九体の神はそれぞれ人間の為に『贈り物』を創った。ガルガヴァルはこの世界の設計図を創った神だ。その贈り物は世界を変えるという伝説がある。世界規模は無理でも、この国一つくらい救ってくれるかもしれん」

「まさに神に縋る思いか」

 ソロモンは修道女達から離れるように歩き出した。


「現物がどういう物かは分からないが、ここにある可能性は極めて高い。以前から随分調べていたんだ。信憑性が高い情報を王に近い人間から聞いたし、国費から多額の運営費用がここに出ているのも、ガルガヴァルの宝玉が絡んでいるとのことだ。何度も通って説得をしてたんだが、そこのシスター達が知らぬ存ぜぬの一点張りでね」

 バーレクスは修道女達を睨む。彼女達は沈黙を貫いていた。ソロモンは像の前で立ち止まった。


「私と同じ対話派だった議員は全員『強行派』についていった。今頃は不毛な殺し合いを城下町でやっているだろう。フラスダに流れてきた大量の民を見ただろう? こちらとしても手荒な真似はしたくないんだ。協力してくれればそれで済む話なのに強情で困る」

 再び修道女達を睨みつけるバーレクス。

「確かに、国政ってのは上手くいかないことが多いんだろうね。良かれと思っても悪い方向に行ってしまう。人によって考え方や捉え方が違うから、いつだって不平不満は無くならない。意見が割れて話が纏まらない事もあるだろう」

 世界が違っていても、国が人間の集団であることは変わらないってことか。


「俺は助けてくれと頼まれてここに居る。お宅らは今日の所は引いてくれないか? そうしたら堂々とここを出て行けるんだけどもね」

 フラシル像の横に立ち提案を持ち掛けた。


「無理な相談だな。こちらも引くに引けない所まで来ているんでね」

 即答。ソロモンとバーレクス、互いに睨み合う。

「彼女等に協力してお前に何の得がある?」

「何も。別に報酬を提示されたりはしていない。皆を助けて欲しいという頼み事を聞くだけだ。俺が何とかするって言っちゃったからな」


 一度言ってしまった以上、途中で投げ出したりはしない。完全に実行不可能になるまでは。

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