とらべらーず〜椿ヶ丘高等学校旅行同好会〜
浮輪
第1話 夏と青春など爆発して仕舞えば良い
「じゃあ、課題だけは計画的にやれよー、後で単位が欲しいって泣きつかれても先生は公務員だから実績を報告しないと単位は渡せません!それじゃッ!解散!」
20後半の女性がそう言い放つと少年少女達は蜘蛛の子を散らすようにそれぞれ鞄を持って席を立った。
周りからは「明日どうするー?!」とか「取り敢えず飯行こうぜ!」というそれはそれは楽しい夏休みの足音が聞こえてくる。
爆ぜろ、爆ぜてしまえば良い。
かく言う私と言うと7月25日以降のカレンダーは真っ白。
ほんと爆発してしまえばいい。
中学から高校に上がり華のJKにはなったが其れもその筈、入学して3ヶ月授業を受けては部活にも入らず家に帰るだけの生活を続ければ友達は増えないし夏休みの予定は埋まらない。
自業自得です、はい。
(あー、本当嫌になるなぁ…)
こうなったのは別に高校生になってからというわけではない。
物心付いた時から孤独に対して異常なまでに恐怖心がなかった。
寂しい感情がない訳ではないけれど、別に1人でカラオケに行こうがカフェに行こうがショッピングに行こうが楽しいし何より気楽だ、周りに合わせなくて良いし時間も自分で決められる。
その事を中学の数少ない友達に話したらドンびかれた。
虚しいと一言、今でもその時の苦虫をすり潰した様な顔を覚えている。失礼な。
と、そんなこんながあったので高校では友人の1人や2人作って、いや出来ればクラスの半分くらいとは話せる様になって放課後ミルクティの一杯でも啜りに行ってやろうと、そんな志を抱いて入学したが初日でその志は腐ってしまった、1人が楽すぎる。
面倒くさい人間関係や約束の時間とかを考えなくて良い。
だがそれは同時に味気のない日常を私に授けた。
味のないガムを噛み続ける事より無駄な時間の潰し方はない。
そう思うと苦味や酸味、甘味がごちゃ混ぜになった味のガムを噛む彼彼女等はとても充実してる様に見える。
苦味に悶え、酸味に晒されて、最後に来る甘さの様な何かを噛み締める。
巷で噂の青春という奴だろうか、知らんけど。
孤独感に恐怖はない、だからといって虚しさを感じない訳じゃない。
やっぱり下で祭りがあっているのを二階の自分の部屋から見るだけと言うのはそれなりの虚しさというか虚無感を感じない訳ではないのでは無いだろうか。
さて、一刻過ぎると教室は静寂を取り戻した。
聞こえるのは取り残された同類の欠伸と蝉の声のみ。
いつも私はこの静寂が訪れ、大きな校舎の癖に一つしかない昇降口が空く迄スマホから音楽を聴きながら今日のノートを一瞥し、暇で暇で仕方なく読み始めた英書の数ページ読んでから帰るようにしている。
英書を読み始めたのはまぁ…何というか…邦書を読むよりは英語の勉強も出来て物語も読めて一石二鳥かなというせめてもの生産的思考に基づくもので、流石に気取ってるとか周りに囃されたくない訳でブックカバーは必須だ。
万に一見られても大丈夫な様に中身は彼の国で有名で本邦でも大ヒット上映中の魔法使い少年の冒険小説、これなら何かの間違いで同級生に露呈して所で只の流行りに流されたミーハーと言うところで被害は最小限に出来る。
さて、今日も呪文の様に並ぶ英文に私は目を落とした。
…
……
………
頑張った…
15分は経った、ダメだ分からん。
単語が乱立してる、だがわざわざ荷造りしたカバンを開けて辞書を取り出す気力もない。
「えぇ…とらゔぁ…うーん」
「travelよ十島さん、十島 希未さん」
「はぃ?」
アホっぽい声が出た、自分でもびっくりするほどの間の抜けた声だった。
「英語の勉強してるのね…関心するわ」
そう話し掛けてきたのは誰だっただろう…確か図書委員だったか総務委員だったか取り敢えずそんなポジョンだった様な…そうじゃなかった様な…というか、綺麗ェ…
髪ツヤツヤだし、目鼻立ちがくっきりしてるし匂いがもう別次元…
薄いブラウンがかかったセミロングの髪、くりくりとした目、恐らくレンズの反射から見てほぼ伊達の黒眼鏡。そしてこのドヤ顔
うーん、しかしなんだろこの違和感。
どことなくこの委員長ぽいコイツは見た目の良さにしてはポンコツ臭がする。
「どうしたの…?」
「いや、あんた綺麗な顔してるから思わず見入ってた」
そう、安直に答えると彼女はどこかむず痒い顔をした後、平静を取り繕った面持ちでこう続けた。
「お、お世辞にしては分かり易すぎじゃないかしら」
「何をまさか、私はいつだって正直に生きてきたつもりなんだけど」
