ある夜の昔話
カズ君と飲んでるんだけど、ちょっとカズ君の様子が変。変と言うより何かを言いたそうで、何度か口に出しかけては話題を逸らしてるの。こういう時のカズ君は本当に大事な話の時もあるけど、人を引っ掛ける時もあるから要注意。でも、ためらい方がちょっと気になるの。もしかして、大事な話の方? 大事な話だったら、もしかして、もしかして、今夜は特別な夜になるのかしら。
「・・・シオにウソついとった事があるねん。棺桶まで持っていく気やったけど、もう白状してしまいたいから聞いてくれる」
「カズ君がウソって珍しいね」
なんだろう。
「シオのことずっと好きやったんや」
えっ、いきなりそこから、やっぱり特別な夜なの。
「いつから?」
「いつからか、わからんぐらい前から」
「まさか小学校から?」
「そうなんや」
知らなかった。でも初恋話が出るのなら今夜は期待しても、
「まあ最初は幼な恋みたいなもんやけど、正真正銘のボクの初恋がシオやねん」
「それは光栄ね」
「でもな、シオは綺麗になりすぎて近づけんようになってもてん」
「そんなぁ」
「だから初恋の人から女神様に棚上げして、関係ない人と思おうとしてたんや」
「そうだったんだ」
「でもいくら頑張っても出来へんかってん。だから転がり込んできた時には絶対モノにする気やってん」
これは特別の夜と感じが違うような。でもこれはこれで面白そう。
「じゃあ、すぐに抱けば良かったのに」
「その気マンマンやってんけど、シオを襲ったら、シオに逃げられるのが怖かってん。逃げられんように抱くには、シオに『好き』って言わせなアカンと思てもてん。後はシオにどうやって言わせるかだけ毎日考えとってん」
うふふふ、無理しちゃって。
「ただそうしてたら、シオは男嫌いというか男性不信になってるのに気づいてしもたんよ。あんときゃ、天を見上げたわ。そこからせんとアカンのかと。でも結果的には襲わんかったから、あの同居時代が始まったと思てる」
「だから抱かなかったの?」
「そうやねん、ホンマに辛かった。毎日生殺しみたいなもんやった。そりゃ、口説くことさえ出来へんかったからな。それやったら、シオは確実に逃げてた。シオに逃げられるのと一緒に暮らす楽しさを天秤にかけて、一緒に暮らせる方を取ったんや」
それは、そうだったかもしれない。抱かれる覚悟だけはあったけど、本当にそうなってたら逃げ出していたかも。口説かれたって嫌悪感しかなかったから、やっぱり逃げ出してかも。それぐらいあの頃は男にはコリゴリ状態だったから。
「でもさぁ、私が専業主婦になって奥さんになるって言った時にNOって言ったやん」
「あれか。あれはな、聞いたとたんに押し倒そうと思てん」
「押し倒してくれたら、そのまま抱かれてたよ」
「シオは忘れてもたみたいやな。あの時は生理やったんや」
そうだった、そうだった、思いだした。
「それだけやないねん。ここまで待ったんやから全部やりたかってん」
「全部って?」
「キチンと交際申し込んで、デートを重ねて、キスして、結ばれるって過程をフルコースでシオとするのが長年の夢やってん。笑うなら、笑ったらエエよ。ついでにいうなら、そこからプロポーズして結婚まで全部だよ。そんなステップをシオと一緒に踏んでいくのが夢やってん」
「えっ、そこまであの時に全部考えてたの」
「だからあん時にはシオが生理で助かったと思たぐらいやった。押し倒して抱いてスタートしてしもたら、始まりが生々しすぎて思い出にするには良くないやん。まあ、シオが奥さんになりたいまで言ってしまってるから、全部ステップ踏めないけどな。結婚まで進むにしても、そこまでの楽しい思い出が一つでも多い方がエエやんか。笑ってもエエよ、抱くにしても、もうちょっと感動的なシチュエーションで初めて抱きたかったんよ。気分は初夜みたいな感じかな」
そんなこと考えてたんだ。でも笑ったりしないよ。でもさぁ、そういうのが好きなのは男より女のはずだけど、まだまだ当時の私は荒んでたんだねぇ。生理が終わったら即抱かれるぐらいしか頭になかったわ。
