第5話 ミステリア

「その判決、ちょーと待ったぁ!」


 広間の扉が勢い良く開け放たれる。大きな音が俺を現実世界に引き戻した。


 入ってきたのは美しい女性であった。赤い髪に緑の瞳。露出度の大きなドレスの間から豊満な体が顔を覗かせている。そして顔にはいたずらを実行しようとしている子供のような微笑みを浮かべている。


「ミステリア⋯⋯!今大事な審議中だ。静かにしておれ」


 そんな彼女をすごい目で睨みつける大臣。しかし馬耳東風なのか、ミステリアという女性は笑みを崩さない。大臣に不遜とも取られかねない態度。おそらく騎士団長クラスの人物なのだろう。


「審議ってもう終わってるでしょー?それよりいいの?こんな裁判して?」


「良いとはどういうことだ?」


「王子を襲った犯人、彼だって決めつけていいのー?」


「ミ、ミステリア様!」


 話が変な方向に進んでいるのを感じ取ったのか。ジェラートが声を挙げる。


「ん?名前は知らないけどどうぞ?」


「この男が王子を襲ったのは明らかです!血まみれの服装で周りにはこの男のみ。それはつまり犯人はこの男です」


 ドヤ顔で自らの主張を伝えるジェラート。


 ⋯⋯冷静に聞いてみるとひどい理論だな。俺、危うくこんな破綻した主張で殺されるところだったのか。


「えーその理論無理ない?」


 ミステリアもそう感じたようだ。


「君の推理って全部状況証拠だけでしょ?王子を襲ったのが別の人間で、彼がその後に発見したパターンとか考えなかった?」


「そ、それは⋯⋯」


「頭働かせてこーよ、ね?」


 目の前の状況に思わず口元が緩んでしまう。普段嫌味ったらしくインテリを気取っているジェラートには良い薬になっただろう。現に彼はそこそこ整っている顔を羞恥で歪ませていた。


「し、しかし現在この者以外に容疑者がいないのも事実だ。今は反乱に魔物の凶暴化。陛下の仕事をこれ以上増やす訳にはいかん」


 大臣も息子に対して助け舟を出す。彼も理由は分からないが俺への処遇を急いで決めようとしている。その理由は未だに見えてこない。


「んー、それもそうだねぇ⋯⋯あ、じゃあこうしよう!」


 妙案が思いついたとばかりにミステリアはぽんと手を叩く。そしてそのまま俺の肩に手をぉ!?


「彼さ、私の領地で保護観察処分にさせてよ。責任をもって監視するよ?」


「なっ⋯⋯!」


 それはこっちの台詞だ!え、近っ!顔近っ!


 それもめっちゃいい匂いする!


 何より背中に当たるこの柔らかい感覚はぁ⋯⋯!?


「君も、それでいいよね?」


「は⋯⋯はい」


 思考停止。


 気がついたら返事をしてしまっていた。


 やっぱり俺は女に弱い。どうしようもない童貞野郎だ。許してくれ。


 そんな俺のことは気にせず、ミステリアはにやっと笑う。


「よぅし決定!うちの領地は周りに何もないけど、緑豊かで水が美味しい場所だよ!期待しておいて!」


「ま、待て!」


 大臣が慌てたように委員長席から立ち上がる。ミステリアはうんざりとした表情で振り返る。


「何?せっかくまとまりつつあったんだから、邪魔しないでよ~」


「保護観察処分だと!ふざけるな!私は認めてないぞ!」


 真っ赤な顔で怒鳴る大臣。先ほどまで静まり返っていた会場内も息を吹き返したように騒ぎ始める。


「そ、そうだ!勝手なことするな!」


「処刑しろ!」


「あーもう、うるさいなぁ」


 ミステリアはわざとらしく耳を塞ぐ仕草を見せる。そして会場が少し静かになってくると口を開く。


「だって明確な証拠がないんでしょ?人の命かかってるんだから、間違ってましたじゃ済まされないよ。それに⋯⋯」


「それに⋯⋯なんだ?」


「これは王子にも深く関わりがあるでしょ。大変な時期だけど、王様も真実を自分の目で耳で知りたいでしょ。だから王様が帰ってくるまで私が責任をもって彼を預かる。安心しなよ。私、逃げられるなんてへましないから」


「し、しかし⋯⋯」


「それとも⋯⋯何か文句あるのかな?」


 なんだ⋯⋯この威圧感は。


 顔は笑っているのに、放たれるオーラは今まで経験したことがないほど強いものであった。


 彼女は一体、何者なのだろうか。


 


 




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