第7話 スケルトン・ヴィクトル

 盗賊は三人共大男。クロスボウを持っている奴が居るな。他の盗賊二人も当然武器持ちか。片方は剣。もう片方は斧か。

 荷台の上から相手を観察する。ソロモンはまだ冷静だった。


「ちなみに馬で跳ね飛ばして強行突破ってのはどう?」

 思いつきで提案したがナルースは顔を青くして、

「それは無理です。馬が走れなくなると馬車は終わりなんです。だから馬を危険にさらす行為はできないんですよ。盗賊達もそれが分かっているから、堂々と正面から来るんですよぉ」

 クロスボウは馬車を引く馬に向けられていた。


「分かってんだろォ? さっさと出すモン出しなよォ」

「お……金なんて無いですよ……。怪我人が居るから見逃して下さい……」

 脅し文句に拒否の意思表示をするナルース。

 逆効果だ。他人を脅すことを躊躇しない人間は弱みに付け込んでくるんだよ。

「それじゃあさっさと出した方が良いなァ。積み荷があるだろ。中身は何だ?」

 分かりやすい悪党顔あくとうづらだ。こいつがリーダーか。他の二人も気味が悪いニヤけ顔を向けやがって。カモを見つけたと言わんばかりじゃねぇかよ。

 嫌な汗がソロモンの額を流れていく。

「積み荷は服を仕立てる為の生地です。転売してもお金にはならないですよ」

「ホントかァ? 嘘ついてんじゃ無いだろうなァ」

 リーダー格とナルースの不毛な押し問答が始まった。その横でヴィクトルはピクリとも動かず、槍を握って座り続けている。


 その様子を荷台から見ていたソロモンに、ナルースが先輩と呼んでいた足を怪我した方の男が小さな声で話しかける。

「連中は三人共賞金首だ。逆らわない方が良い。俺達は使えないが君が魔法を使える人間なら……それで討伐してくれてもいいんだがな」

「魔法か……。俺も使えないのは間違いないかな」

 異世界に魔法有りか。魔物が居る世界なんだ。ま、有ってもおかしくないか。どんな感じなのか気になるけど今は目の前の問題をどうするかだ。 

「懸賞金が掛かるほどの悪党ですか? 魔法とやらで悪事を働いているとかですかね?」

「魔法を使える連中じゃ無いよ。殺された人もいるからと最近手配された奴等だ。間違いないよ」

 嫌な想像が支配し始めた。クロスボウの矢で射貫かれる自分。大柄な剣に切り裂かれる自分。斧で頭をかち割られる自分。恐怖心がジワジワと定樹の本能に染みこんでいく。斧を持った盗賊が近づいて来るのに気づいた時、恐怖に染まった本能が三つの選択肢を提示する。


 言うことを聞くか。逃げるか。――それとも戦うか。


 戦うとすると相手は大男が三人。怪我人を除けば戦えるのは俺とヴィクトルの二人。そうすると二対三で数的に不利だ。しかも相手の実力が全く分からない上に俺は素人。ヴィクトルだってバエルの話じゃ弱いらしいから素人と考えて間違いない。