「じゃあ、そうすりゃ良かったのに、なんであんだけ怒って、写真で自立するように言ったのよ」
「あれか、今でも悔しいわ。あれはな、ついシオの心を試してしもたんや。シオが奥さんになりたいって言った口調は軽かったやん」
あの頃は仕事をする気力もなくなっていて、カズ君との同居生活に安定というか安穏としてた時期だった。なんかその状態が続いて欲しくて、そうなるためには奥さんになって専業主婦になるのも悪くないって、ふらふらって思って口に出した感じだったのよね。たしかにプロポーズって感じの重々しさはなかったわ。
「だから念押ししたかってん。だから期待した答えは逆やってん。もう写真なんてどうでもエエって返事になると思って疑ってもなかったんや。アホなことしたもんや」
人の心ってわかんないもんねぇ。二人でまったく別の事を考えていたなんて。私は落ち込んでいるのを叱咤激励してくれたと思って奮起するキッカケになったけど、カズ君の方はそうじゃなかったんだ。ちょっとビックリした。ホント人生って、ちょっとしたことでこんなに変わるんだ。でも結果的に私にとって良かったかも。
「それからのシオは奥さんになる話なんかすっかり忘れてしもて、写真に熱中してもたやん」
「そう・・・そうだったわね」
「ボクもあんなこと言ってもたから、シオが写真に熱中するのを喜ぶフリせにゃあかんやん。ほとんど手の中に入っていたシオがスルリと逃げてもたんや。それまで以上に悶々とした夜を過ごしたわ。なんであの時に素直に抱く段取りに持ち込まへんかったんかって」
そうだったんだ。私は喜んでもらってると思ってた。
「でも口説くチャンスも、抱くチャンスも毎日あったやん」
「そやねんけど、ボクは余計なテクニックを見つけてもたんや」
「あのテクニック」
「そうなんや、シオはあのテクニックをものにしようと、朝から晩までその話しかせえへんかったやんか」
グサァ、たしかにそうだった。カメラマンの直感であのテクニックを身に付ければ食っていけると思ったんだ。だから朝から晩まで、なんとかモノにしようと懸命だった。
「二か月ぐらいしてチャンスと思たんや。なかなかシオがテクニックをモノに出来ずに、あきらめかけてたから、やっと奥さんになる話に戻ってくれるんやないかと」
「でも、あの時に撮ってみせてくれたやん」
「そうなんや。あれも悔やんでるわ。シオがあんなに苦労してるから、どんだけ難しいんかと思って試してみたら、ちょっとしたコツぐらいのもんやんか」
グサァ、グサァ。あれのどこがちょっとしたコツなのよ。
「こんなもんやったら、すぐに覚えられるはずやと思ったんや。シオはプロやからな。これさえ覚えてもらったら、奥さんの話が戻ってくるはずやと」
理論だけで無理と思ってたのものが、実際に撮れるとわかって、消えかけていた闘志が再び燃え上がったのを覚えてる。でも、撮れなかったんだ。だから唯一テクニックが使えるカズ君からコツをなんとか聞きだそうと、時間さえあれば質問責めにして、ひたすら撮ることだけに集中してた。他の事は何一つ頭になかったぐらい熱中してた。
「ところがやな。いつまで経ってもシオはテクニックをモノに出来へんのや」
グサァ、グサァ、グサァ。あのときはホントに悔しかった。
「ええい、もう襲たれとシオのところまで行ったら、寝言まで写真の事やったからな。写真にシオ盗られた思ってショボンとしてしもた」
「抱いたら良かったのに」
「だ、か、ら、シオは初恋の大切な人だって。その大切な人の邪魔をどうしても出来へんかったんよ。だから待とうと思たんや、あのテクニックを覚えるまで。そうしたら奥さんになってくれる話が、無理なく蒸し返されるって期待してたんよ」
ゴメン、たぶんその頃にはすっかり忘れてた気がする。
