第9話 商業都市レンドン
レンドンの町は一メートル程の石垣に囲まれている。踏み固められた森の道は、町の入り口――多分幾つもある内の一つだろう――に続いていた。
門なんて立派な物は無い。入り口の幅は馬車が三台横並びでも楽に通れる程の広さ。木の柱が石垣の切れ間に立っていて、その上には旗が立っている。入り口の両脇には軽装の鎧を着込んだ番兵が立ち、近づく馬車に視線を送る。
入ってすぐ横には三階建ての建物と同じくらいの高さの
ナルースは慣れた扱いで馬車を入り口の番兵の横につけて事情を説明し始めた。一通り説明を聞き終わると番兵は笛を吹いた。仲間を呼ぶ合図のようで近くの建物から同じ格好の番兵集団が集まってくる。
隊長の指示で盗賊二人は連行され死体も回収された。怪我人だったナルースの先輩二人は近くの病院に担架で運ばれていった。
しっかりとした訓練を受けているらしく、殆ど無駄の無い迅速な対応だ。
関心をしながら様子を見ていると、隊長が声を掛けてきた。
「盗賊討伐の件で話があるので三人共来て欲しいのですが、お時間は大丈夫ですか?」
隊長からの要請を了承し、借りた剣と槍を返してから隊長について行く。案内されたのは番兵達の詰め所がある建物。
三人共奥の部屋に通された。そこは椅子とテーブル以外の調度品が見当たらない小さな部屋。
応接室に通されたみたいだな。少なくとも殺人犯扱いはされないだろう。
実は俺が捕まってしまうんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたんだが良かったわ。
「間もなく行政官がお越しになります。座ってお待ち下さい」
丁度三つある椅子にそれぞれ座る。
行政官か。多分政府のお偉いさんだな。来るまでのこの時間、ちょっと情報収集に使うか。
「ナルースさん。この町について教えてくれませんか?」
「ああ、ソロモンさんはこの町に来るの初めてなんですね。ここは領土のほぼ真ん中に位置している町なんです。そのお陰で交易が盛んでいつも賑わっているんですよ」
「結構大きい町なんですかね?」
「この国では二番目に大きい町ですよ。勿論一番は首都レンドバルですけど」
へぇ中々の大都会だな。あ、そうだこれも聞こう。
「この国はなんて言う国なんですか? あと全体的にどんな感じの国なんですか?」
ナルースは目を丸くして、
「あれ? もしかしてこの国に来るの初めて……なんですか?」
事情を説明しても理解されないだろうし、適当に誤魔化しておくか。
「ああ……うん。訳有りの旅人的な身分だもので」
「そうだったんですね」
ナルースは真面目な顔でヴィクトルを見た。
納得してくれたらしい。助かる。
「ここはアスレイド王国という名前の国で、文字通り王様が治めています。平和な国ですよ。隣国とは昔から仲が良くて、三百年近く戦争が起きて無いらしいです。西と南からは陸路で、東からは海路経由で色々な交易品がこのレンドンに集まってくるんです」
「へぇ~。商業都市なのか」
「はい。首都レンドバルに一番近い事もあって、すごく発展しているんですよ。生活水準も高くて地方に比べればすごく豊かですよ」
道理で盗賊が近場を
ドアをノックする音が響き、情報収集は終了した。
入ってきたのは白い礼服を着た四十代くらいの男性。胸元にはバッジがいくつか。整った短髪、剃り残しの無い顎元、綺麗に磨かれた靴と隙が無い。
自然と座り直すソロモンとナルース。ヴィクトルは顔を向けただけだ。
「お待たせ致しました」
年相応の声で一礼すると真っ直ぐな足取りで定樹達の正面に座る。表情は柔らかい。
「まず盗賊討伐の件、ご協力感謝致します。あの三人は間違いなく賞金首でした」
良かった。実は人違いでしたとか言われたらもう立ち直れなかった。
「其方の方に伺いたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「あ、俺? 別に良いですけど」
「大変失礼なことを伺いますが、お隣にいらっしゃる方は人間ではないですよね?」
行政官は申し訳なさそうに掌を向ける。相手はヴィクトルだ。
「えっ。あっ」
口を開けたままソロモンは固まった。盗賊に切り刻まれたフードは役目を失い、生きている人間にあるべき物の大半が無い頭部が晒されている。ピクリとも動かないので端から見れば不気味な置物だ。
ヤバい。どうしよう。バエルの配慮が数時間で無駄になってしまったぞ。
「あ……え……。まあそうなんですけども」
言葉を濁す。行政官はテーブルの上で両手を組んだ。
「先程警備隊長から報告を受けたのですが、貴方の『使い魔』だそうですね? お連れの方がそう説明したとのことですが?」
ナルースは大きく頷いて、
「はい。僕もそう説明されましたので。盗賊に襲われた時に助けて貰ったので、悪い存在ではないかと思います」
ナルースのフォローに行政官は僅かに口元を緩ませる。
「大昔に全て滅び去った存在と私は教わっております。国を傾けさせるほどの力を持った戦略兵器だったとも」