 どう考えても勝ち目は薄いなこれは。

 逃げるとしても盗賊達が進路を塞いでいる。来た道を戻るか森に逃げ込むしか無い。町まで何時間か分からない道をまた延々と歩く羽目になると体力的に辛い。

 異世界の森なんて何があるか分かったもんじゃ無いから、逃げ込むのはリスクが高いだだろうな。――魔物が居る世界だしな。盗賊を振り切れてもその後が厳しい選択だ。

 大人しく言うことを聞いても無事に済む保証は無いしどうするべきか。無事に生き残る為にはどうするべきか。


 手を小刻みに震えさせながら対応を決めかねているソロモンに、斧の盗賊はニヤけ顔で、

「おい、金目のモン全部出せよ。聞こえてんだろ!」

 その脅迫に言葉に出来ない恐怖が全身に染みこんでいく。全身が震えるほど、気温が下がった気がする。

「おい! そこのガキ。随分良い身なりをしてるじゃねぇか。金、しこたま持ってそうだよな。他にもいいモンも持ってそうだし全部出せよ」

 俺の服装は黒のテーラードジャケットに紺色のカーゴパンツ。元の世界だとそんなに金持ちのイメージは無い身なりだけど、この世界ではどこぞの御曹司にでも見えるのか。


「いや俺は無一文だし……。金目の物なんて無いよ」

「そんな訳ねぇだろうが! バカにしてんのか!!」

 いや事実だから。マジだから。

「じゃあよぉ。左手首の装飾品はなんだっていうんだよ?」

「えっ」

 腕時計のことか。盗賊だけあって目敏いな。

 この世界の事はまだ知らない。けど馬車が舗装されていない道を走り、銃では無く剣や槍が護身用の武器であるなら……。

 この世界の技術が元いた世界よりもかなり低い。もしそうなら精密機械の腕時計はかなりの価値がある筈だ。

 怪我人を置いて逃げるのは気が引けるしな……。一刻も早く病院に連れて行ってあげたい。


 腕時計を外した。この腕時計を盗賊に差し出してさっさと解放して貰おう。そう考えた時にそれは起きた。

 見えない手に掴まれたかのように手が止まる。何かが、腕時計を渡すことを拒絶している。

 右手の中の腕時計。白い文字盤にはダイヤル式のカレンダー機能。

 この腕時計は高校の入学祝いに両親がプレゼントしてくれたもの。値段はセール商品で三千九百八十円。元の世界では決して高価な物ではない。もっと高くてスタイリッシュなのでも良いんだよと父は言ってくれたけど、一番気に入ったのがこの腕時計だった。

 飾らず気取らないシンプルなデザインが、心を掴むのを感じた。

 電池交換いらずのソーラー式。外に出る時はいつも身に付けてる。

 これは、これだけは渡したくない。

 自分と同行者の命の為に大事な腕時計を差し出す。改めて考えると理不尽だ。こちらに非なんて無い。絶対にだ。


 その理不尽に行き着いた瞬間、心に恐怖とは別の感情が広がり始めていく。

 なんで強盗風情にこれを渡さなければならないんだ。――ふざけるなよ!

 怒り。理不尽に対する怒り。奥底に染みこんでいくように心と体に広がっていく感情。 怒りは恐怖を塗りつぶし、最も無謀な選択肢を選ばせる。

 それは争いを避けて逃げるのでは無く、戦うという選択。但し、その選択は何も自暴自棄になったから選ばれたという訳ではない。


「渡せる物なんてこれぐらいしか無いんだけど」

 右手の腕時計を左手に持ち替えて盗賊に見せた。

「おおっ! それは懐中時計じゃねぇか!! しかも珍しい形だ! さっさと寄越せってんだよ!!」

 盗賊の目の色が変わった。手を差し出して、早く寄越せのジェスチャー。

「ん!? これが時計だってことが解るのか?」

「テメェ自分が金持ちだからってバカにしてんのか!? バカにしてるだろ! これはどう見たって時間を知る道具だろうが!」

 怒りのボルテージが上がりだす盗賊。顔が茹で蛸のように真っ赤になっていく。

 異世界に元の世界と同じ時計があるとは思わなかった。そういえばナルースさんが町まで『三十分』とか言ってたな。

 時間の感覚が元の世界と同じなんだ。だからゲームはリアルタイムなのか。それはまあ、いい。予想以上の食い付き方だ。


「欲しけりゃやるよ」

 くれてやるつもりは無い。油断を誘う為のエサだ。

 盗賊が近づいてきたところで、左腰の鞘から素早く右手で剣を抜き、居合い斬りの要領で盗賊に斬りかかる。

 下から上への軌道を描く剣筋。荷台の上からの攻撃は、地面に立つ盗賊の顔に一筋の傷を付けた。顔を手で覆い叫び声を上げる盗賊。指の隙間から流れ出る血。不意を突かれた盗賊は動きを止めた。

「おりゃああああああああ!!!!!!」

 腕時計を上着に押し込み、盗賊に追い討ちをかける。荷台から飛び降り、落下するエネルギーと体重を剣に乗せて縦一文字に剣を振る。その一撃は盗賊の片方の目を潰し、仰向けに倒す。