「ボクの心づもりでは待つと言っても、三日もあれば余裕やと思ってたんや。ところが一週間たっても、一か月たってもアカンかって、延々半年ぐらいかかってもたやん。ホンマあの頃は、あんな簡単なもんプロやのになんですぐに覚えられへんのかって、不思議で不思議でしょうがなかったわ」
グサァ、グサァ、グサァ、グサァ。そう言われるとプロとして面目ないけど、あのテクニックの難度は超弩級どころじゃないのよ。むしろカズ君がヒョイヒョイと出来てしまった事の方が驚異なのよ。なんでスマホで撮れるのよ、なんでスマホで自撮棒でも撮れるのよ。これがどんだけ信じられない神業か。これはいくら言っても理解してくれなかったけど。
「延々と待たされるのはホンマに辛かった。好きで、好きでたまらない初恋の人が、奥さんになりたいとまで言ってくれて、寝息さえ聞こえるところに毎晩寝てるんやで。ありゃ、拷問みたいなもんやった」
ゴメン、あの時は色恋やなくて写真だったの。テクニックをモノにすることだったの。
「そのうえやで、同居してるもんやから、シオの下着は嫌でも目に入るやんか」
雨が続いたら部屋の中に乾してたもんねぇ。
「シオも最初こそ緊張しとったけど、慣れてきたらえらい格好になるんや。パジャマでも興奮ものやのに、下着だけとか、バスタオル一枚とか。そんな格好でウロウロされたらたまらんかった。あれでよく鼻血が出えへんか不思議なぐらいやってん。それが写真に熱中しはじめたら、さらにエスカレートしたやんか」
ああ、そうだった。あんまりカズ君が襲ってこないから、普通に家にいる感覚に殆どなってたんだ。これがテクニックを覚えるのに熱中していた時は、ヒントが頭に浮かんだと思ったら、下着のままだろうが、バスタオル一枚であろうが、納得するまで試していたもんね。それぐらい必死だったんだ。一応『見たらアカン』とは言ったけど、そりゃ、どうしたって目に入るよね。
「下着も相当やったけど、バスタオル一枚の時は強烈やった。動き回ってるうちに落ちた事あったやんか」
「見たんだ」
「見たわいな。見たかったんや、シオの裸をどうしても見たかってん」
「感想は?」
「見なかったら良かった」
「そんなに魅力なかったの」
「逆や。血が昇りすぎて、えらいことになってもたし、ずっと頭の中から消えんようになってもて大変やった」
あれだけ私の体に興味がなさそうな態度だったのに、本心はこうだったんだ。人って本当に外から見ただけではわからないものね。
「見たの一回だけ?」
「言わすな、何回も見たわ。見たら大変なことになるのは頭でわかってても、あんなもん我慢なんかできるか。それとな、盗み見したんは良くなかったもしれんが、素っ裸でカメラもって部屋に入ってきたこともあったやないか。どんな顔したらエエかわからんかったわ」
お風呂に入ってる時にあれこれ思いつくことが多くて、思い立ったらすぐ試してたの。そう出来るようにカメラにビニール巻いてたぐらいだった。濡れたまま浴室から出てきて撮るんだけど、欲しい光のためなら、そのまま歩き回ってた。
試してダメだったら、また風呂に戻るんだけど、熱中しすぎてなんにも気にしてなかったのよねぇ。お風呂あがったら、カズ君がなんで床を拭いてたのかわかんないぐらい。バスタオルぐらい巻いてたと思ってたけど、してなかった時もあったみたい。そりゃ、素っ裸の女がカメラ構えて部屋に入ってきたらビックリするよね。
「でもさぁ、でもさぁ、抱いたってテクニックを覚えるのにそんなに支障ないやん」
「そうかもしれんけど、せっかく憧れの初恋の人を初めて抱くんやで。抱かれながら写真の事を考えられたら悲しすぎるやんか。下手すりゃ、抱いてる途中にヒントが浮かんだら中断させられそうやったもん」
う~ん、たしかに。言いたいことはなんとなくわかるわ。あの頃は御飯食べてても、洗濯してても、掃除してても、なにしてても、ヒントが思い浮かんだら、すべてほっぽり出してカメラだったわ。そういえば、買い物途中から突然とんで帰ったこともあったからね。近所のお好み焼き屋さんで、お昼を食べてる最中に突然走って帰った時は、さすがのカズ君もあきれてた。