柔らかさからほんの少しの厳しさに変わった表情で、行政官はソロモンを見る。
声のトーンを落とした行政官の言葉が、ある種のプレッシャーをかける。威圧しているつもりは無いのだろうが、肩書きに見合った能力と経験がここで表に出た。
「貴方は後世にそのような話が伝わっている使い魔を所有し、隠そうとしていらっしゃるようですね? 何か……事情がおありでしょうか?」
ソロモンはバツが悪そうに、隣の置物を見た。
面倒な話になってきたぞ。完全に予想外だぜこんなの。下手なことを言うと間違いなく厄介な事になるぞ。
眉間に皺を寄せる定樹。殆ど瞬きをせずソロモンとヴィクトルを見る行政官。室内に静かで重い空気が満ちる。
どうもヤバい話になってきた気がする。直感だがこの行政官は、何かを疑っている。
口を真一文字に結び、無い頭を高速回転させて答えを作りだそうとする。
この世界に於ける『使い魔』と俺がバエルから受け取った『使い魔』は間違いなく別物だ。呼び方と従者のような存在――多分だが――だと言う点が同じで、この行政官は勘違いしてると思う。
行政官の真意はまだ分からない。最初の穏やかな雰囲気は様子見か、それとも油断させる罠だったのか。
「俺が含むところのある不届き者の類いか。そこを気にしているんですかね?」
ソロモンが仕掛け
「左様で御座います」
短い返答。その続きはなく、行政官は目を反らずに沈黙する。
不穏な空気を察したのかナルースは座ったまま無言で縮こまる。ヴィクトルは置物状態を継続。
静けさが室内に戻る。互いに様子見をした後、ソロモンが口を開く。
「コイツは便宜上使い魔と呼んでいるだけで、行政官殿が知る使い魔とは無関係ですよ」
別世界でメイドイン悪魔だからな。嘘じゃ無い。
行政官は怪訝な顔で、
「信じられませんな。それでは一体何だというのですか? 新種の魔物ですか? まさか死んだ人間が動き回っているだけだとでも?」
「いや……。そういうモノでは……」
ソロモンは言葉を詰まらせた。防戦一方だ。
ヴィクトルを創った悪魔達は本物の人骨を材料に使ったんだろうか? まさか白骨死体をそのまま謎の力で動かしているという訳じゃ無いとは思うが。
盗賊戦で見せた自己修復の早さといい、改めて考えるとヴィクトルはよく分からん謎の存在だ。
自分でも良く解っていないモノを、どう説明すれば相手に納得して貰えるのだろうか?
全力で頭を働かせても言葉が出てこない。
行政官は暫くその様子を窺った後に口を開いた。
「こちらとしては正体の分からない存在を警戒するのは当然のことです。ですが今回は盗賊の討伐ですし、動く人骨が悪事を働いたという情報も入っておりません。今後も平和的に活動して頂けるというなら、こちらは安心できるのですが」
一度言葉を切る行政官。ソロモンは察した様に笑った。
「コイツは自分から他人に迷惑を掛ける奴じゃないです。協力できるトコは協力しますんであんまり突っ込まないで貰えると有り難いです」
行政官は最初の柔らかい表情に戻り、大きく頷いた。
「それならば結構です」
行政官は懐から小さなベルを取り出し、二回鳴らす。短い、綺麗な音を合図に二人の男が部屋に入ってきた。片方は先程三人を案内した隊長で、もう片方はトレーを持った行政官の部下の役人だ。トレーには金貨と革製の小袋が乗っていた。
ソロモンとヴィクトルに問題が無いことを隊長と部下に説明した行政官は、賞金の支払いの話をする。
ナルースの申し出で、賞金は全てソロモンが受け取ることになった。額は一人頭金貨二枚。三人で六枚。賞金を受領した事を証明をする書類に署名を求められた。
その際差し出されたのは万年筆に似た形状の筆記用具。キャップ付きで先端からインクが出るタイプだ。
この世界では羽根ペンとインク壺は通り過ぎたらしい。しっくりくる握り心地だ。俺の世界でよく使われていたペンと変わらないなぁ。
思わずカタカナで書きそうになったところをギリギリ堪え、この世界の文字で署名をする。頭の中でカタカナを変換して、それを書き写すようにゆっくりとペンを滑らせる。
知らない世界の文字を書く。実に不思議な感覚だ。
署名欄には受取人『ソロモン・サダキ』と担当した行政官の名前『エルドルト・ウーネル』が並んだ。
受け取った金貨は五百円玉よりも一回り大きい、黄金色に輝く円形。絵柄は片面が何かの花で、その反対側は何も描かれていない。
イメージ通りの金貨だ。この世界だとどれ程の価値なのかは分からないが、まぁ少なくとも今夜の食事と寝床には困らなくて済む。
行政官はヴィクトルの正体を隠す為に、大きなフード付きのローブをくれた。町中で動く人骨が堂々と歩いていると色々不味い、という考えはバエルと同じだった。
ヴィクトルに着せてみれば良い感じになった。これなら正体は分からないだろう。
ソロモンは金貨を革製の小袋に入れ、上着のポケットにしまって建物から出た。ナルースと別れた後、ソロモンとヴィクトルはレンドンの町中に消えていった。
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