第4話 嫌いなおとうさま


 熱を出したわたしはしばらく外出厳禁となり、部屋の中でナタリーに本を読んで貰ったり、文字の読み書きの練習をしたりする毎日だった。


「フェノン、ちゃんとお勉強、頑張ってる?」

「うん!」

「えらいわ。ねえフェノン? お父さんに会ってみたくない?」


 お父様と会う?

 めんどうごとなのが目に見えてしまうのは何故だろうか……?


「べつに」

「そうよね。フェノンもお父さんと会いたいよね……え? いまなんて?」

「べつに」

「あのねフェノン、お父さんはね普段忙しいのよ。そんな忙しいお父さんがフェノンに会うためにわざわざ時間をかけてこの屋敷まで来てくれたのに会いたくないなんてそれはどうかと思うの。賢いフェノンならわかるよね? フェノン? お父さんに会いたいよね? ね?」


 お母様がわたしの両肩を掴んで言ってくる。

 その時のお母様の目が光を失っているようでとても怖かった。

 本能が逆らうなと言ってるような気がする。


「あ、あれ? 不思議です。なんか急におとうさまに会いたくなってきました」

「フェノン様……」


 ナタリーが「こうやってエマ様に尻に敷かれる人が増えていくんだなぁ」という視線を送ってくる。

 そんな視線を送ってくるナタリーだってお母様の尻に敷かれてるよね? 自分のことを棚にあげないでよ。


「フェノン、お父さんのところに行きましょうか」


 わたしはお母様に逃げられないように手を掴まれて、そのまま客間へと向かった。


「ここよ。フェノン、お父さんに会ったら挨拶してね?」

「うん」


 お母様が扉を開けると金髪碧眼のおじさんが偉そうに足を組んで座っていた。


「この子がフェノンです」

「お父様、フェノンフェリナス・フォン・エリシュオンです。よろしくお願いします」


 軽く挨拶を済ませるとお母様がわたしをソファーに座らせてくれた。そしてその瞬間にとても大事なことを思い出した。



 自分のフルネーム、いま初めて言った……!


「ずいぶん礼儀正しい娘だな。さすがはお前が育てただけはある」

「そうですか」


 なんだろうか? この夫婦らしからぬ異様な態度は……?


「フェノン、私はお前と馴れ合う気はない。自分の部屋で待ってろ」


 よく娘にそんなこと言えるね? こっちだって面倒だったけど、お母様が言うから仕方なく顔を合わせに来て上げたんだよ? さすがに怒るよ?


「ほう、星刻印の精錬もまだだというのにこの魔力量か」

「フェノン様、魔力が漏れてます」


 ナタリーに言われて自分の周りに魔力が漏れでていることに気づいた。


「フェノン、落ち着いて。気持ちはわかるけど、今は大人しく部屋で待ってて?」

「あい……」


 わたしは周囲に漏れ出た魔力をお母様に教わった通りに体内に戻す。もう以前のように暴発などはしない。

 ナタリーはわたしの手を引いて部屋を出ていった。


「それで庭のアレはなんなのだ? 金になるのか?」

「……いえ、恐らくガラスかと思います」

「ふん、くだらん。『古代種殺し』のお前ですら魔力が多いだけの子供しか産めんのか。もう用はない。帰るぞ」






 部屋に戻るなりわたしはベッドに飛び込み、枕を投げた。


「なんなの! アイツきらい!」


 人を呼び出しておいてその態度! 普通なら「フェノン、いままで会えなくて済まなかったな」とか言って抱き締めるのが普通だろ!? いや、抱き締められてもそれはそれでキツイけどさ!?


