小さな花と月の涙

遊理

第1話

あるところに月が優しく照らす丘がありました。

そこでは木々も草花も虫たちも、皆等しく淡い光に包まれます。

ざわざわ、ぽんぽん、りんりん、今夜も丘はにぎやかです。

まぁるい月は皆のおしゃべりが大好きでした。


ある夜のこと、一人の青年が丘にやって来ました。

大きな木にもたれ、悲しそうに月を見上げています。

月は静かに青年を照らします。

青年は次の夜もやって来ました。

月を見上げるその顔は、やはり悲しそうでした。

その次の夜も、そのまた次の夜も。


そうして五日目の夜、囁くような祈りが月に届きました。

――お月様、どうか私を照らしてください。

青年の側には小さな花がひっそりと咲いていました。

花は青年の笑顔が見たくて精一杯咲いています。

でも青年は気付きません。

――お願いです、少しでいいんです、私を明るく照らしてください。

月は小さな花を明るく照らしました。

青年は花を見つけました。

健気に咲くとても小さな花。

青年の心は少し元気になりました。


青年は丘に来ると、小さな花に声を掛けるようになりました。

小さな花はピンと上を向き、青年の声に耳を傾けます。

柔らかな青年の声は、小さな花に喜びをくれました。

優しい青年の笑顔は、小さな花に誇りをくれました。

小さな花は月に願いました。

――永遠とわの命がほしい。

月は悲しそうに答えました。

――ことわりには逆らえないよ。

小さな花は恨めし気に月を見上げました。


次の夜、青年はやって来ませんでした。

もう小さな花の慰めはいらないのでしょうか。

月は少しほっとしました。

このまま小さな花をそっとしておいてあげたい。

きっと優しく微笑む小さな花に戻ってくれる。

月は静かに目を閉じました。


青年がやって来なくなって七日目の夜、美しい声が小さな花に降り注ぎました。

――なんて可愛いのかしら。健気に一輪で咲いているのね。

そして、小さな花が待ちわびた懐かしい声が聞こえます。

――君に見せたかった花だよ。僕に勇気をくれたんだ。


――どうか僕と結婚してください。

美しい人は嬉しそうに頷きました。

そして、小さな花に手を伸ばして言いました。

――私達に幸せを運んでくれてありがとう。


明るい笑い声と温かい灯が漏れる窓辺に、小さな花が揺れています。

逆さまに吊られて揺れています。

いつまで聞き続けなくてはいけないのでしょう、幸せな声を。

いつまで浴び続けなくてはいけないのでしょう、幸せな灯を。

月は雫を一つ落とし、静かに目を閉じました。














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小さな花と月の涙 遊理 @youriz

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