「イテェ……。イテェ……」

 斧から手を離し両手で顔を覆う盗賊。その様子を見たリーダー格の盗賊が剣を抜き、血相を変えてソロモンの方へ走る。

 ソロモンは剣を構えて正対した。勿論構え方は素人のそれだ。

 不思議に思うほど、自分の気が立っているのが分かる。襲ってきたのはあっちでも先に手を出したのは俺だ。――もう後戻りは出来ねぇぞ。

「舐めた真似をしてくれたなぁ!! これは高――」

 リーダー格の言葉を遮ったのは首元に浅く刺さった血塗れの槍先。冷えて固まった魔物の血に、暖かさが残る人間の血が重なって滴り落ちる。

「こ……この野郎……」

 引き抜かれた部分を、手で押さえながらリーダー格は見た。茶色い服に身を包み、槍を構えて御者席から見下ろすヴィクトルの姿を。


「ナイスだヴィクトル! 遠慮無くやれ!!」

 ヴィクトルは一回だけ首を縦に振り攻撃を始めた。

 緩慢な動き。決して鋭い突きではなく、よく見れば素人でも防げる単調な攻撃。それに合わせてソロモンも斬りかかる。

 相手も戦闘経験があるらしく、首を押さえながら片手で両方いなす。状況はほぼ五分五分いったところ。

 こっちは素人が二人。不意打ちで負傷させていなければこうはならなかった筈だ。そもそも普通に戦えば勝ち目が無い戦いだからな。

「油断したなクソ野郎! くたばれ!」

 戦いの中リーダー格が何かに気付いて叫ぶ。

 ヴィクトルの胸に矢が刺さっていた。クロスボウを持ち、距離を取っていた三人目の盗賊が放った矢だ。

 ニヤけ顔のリーダー格。次の瞬間、その顔が歪む。


 ヴィクトルは矢を受けたことに対して無反応。一瞬気が抜けたリーダー格の右胸に、槍を突き刺した。

 今しか無い。両手に持てる力の全てを込めて斬る!

 ソロモンが振り下ろした剣が届き、リーダー格の体に大きな切り傷を与えた。

 渾身の斬撃を食らったリーダー格は地面に膝をつく。ヴィクトルは槍を引き抜き、追撃を行う。御者席から飛び降り、その勢いのまま槍を突き立てる。それはソロモンが斧の盗賊に斬りかかったのと似たような攻め方だ。