だから、友達もいないけどな。
「そんな貴女はどうしてこんな所に?もう花のJKは帰る時間だぜ委員長ちゃん」
もう、下校のチャイムは鳴っている、とっくの前に。
ここに居るのはクラスの流れに取り残された有象無象の集まりだ、端っこの自分の席で嬉々として、黙々とカメラを弄る漫画みたいな丸縁眼鏡の少年に窓際の席で本を顔に乗せて寝る金髪のヤンキーボーイ、スケッチブックと睨めっこするこれまた美少女。
青春という商品があったとして、もし製造過程で生まれる切れ端が有るのならまさにこの教室だ。
こんな夏の良き日に、陰鬱で怠惰で排他的な
青春の、掃き溜め。
「いいえ、私はこのままじゃ帰れないの。この教室を空にしなきゃいけない。貴女たちには悪いけど」
成る程、彼女は委員長。
となると下校時間を過ぎれば巡回をするのは順当な流れでは有る。
だか、先程説明した通り下校のチャイムはとっくの前に鳴っている。
そう、それも1時間前だ、その1時間どこで何をしてこの委員長ちゃんは時間を潰していたか甚だ疑問だ。
彼女がそう言って私が一考してる間に椅子が引かれる音が教室に不協和音を奏でた。
立ち上がるのは金髪、気怠そうに顔から本を引き剥がして鞄に詰めると頭を掻きながら出口へと歩き出し毒を吐く
「先公にでも言われたのかよ、ケッ…分かったわかった。全くよ…気持ちよかった昼寝が台無しだ。」
金髪が立ち上がる、それを見ると今度は眼鏡が立つ。
いつの間にかお気に入りのカメラを詰めて慌ただしく教室を後にしようとする。
「…すんません…」
立て続けにスケッチブックの彼女。
「ごめんなさい、もう帰るわ。委員長さん」
彼女は前者に比べて優雅に立ち上がった、育ちがいいのだろうかお上品に席を立つと荷物を整理してこれまた綺麗に歩き始めた。
教室に静寂が帰ってくる。
掃き溜めは見事に掃除されてしまった、唯の一言で。
教室は私と委員長の2人になる。
「なるほどな…ただの巡回業務な訳だ。分かった悪かったな、私も帰…」
「まって…!」
鞄を肩に掛けようとすると委員長は私を呼び止めた。
「貴女、部活とかには入ってないの…?」
妙な事を聞く、こんな時間に教室に残っている人間が部活に入っているわけが無い。
「入ってなかったとしたら…?」
「あの、もしよかったらー
「お断りだ。」
へ?っと委員長は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で此方を見た。
「生憎、人とワチャワチャする様な生き方は出来ない様な作りの人間なんでね。高校に上がったから私も友達作ってタピオカでマジ卍…みたいな量産型になりたかったんだがどうもダメでね。」
「でも…」
「でも、もだっても無いんだよ委員長ちゃん」
少しイライラしてたのか声のトーンが自然と下がってしまう。
委員長が肩を微かに震わせた事に若干の後悔を覚えると私は続けた。
「いいかな、此処は掃き溜めなんだよ。あんたらの様なその他大勢になれる様な量産型もいればこうやって放課後を一人で過ごす事が当たり前の様な欠陥機や一人でいる事でしか存在意義を十分発揮できないピーキーなレースマシーンみたいなのも居る。」
「私だってそんな、褒められた人間じゃ無い!」
「いいや?残念ながら褒められる人間なんだ、アンタが今いるそこは掃き溜めからは遥か遠く信頼と人柄、能力、対人関係。全てが過不足なく身についた量産型のその最たる例が居る場所なんだよ」
さあ…少し言い過ぎてしまった。
いけない癖だと良く自覚しているつもりだったが、つい正論みたいなものに噛み付いてしまう。
これだから人と付き合うのは反吐が出る程性に合わない。
お陰様で委員長は俯いたまま黙りこくってしまった。
「まあ、少し言い過ぎた。悪かったなもう帰るよ」
そう言って席を立とうとした時だった。
「ねぇ、十島さん」
「何?」
「夏休みは暇?」
目には怯えが残り声色には意思を振り絞った震えが認められる、しかしその声はよく通っていた。
いい加減くどいと思う質問だったが、また持論を説き伏せる様な気力も残っていなかったし、彼女の勇気に敬意を表して返答した。
「さあね、暇なんじゃないか。ただもう秋まで会う事はないと思うよ。」
私は、鞄に小説を仕舞うとスタスタと歩き出した、教室の扉を開くとエアコンの冷気は消え失せ湿気と熱が体を包んだ。
後ろで何かが聞こえた気がしたが、そんな意識も私は、夏の暑さと蝉の声の中に置き去りにする事にした。
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