「フェノン様落ち着いてください」


 ナタリーはテディベアを渡してきた。

 その程度でこのわたしの怒りが鎮まるわけな━━━━


「もふもふ……」


 ━━━━鎮まった。

 テディベア渡されただけで怒りが鎮まるとは我ながら幼女になってきてると思う。


「フェノン様、おやつにしましょうか」

「うん」


 ナタリーがおやつに紅茶やスコーン、ケーキにクッキーを持ってきたので、豪華にアフターヌーンティーを楽しもうと思う。


「フェノン様が食べやすいように小さめに作ったので大丈夫ですよ。はい、あーん」

「あーん」


 ナタリーはわたしにケーキを差し出したので、食べようと口を前に持っていき、食べようとした時に部屋の扉が勢いよく開いた。


「ただいまー! 私の愛しい娘! ……あら? ティータイム中だった?」

「エマ様! もうよろしいのですか?」

「なんとゴミ屑は帰ったのよ! ああ~、なんて良い気持ちなのかしら! ナタリー! 私も食べるから用意して!」


 確かにアレはゴミ屑だけど、それでも一応アンタら夫婦なんだからそんな直球に言うなよ。『ハエがたかるような存在』みたいな感じでオブラートに包めよ。


「少々お待ちくださいね」


 ナタリーが部屋を出ていくとお母様がわたしを持ち上げてお母様の膝の上に座らされた。


「食べてる途中だったよね? はい、あーん」

「あーん」


 わたしはようやくケーキを口に含むことが出来て、ようやく溜まった怒りが全て鎮まった。

 その後、ナタリーとお母様の3人でアフターヌーンティーを楽しんだ。


 それから少し経って、わたしはナタリーに連れられてお母様の部屋に居た。


「フェノン、お父さんについてだけどね。ごめんね。ツラい思いさせちゃったよね?」

「うん……」


 お母様はお父様クソジジイについて話してくれた。

 お母様は凄い冒険者でSSランクっていう世界で1人しか居ないランクなんだと。そしてクソジジイは王国の王子様らしい。


 お父様ごみくずは本当にクソ野郎でいろんな女を侍らせて、優秀な子供だけを選んで、外交手段に使う計画があるらしい。お母様は王命で呼び出されて、断ることも出来ずに無理やり結婚させられてしまい、わたしを産んだらしい。

 おまけにSSランクのお母様は国の脅威になりかねないからとこんな田舎にまで放り出されたらしい。


「おかあさま……」

「フェノン?」

「国ってどうやったら消せるんですか?」


 そんなクソなやつが王子とか言ってるならその父親だって一緒だよね? 滅ぼしていいよね?


「そんな怖いこと言わなくもお母さんに任せてくれれば大丈夫よ。あの人たちは近いうちに私の用意した舞台で勝手に内側から滅んでくれるからね」


 少しずつお母様の声が低く、冷徹なものに変わっていった。

 わたしよりも遥かにお母様の方が怖いことを言ってるような気がするのですが……


「それよりフェノン、もうすぐ星刻印の精錬で外に行くけど、絶対に魔力を外に出さないでね」

「どうしてですか?」

「フェノンの魔力は他の子たちと比べてもかなり多い。いまはまだ精錬をしてないから一般人の半分ぐらいだけど、精錬後はたぶん私の半分ぐらいになる。

 だから他の子たちはフェノンの魔力に耐えられないかもしれない。フェノンだって他の子たちが傷つくのは嫌でしょ? だから魔力は外に出さない。わかった?」


 つまり多量過ぎる魔力は魔力の少ない人には毒ってことでいいのかな? ……お母様チート過ぎません?

 普通は転生者であるわたしの方がチートである筈なのにどうして……?


「うん、わかりました。おかあさま」


 するとそのタイミングで扉がノックされて、ナタリーとは別のメイドさんが入ってきた。


「お食事の準備ができました」

「すぐ行くから先に行ってて。フェノン、行くよ」

「うん」


 お母様とナタリーに手を繋がれて食堂へと向かい夕食を食べて、ナタリーと部屋に戻った。


「この屋敷って他にメイドさん居たんだね」

「私だけではこの屋敷の清掃などは一切出来ませんからね。先ほどのはディアナです。使用人の中では最も若いですね。ですが、仕事はもちろん、笑顔も完璧……です……よ……」


 ディアナね……うん、わかったから露骨に目を逸らしながら話さないで。


「ちなみに欠点は?」

「やや怒りやすいのと毒舌のところですね」


 え? それってもしかしてメイドに罵ってもらえるんですか? それはもうありがとうございます! ━━━━とはならない!! わたしはどちらかというと甘やかしてくれる方がいい! 何故なら罵られるとメンタルが持たないからだ!


「ナタリーはおかあさまといつ知り合ったの?」

「私ですか? 私がエマ様と会ったのは村でしたね。当時まだ7歳だった私は果実を取りに森に行ってたんです。それで日が暮れるちょっと前に帰ると村が魔物に襲われてまして……そんな時、エマ様が私を守ってくれたのです。

 その後は村も滅んだし、嫁に行くのも嫌だったのでエマ様について行くことにして、今こうしてフェノン様のお世話をしてるのですよ」


 ナタリーは自分の村が滅んだことをあっさりと話した。

 そんなにあっさりと割り切ることが出来るのはこの世界だから? それともナタリーの頭がおかしいのかな? ……両方か。


「フェノン様、今失礼なこと考えてましたね。ダメですよ。私の頭がおかしいとか考えては。そんなこと私が一番分かってるんですから」


 わかってるんかい。もしかしてナタリーの頭がおかしいのが常識で、ナタリーが正常だと思ってるわたしが非常識だったと言いたいのか。


「フェノン様、入浴はいかがなさいますか?」

「いまいくぅ」

「かしこまりました。では行きましょう」


 わたしはナタリーに手を繋がれ、お風呂場へと向かった。

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