第30話 幼女なフェノンちゃん


 お母様はわたしに時間魔法をかけた。


「あっ、リアちゃん……ごめん☆」

「は?」


 リアがお母様の顔を見ると近くから泣き声が聞こえてきた。


「ふええええええええんっ!!!」


 わたしは3歳ぐらいにまで戻っていた。

 ここどこッ!? ナタリーはどこッ!?


「おいおいマジかよ……」

「時間魔法って1日1回しか使えないの。それでこの後私は領主のところに行かないといけないの。だからフェノンのお世話お願いね?」


 お母様どこか行くのかな? え? ちょっとッ!? わたし捨てられちゃったッ!?


「大丈夫よフェノン、ちょっと領主様のところに行くだけだから。今日中には戻るわ。ここにいるのはみんなお母さんの知り合いだから。安心して?」


 お母様はわたしの頬を撫でて知り合いだと思われる女の子たちリアとエリーに託された。


「うん……いってやっしゃい」

「いってきます。じゃあ二人ともよろしくね」


 お母様は部屋を出ていった。

 わたしを抱えた黒髪の女の子がわたしを畳みの上におろした。

 畳みなんてこの世界にあったんだ……久しぶりに畳みの上でゴロゴロするのもいいかも……なんか服が大きいような……?


「ちょっと服大きいかもな。クローゼットの中に間違えて持ってきたフェノンの昔の服があったはずだ。それを使おう」


 いきなり黒髪と茶髪の女の子たちがクローゼットを漁り始めた。

 この二人の女の子は何をしてるのだろうか?


「このワンピースかわいいね。これにしようよ」

「そうだな。おっ、このリボンとかつけたら可愛いんじゃないか?」


 黒髪の女の子は言葉遣いが男らしいけど、リボンとかに興味ある感じだね……もしかしてツンデレ?

 記憶のないわたしにはリアがわたしをクルミさんへの出汁にしようとしてることなど、知るよしもなかったのだった。

 そしてわたしはリアたちに服を着替えさせられた。


「かわいいよフェリナスちゃん!」

「ああ、似合ってるぞ!」


 わたしの着ている衣装はフリルの量が異常に多くて、可愛いらしさの塊のような白いワンピースと赤いリボンのついたカチューシャ。

 そういえば、わたしこの人たちの名前知らない……


「おねえちゃんたちだれ?」

「あっ、そっか知らないんだっけ? 私はエリーよ。そっちはリア」

「エリーおねえちゃんとリアおねえちゃん?」

「うん、そうだよ。えらいえらい」


 わたしはエリーお姉ちゃんに頭を撫でられた。とても気持ちいい。もっと撫でてほしい……

 するとエリーお姉ちゃんはその撫でていた手を下ろしてしまった。


「あっ……」

「ん?」


 わたしが不満そうな声を出すと、エリーお姉ちゃんは不思議そうな顔をしてもう一度撫でてくる。すごく気持ちいい……もっと撫でて━━━━


「これがいいの?」

「うん……」


 わたしはひたすらエリーお姉ちゃんに撫で回して貰った。わたしが満足したのは1時間経った頃だった。


「つ、つかれた……」

「よく1時間耐久してくれたな。悪いがこれで何か飲み物買って来てくれないか?」

「う、うん、わかった……」


 エリーお姉ちゃんが部屋を出ていった。さすがに相手のことを全く考えないのはよくないと思った。

 そして今度はリアお姉ちゃんが相手をしてくれるみたいだ。


「フェノンちゃん、実は俺、お前の正体知ってるんだ」


 わたしは突然過ぎるあまりに言葉が出なかった。

 ……え? いまなんて言った? 正体を知ってる?


「そうだろ? うんち漏らしの佐藤くん?」

「ぎゃあぁぁあぁあぁぁあぁああっ!!!」


 めっちゃ叫んだ。そしてそのまま近くにあった布団にズボーした。

 なんでわたしの正体バレてるのッ!? 初対面だよねッ!? えッ!? もしかしてナタリーたちにもバレてるッ!?


「(この反応めっちゃおもろいな……)

 大丈夫だ。俺しか知らない」


 リアお姉ちゃんから出たその言葉でわたしはホッと息を吐いた。

 この人いったい何者なの……!?


「死にたくなければ言うこと聞きな」


 わたしはただ黙って頷くことしかできなかった。わたしはリアお姉ちゃんに脅され、いろんな服に着替えては撮影機で撮られ、着替えては撮られ、着替えては撮られた。


 あえて弛い服を着ていた方がかわいいとか言われてゆるゆるな服を着せられたり、幼児らしくコスプレしようとプリキュラの衣装を着させられたりと、どこからこの衣装を用意したのか聞きたかったけど、わたしには聞く権利がなかった。