「それでな、やっとテクニックものにできたやん。この時をひたすら待っとってん。でも、シオは奥さんになる話はすっかり忘れてたんや」
あんだけ苦労したテクニックがモノになった時には完全に忘れ果ててた。ゴメン。
「だからプレゼントをもらった時にはためらわずに抱いたよ。あれ以上の我慢なんてもう無理やった」
私も抱いてもらえて嬉しかったけど、その裏側でここまで我慢してたんだ。だから、あんだけ素直にプレゼントを受け取ったんだわ。あの時の私はちょっと意外な感じがしたけど、こんだけ待たされたら、誰だって受け取るわよねぇ。
「でもなぁ、抱けたんはホンマに嬉しかったけど。やっぱり後悔したんや」
「なにを?」
「だから、愛しい、愛しい、大切な初恋の人をいきなり抱いてしまったこと」
「抱いたら、なにが拙かったの」
「だって大事な大事な初恋の愛しいシオのために、ずっとやりたかった恋人からのステップをみんな出来てないやん」
そういうことか。まあ、見ようによっては直前まで友達だったのが、いきなりベッドインだもんね。そんなに恋人のステップを私とやりたかったんだ。だったら、あの時のプレゼントを体じゃなくて交際を申し込むぐらいにしておけば、カズ君の夢をかなえてあげられたかもしれないわ。でもさぁ、普通は交際より体の方が喜ばないかなぁ。この辺はケース・バイ・ケースもあるかもね。
うん!、うん!!、うん!!! ちょっと待って、ちょっと待って、これは、まさか、いやそうよ。この話の流れだったら、次に出てくるのはあの話とか・・・やだやだ、でもここまで来たら他に行くとこないやん。それだけは、それだけは、お願いだから、その話だけは・・・
「だから、抱いたんが先になってもたけど、なんとか修正しようと思たんや」
やっぱりあの話だよ。本当にお願い、その話だけは、お願いだから堪忍して、言わないで。どこかに逃げ場をさがさないと、逃げ道はどこかにないの、キャア、なんにも思いつかないよ。でもこのままじゃ、言われちゃう、どうしたら良いの、なんとかならないの、ああもうダメだ・・・
「ところがやな、シオはそっちよりヒマさえあればだったやんか。それはそれで嬉しかったけど、あれじゃ、ちょっとムードが・・・デートどころか買い物に行く時間さえ惜しがったし、やっと増えかけていた仕事も生理の日以外は可能な限りキャンセルしてたやんか」
集中砲火でドカドカッとグサァ。もう耳まで真っ赤になりそう。結ばれてから同居から同棲に変わったんだけど、夢中で求めちゃったのよ。それこそ狂ったように求め続けたの。朝起きてから、夜寝るまで、いや寝ても眠りにつくまで求めたの。それをほとんど毎日。今から思えば、カズ君大変だったと思うけど、そんなことを気にする余裕さえなかったの。
だって仕方ないじゃない。あんなもの経験させられたら、どんな女だって狂うわよ。恥しいけど私だってあんなに素晴らしいなら、なんでもっと早く抱かれなかったかって後悔してたんだから。そのうえやん、一緒に暮らせるタイムリミットが迫ってたやん。あの時ほど時間が惜しいと思ったことはなかったのよ。
それにしても、この話はこれぐらいでお願いだから堪忍して。カズ君優しいから許してくれるよね、私のことイジメたりしないよね。小学校からの幼馴染だよね。大事な初恋の人って言うてくれたよね。『愛しいシオ』ってあれだけ言うてくれたよね。ここまでだったら、ちょっと恥しいけど若かったんだから、ああいう状況になれば誰だって多かれ少なかれなってしまう程度の話と思うから。お願いだから追い討ちはやめて、トドメを刺すのは許して、カズ君お願い、まさかしないよね、お願いだから、どうかお願い、
「まだ若かったし、男だし、愛しい初恋のシオだから、抱くこと自体は、何回抱いても夢のようだった・・・」
頼むからここで終って、この次は許して。お願い、もうなんでもするから。この次だけは、この次だけは私のために許して、言ったらダメ、ダメだって、
