第17話 自立

「厄災は予定通り消しました。思わぬ副産物が出てきましたが」

 正門館に残っていたエルドルト行政官に報告をする。手紙と箱の中身も見せた。

 一通り読んだ後でエルドルト行政官はテーブルに置かれた箱を見て、

「お疲れ様でした。ご協力本当にありがとうございます。おかげで帝国にも良い報告が出来ますよ」

「それは良かった。これで厄災に怯える必要は無くなりましたから俺も気が楽ですよ」

 厄災を城の守りに使えなくなったから、当初の計画通りにはいかなくなった。だけど本来は博打だったし、流石に城と土地を返せとか代金の追加を要求されたりは無いだろう。

 争いの種ならなくて済んだし結果的に正解だよ。


「この手紙を残した人はどんな人物なんでしょうね」

「卵が何なのか知っているなら自分で使えば良いのに。人間の未来の為だけに使うという判断基準も不明ですし。まあ、奇特な人が居るものだと思うことにしますよ」

 どうせ手紙の主はもうこの世には居ない。


「そうですね。ところで箱に入っていた剣、変わった形をしていますね」

「コレね、俺も最初はそう思ったんですよ。でも違うんです」

 見た目は鞘に収まった短めの剣だ。変わっているのは、柄の刃の方とは逆側の先端に長方形の長い板状の物が付いている点だ。色は青紫で、明るめの青い線が木の枝のように描かれており、側面は丸みを帯びている。振り回すには邪魔になりそうな形状だ。

 ソロモンは柄を握って鈍い銀色の鞘から引き抜いた。鞘に収まっていた部分は、柄に付いていたのと同じ様な色と模様で長方形。


「ご丁寧に説明書が入っていまして」

 鞘に収まっていた方を上にし、親指で出っ張っている部分を押す。すると短い反対側が伸びて左右対称になり、両端の少し下が持ち上がった。そして持ち上がった部分を繋げる真っ直ぐな白い光の線が現れる。

「弓なんですよ。魔法で矢を発射する『魔装弓まそうきゅう』というらしいです。この白い光が弦で、こう矢を番えて離せば飛んでいく仕組みのようで」

 白い光の線に触れて引っ張る動作をしてみせる。普通の弦と同じように光の線は動いた。


「なんと……。随分珍しい弓ですね。私は見たことが無いです」

 目を輝かせるエルドルト行政官。

「矢が付属されていなくて。まあ使い方は分かっても、弓自体使ったこと無いのであれなんですが」

「試しに撃ってみますか? 王国うちの兵士に弓と矢を支給していた筈ですから、それをお貸ししますよ」

 エルドルト行政官の提案で魔装弓の試し撃ちをすることに。実は本人もやってみたかったらしく、子供のように笑っていた。ヴィクトルにも撃たせてみた。


 所詮は素人が三人、狙ったところには碌に当たらないか。だがこの弓は使えるぞ。そんなに重くないし持ち運びもしやすい。あまり力を入れなくても引くことが出来るし、不慣れでも矢はちゃんと飛んでいる。

 問題は狙ったところに当てられるかだが、そこは訓練すればいい。遠距離は弓で接近戦は剣。よし、このスタイルでいこう。


「おやもうこんな時間か。私はそろそろ帝国へ出発します。帝国から派遣されている兵は全員連れて行きます。王国の兵も引き上げさせます。矢は差し上げますのでどうぞ使って下さい」

「分かりました。どうもありがとうございます」

「こちらこそ。本当に助かりました」

 握手を交わした後、馬車は山を下っていった。見送ったソロモンは静かな城内に戻っていく。

「お前と二人だけか。分かっちゃいるけど静かで寂しいな」

 ヴィクトルは頷いた。その仕草を見たソロモンは頬を緩ませる。


「掃除するか。城主の部屋を使える様にするぞ。今日の目標は最低でも寝室だ」

 俺の城だからな。やっぱそこじゃないと。

 掃除用具はあったし本館まで水は通っていたので掃除はできた。長く放置されていた寝室はなんとか寝泊まりできるようになった。その頃にはもう夜中。二人で頑張ってこの時間である。


 大人が三人、川の字になってもまだ余裕がある広いベッドに疲労で限界の体を投げ出すソロモン。

 レンドンで買った安物の布団一式はベッドとサイズが合っていないけど、放置されていた布団よりはいい。そのまま朝まで寝てしまおう。


 熟睡して体力が回復した次の日の朝、本館の調理場を使える様にするべく掃除を開始した。兵士達が暮らしていた正門館の調理場は使える状態だが、本館で寝泊まりすると食事の為に毎回戻るのが面倒なのだ。

 普通は正門館で暮らせば良いじゃんと思うかもしれないが城主は俺だ。やっぱり一番広くていい部屋を使いたい。その大半が使える状態じゃないがそこは後で。

 朝から二人掛かりで掃除をし、洗浄用の薬剤を殆ど使ってピカピカにした頃にはもう日が暮れていた。


 ソロモンは正門館から持ってきた調理器具と、自炊する為にレンドンで買った料理のレシピ本を片手に、不慣れな手付きで夕食を作る。加熱する調理に必要な道具は、調理場に元々置いてあった物を手入れすれば使える様になった。

 元の世界では可燃性のガスを使っていたが、この世界では人工魔石から放出させた魔力を熱エネルギーに変える魔法の道具を使うのが主流だ。


 何度かやった結果、しっかり火を通して調味料の分量を間違えなければ取り敢えず食える物は出来ると学んだ。

 此処での暮らしに慣れはじめた次の日。城主の部屋のトイレとバスルーム徹底的に掃除。やり慣れたことで作業効率が上がったのか、日が傾き始める頃には終わった。


 わざわざ正門館まで行かなくても入浴できるのはいいね。入浴剤が有ればなお良しなんだが、この世界だと贅沢品だから買わなかったんだよな。まあシャワーを浴びるのも風呂に入るのも自由にできるし、十分でしょう。

 この日は早めにベッドに入った。眠りに落ちるのに五分と掛からなかった。

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