 そして全てが終わり、解放された頃にエリーお姉ちゃんが元同級生の田村さんを連れて部屋に入ってきた。


「……え?」

「本当に小さくなってるんだな。けど私から見ればあまり変わらないような気もするな」

「フェリナスちゃん、この人はクルミさんだよ」

「クルミという。クルミお姉さまと呼んでくれたまえ」


 この言葉遣い、態度、性格。間違えなく田村さんだ……! なんでこの異世界にいるの……!? と、とりあえずバレないように従おう。


「クルミお姉さま……」

「うむ、苦しゅうない」

「めっちゃ怯えてるように見えるんだが……」


 わたしはクルミさんに抱っこされて、あやされているのだけど、恐怖と絶望から震えが止まらない。


「小さいフェノンくんはとても怖がりでかわいいね」

「なたりぃ……」


 ナタリーを呼ぶがその場にナタリーは居ない。それどころかいまわたしが何処にいるのかもわからないのだ。


「クルミさん、フェリナスちゃんが可哀想です! 貸してください!」

「断る。フェノンくんの怯えてる姿は何かそそるものがあるからな」


 わたしも暴れて抵抗しようとしたが、思うように身体が動かず、ただ怯えることしかできなかった。


「なた、りぃ……」

「全く、私というものがありながらメイドの名前を出すとはいい度胸してるじゃないか」

「ひぃっ!?」


 や、ヤバい……殺される……!?

 わたしはあたかもなついたかのようにクルミさんに抱きつく。


「うむ、分かればいいのだよ。では早速みんなに知らせよう。こういうのは多くの人たちに手伝わせるべきだ」

「クルミさん、これ以上フェノンを泣かせないでください」

「何を勘違いしている。見たまえ、フェノンくんは私に懐いているぞ。泣いてなど居ないじゃないか」


 わたしはリアお姉ちゃんの方を見ると一瞬だけだったが、めっちゃ心配そうな顔をしていた。


「ガッツリ涙出てるけど!?」

「これは嬉し涙さ」

「言い訳も大概にしろ!」

「ほう、ではリアくんが私のおもちゃになるということで良いのかな?」


 黒い笑みを浮かべたクルミさんとそれを見て顔を青くしながら少し後退あとずさったリアお姉ちゃん。

 わたしは涙目でリアお姉ちゃんを見る。


「わ、わかった……フェノンが戻るまでだからな」

「よろしい。じゃあエリーくん、あとは任せたよ。リアくん、こっちだ」


 リアお姉ちゃんがわたしを庇って犠牲になった。身を挺してわたしを守ってくれたリアお姉ちゃんがとても格好良く見えた。

 もしリアお姉ちゃんが男だったら間違えなく惚れていたと思う。


「フェリナスちゃん、私と遊びましょっか?」

「うん!」


 エリーお姉ちゃんが1番マトモで安心できる。するとそのタイミングでわたしのお腹が鳴った。

 少し恥ずかしそうにお腹を抑えているとエリーお姉ちゃんが少し笑った。


「何か買いに行こっか?」


 わたしとエリーお姉ちゃんは手を繋いで部屋を出た。すると長い廊下で、窓からは学校の校舎みたいな建物が見えた。

 ここは学校なのかな? なんでわたしこんなところにいるんだろ……?


 それはとにかく、わたしはエリーお姉ちゃんと手を繋いで階段まで歩くと、わたしは手すりを駆使して一段ずつゆっくり降りて外に出た。


「フェリナスちゃん、こっちだよ」


 わたしはエリーお姉ちゃんに連れられてお団子屋さんの屋台に向かった。

 この世界にもお団子ってあったんだ……


「フェノンちゃん、いらっしゃ~い。またお団子食べるのぉ~?」


 知らない人に話かけられた。

 なんでこの人わたしの名前知ってるの!?


「あっ、そっか。知らないんだったね~。私はエマのお友だちのツバキだよ~。よろしくね~」


 お母様のお友だちだったんだ……お母様なら外で自慢しててもおかしくないし、納得。


「フェリナスちゃん、何が食べたい?」

「さんしょくだんご3つ!」

「エリーちゃん、お金はいらないから持って帰ってフェノンちゃんに食べさせてあげて~」

「あ、ありがとうございます!」


 エリーお姉ちゃんはツバキさんからお団子を受け取り、わたしと手を繋いで先ほどの部屋まで戻った。


「喉に詰まらせないように気をつけて食べてね」

「うん!」


 そう言いながらもエリーお姉ちゃんは不安だったらしく、お団子を手で小さくちぎってからわたしに食べさせた。

 全部食べ終えたわたしは今度はおトイレに行きたくなった。いつもならオムツだったのでそのまま放出してたけど、今日は何故かオムツがないので、そのまま出すわけにもいかない。


「おしっこ……」


 わたしは内股でもじもじとした状態でエリーお姉ちゃんに言った。


「そっか、こっちだよ」


 わたしはエリーお姉ちゃんにトイレまで案内されて便器に座ろうとするのだが、便器の穴が少し大きくてそのまま落ちてしまいそうになった。

 エリーお姉ちゃんが慌てて掴んで助けてくれた。

 ここのトイレはどうみてもボットンなので、もし落ちてしまってたら間違えなく死んでいた。


「エリーおねえちゃん、ありがとう……ありがとうございました……」


 わたしはその日、初めて泣きながら全く知らない赤の他人に感謝をした。

 そして、それと同時におまるを絶対に買ってもらうことを決意したのだった。

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