 左胸のやや上にヴィクトルの槍が深く刺さり、リーダー格は遂に倒れた。

「これで二人目! あと一人!」

 勢いに乗るソロモン。離れたところに居るクロスボウ持ちの盗賊へ狙いを変えた瞬間、背筋が凍った。クロスボウがソロモンに向けられていたからだ。


 撃ち出された木製の矢は真っ直ぐにソロモンの元へ飛んでいく。咄嗟に半身になりながら体を捩るように回避行動をとる。

 矢は胸元、僅か数ミリの所を通過して背後の森の中へと消えていった。

 舌打ちをし背中の矢筒から矢を取り出す盗賊にソロモンは指を指す。

「行けヴィクトル!」

 激しく鼓動する心臓を押さえつけるように、乱れた息から声を出す。ヴィクトルは槍を握り直すと小走り――全速力なのだろう――で最後の盗賊に向かっていく。

 盗賊はヴィクトルに、躊躇無くボウガンを撃つ。当たりはするがヴィクトルは止まらず無言で前進を続ける。

「服の下に何か仕込んでるのか」

 ボウガンを投げ捨て、腰の後ろから大振りのナイフを引き抜いた。突進してくるヴィクトルの槍を躱すと同時に反撃に転じる。


 ヴィクトルの懐に入り込み、ナイフの長所である取り回しの良さを生かした連続攻撃を浴びせる。金属音が響くと同時にヴィクトルの服が切り刻まれていく。

 ヴィクトルの首元を通った刃が、頭部と胴体を分けた。更に蹴り倒されヴィクトルの動きが完全に止まった。

「素人目で見ても戦い慣れしているな……。これは一対一じゃ勝てない。間違い無く殺されるな俺は……」

 怒りが再び恐怖に変わっていく。整い始めた息がまた乱れていく。

 盗賊とソロモンの視線が交差する。盗賊は凶悪な笑みを浮かべていた。


「次は貴様だ。落とし前を付けてもらうぜ」

 盗賊は近くに落ちていたクロスボウを拾い、ナイフを収める。慣れた手付きで素早く矢を装填し、ソロモンへ向け発射した。

 それを今度は横方向へのヘッドスライディングで躱す。矢が頭上を通過した直後、素早く立ち上がり盗賊を睨みつける。

 運が良かったな、俺。尤も三回目は無いかもだが。

 盗賊は舌打ちし、次の矢を装填する。より殺意が籠もった瞳がソロモンを映す。

 生き残る為にはどうすればいい?

 頭をフル回転させる定樹は視線を少し反らして、盗賊の背後を見た。

 諦めるには、まだ早い。


 クロスボウを向ける盗賊に対してソロモンは半身はんみになった。自然と全身に力が入る。

「……なあカス盗賊。お前等賞金首なんだってな。一人頭幾らだよ? 一般庶民の日当くらい?」

 挑発とも取れる発言に、盗賊はクロスボウを構えたまま、

「は? 金貨二枚だ。それがどうした。さっきの奴同様に今からぶち殺すお前には関係無いだろ?」

「いや。首が飛ぶのはお前だ!」

 左手を銃の形にして人差し指を盗賊に向ける。

「俺の魔法で吹っ飛ばしてやるよ!」

 渾身のハッタリである。


 盗賊に焦りの色が明確に出た。ソロモンの動きを警戒するように身構える。双方の動きが止まり、静寂が辺りを包む。

 ソロモンは待った。信頼や信用では無く、こうなって欲しいという願望で待った。

 そしてそれは僅かな時間の先に来た。

 背後からの一突きが盗賊の顔が歪ませ、体をよろけさせる。


「なんだと……バ……バカな……」

 後ろを確認した盗賊は予想外の事に驚愕して顔色を変えた。頭部と胴体が切り離された筈のヴィクトルが、完全な姿で立って槍を突き立てている。

「お前バカだろ。首を斬られて血が出なかったんだぞ。何も疑問に思わなかったのか?」

 余裕が戻ってきた顔でソロモンが挑発する。

 気を反らす為だったんだがあまり意味は無かったかな。


 背後からの攻撃で怯んだ盗賊に、ヴィクトルは無言で攻撃を続行する。

 致命傷にはなっていなかったようで、盗賊はすぐに反撃を行う。しかしヴィクトルは、矢を至近距離から撃たれても攻撃を止めない。

 蹴り倒されても大振りのナイフで首を切られても、ヴィクトルは言葉を一つも吐き出さない。十秒程で立ち上がって攻撃を再開する。勿論完全な姿で。

「なんだ……コイツは……。なんなんだよコイツはッ!!」

 ナイフで切り刻まれた茶色の服。その隙間からヴィクトルの正体が見えた。フードも切られて顔が晒される。

 盗賊がクロスボウを手放したのを確認したソロモンは、剣を向けながらゆっくりと盗賊に近づく。


「中身は無いんだけど有るっていうかさ。ま、人間じゃないんだよな」

 後数歩で剣が届く距離で立ち止まり、

「まだ続けるかい? 傷を負った状態で二対一だ。片方は何やっても死なない上に、アンタが死ぬまで攻撃を止めない。降伏した方が良いと思うぜ?」

「チッ……。ツイてねぇぜ。降参だ」

 盗賊の決断は早かった。ナイフを地面に放り投げて戦闘継続の意思が無いことを示す。

 不意打ちが決まったから、辛うじて勝てたんだよな。正面から堂々とやり合えば絶対に勝てなかった。


 その後は荷を固定する為の予備のロープで盗賊達を縛り、荷台に乗せて再出発した。

 一応手当はしてやった。最初に攻撃した斧持ちは両目を失明していた。剣を持っていた奴は事切れていたが、死体を放置するのは色々良くないというので荷台に乗せた。

 レンドンに着くまでの間、ナルースはソロモンとヴィクトルを賞賛していた。ヴィクトルが使い魔だと教えると、何故か大はしゃぎした。


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