第六話

1

 アダム達のシステムによって吉夢を見ることを、夢買いと呼ぶそうだ。


「一概に買う、というと若干ニュアンスが違う気がしますが、便宜上我らはそのように呼んでいます。悪夢を売るという行為とは真逆のことを指すという意味で」


 雄太とは、あの日から何となく仲直り出来た。ぽつぽつと会話を始めると、亮平にもいつものやんちゃさが戻った。少しだけ辟易へきえきしたものの、心のどこかではやはりほっとしていた。


 智香は夢の館に訪れて、改めて新たな夢買いシステムについての説明を受けた。

 元々は自分が見た吉夢をもう一度再生するということなので、別に吉夢を買うわけではない。夢を見るシステムを利用するだけなので、その言い方はどうなのかと何回か別の客に指摘されたことがあるのだという。


 智香はその夢買いを知って以降、夢買いと夢売りの両方を行うようにしていた。

 精神的負担の軽減に繋がることはもちろんだが、何よりも幽霊との遭遇を避けられるのが嬉しい。あの不気味な存在への対策をとることが出来るのは、夢売りを続けていく上でかなり重要だった。


 とはいえ、夢買いは決して安い買い物じゃない。時に夢を売るよりも買う金額のほうが上回ることもあった。


(でも、大丈夫。こんなに貯金もあるし、悪夢だって売り続けていける)


 スマートフォンの画面を見る度に、にやけそうになる顔を抑えるのが大変になってきた。

 既にアダムと出会って、四ヶ月が経とうとしている。智香の財産は八桁に届かんとする勢いだった。


 幽霊への対処法を知った今、智香に怖いものはもう無くなった。

 多少の散財も、高価な買い物も、思うがままだ。


 ”悪夢”という金の卵はいくつでも自分の中に眠っている。少しくらい羽目を外すような買い物をしたって、また夢を売ればいいのだ。


(……でもまあ、少しはセーブしとかないと。雄太に気づかれたら厄介)


 雄太との喧嘩はある意味、ちょうどいい薬になった。

 あの日以来仲直りはしたものの、二人の間に何となく溝が出来たような気がしてならないのだ。

 何せ、忘れようとしてもクレジットカードの支払いがあるのだから。


 毎月二万の引き落としの他に、ボーナス払いを行っておよそ一年かかる計画だ。

 正直言えば、その程度などすぐに支払ってしまいたいというじれったい気持ちがわだかまっている。


 しかし、すぐに払えると雄太に申告すれば、じゃあその収入源は一体なんなのだ、という話に繋がってくるだろう。それについて雄太に打ち明かす気にはなれなかった。

 夢買いは形に残らない。夢を売って減ったマインドゲージを、正常な値に戻すための行為なだけだ。


 家族に対して穏やかな気持ちで接することが出来るし、幽霊は見ない。一石二鳥、という言葉がこれほど当てはまる買い物は他にないだろう。

 いつものように真面目な顔をして智香の悪夢を調べているアダムを、ぼうっと見つめた。思えば彼と出会って、智香の人生は一変した。


「須藤様、今日はいかがされますか? 午前中ですし、まずは夢売りのほうからご案内しましょうか」


 智香に向き直ったアダムは、朗らかに微笑んだ。いっそ頼もしさすら感じる彼を見ながら、静かに頷いた。


「よろしく。夢のチョイスは、アダムに任せます」


 近頃は、夢売りを午前中に、夢買いを午後に行うのがルーチンワークとなっていた。


「承知致しました。では、三つご提案させて頂きます」


 二分割された片方に、URLが表示される。上から順に、幼稚園の頃に見たもの、高校生の頃に見たもの、昨年見たものとの説明を受けた。


「これらの報酬金額ですが、高校生の頃が一番高額で、次いで昨年ご覧になった分、次に幼少の頃に見たものとなっています」

「うーん、そうねえ」


 軽く考えて、智香は一年前に見たという夢を選んだ。今現在の家族が関わる夢だということだが、もうどんな夢だったか全く覚えていなかった。


(あんまり強烈な夢を見ても、後がきついもんね)


 いくら夢買いという武器を手に入れても、マインドゲージが下がれば体への負担が増える。安過ぎず、きつすぎないものを選ぶのが一番だ。

 ヘッドホンを装着すると、手を組んでチェアに身を委ねた。


「では、いってらっしゃいませ」


いつも通りの軽快な見送り挨拶。ひらりと右手を上げてアダムに応えると、ゆっくりと目を閉じた。

 吸い込まれるような意識の暗転にも、すっかり慣れっこだ。

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