「ここは悪いけど本当のこと言うな。ウソつくのは良くないからな。今日は白状するって決めてるから」
わぁ~ん、死刑宣告みたいなもんじゃない。こういう場合はウソついてもかまわないから、ウソついて、見栄張って、格好つけて、ホントにお願い、一生のお願い、言われなくても反省してます。だから言葉にしないで、それだけは言わないで、これからはなんでも言うこと聞くから、お淑やかな女になるって約束するから、言わないで、お願い、絶対ダメ、
「さすがに、いかに愛しのシオでも限界がある事を思い知らされたわ。あのまま続けられたら本気でアカンと思た。シオと別れるのはホント辛くて、悲しかったけど、これで生き延びれたのは本音やった。シオを抱くのにあんだけ待たされたけど、これがもし後一か月でも早かったら、どうなっていたことかと」
グリグリ、グリグリとトドメのグサァ。もう完全に顔は真っ赤っ赤。あれはさすがに暴走しすぎだったと深く反省してる。そりゃ、あんなもの続けたら寿命縮めると言われてもしかたがないもの。思いだすのも恥しい。そういえば、カズ君が私の生理中は妙にホッとした表情してたの思い出した。どうしてかは、あの時はわかんなかったけど、やっと訪れた休養日だったんだ。私の方はというと・・・ううぅ、生理中の我慢が辛くて辛くて、終わった途端に怒涛の・・・
「あの時はホントにゴメンナサイ」
「気にせんといて。ちょっと言い過ぎたかもしれへんけど、シオに隠し事は良くないし、お互い若かったからな」
気にするし、言い過ぎやし、隠してといて欲しかった。それに、ここまで言ったらフォローになってないって。
「とりあえずあんな状態やったやんか」
『あんな状態』を説明するのに、あそこまで言わんでもイイやんか。
「これじゃ、これじゃと思ってるうちに引っ越しになってもたんや。あれは今から思い返しても痛恨の大失敗やった」
あれ? さっき生き延びてホッとしたって言ってたやん。
「なにか失敗したの」
「結局、抱いただけで奥さんになる話は二度と出て来んかったやんか」
そういうことか、やっと言いたいことがわかった。ちゃんとしたプロポーズをロマンチックな雰囲気の中でやりたかったんだ。だから、あれだけデートに行きたがってんだ。本当にゴメン。私は既にそんなところを遥かに越えて、ルンルンの新婚気分で奥さんのつもりマンマンだったの。でもカズ君は、いきなり恋人になった私を抱いちゃったから、次のステップはキチンとやりたくて仕方なかったんだね。それを初恋の私とやるのが長年の夢だったから。
同棲期間のタイムリミットがあったから、私はその間に一回でも多く抱いてもらう方に熱中しちゃったから『あんな状態』になっちゃったけど、カズ君はその間になんとか恋人から婚約状態にしたかったんだ。正式でなくても、気持ちの上での格上げみたいな感じかな。それで、たぶんだけど、プロポーズ出来なかったのが重くなりすぎて、私がプロポーズを受ける気がないって方に受け取ってしまったんじゃないかな。
「だからシオの引っ越しトラック見送る時に、どんだけ泣いたか。あれだけ抱いたのに、ついに言わせてもらえなかったと」
「そんなことないって、抱いてもらったからカズ君の物になってるやん。だから、もうそれは言わなくてもわかってるかなぁって思って」
「でも引っ越しして三か月もせえへんうちに、新しい彼氏が出来たっていうたやんか」
あちゃ、これもグサァ。だからあれは・・・そこは置いとくとして、やっぱりそうだったんだ。でもさぁ、あんだけやってたんだから、言い方悪いけど、私は完全にカズ君の女になってるって思ってたのよ。普通はそうでしょ。それこそ五回や十回どころの話じゃないんだし、求めたのはひたすら私なんだよ。あれでまだ疑われてるなんて夢にも思ってなかったの。
あの二年間は心を通じ合っていたと思ってたのよ。でも、実はこんだけすれ違ってたんだ。そのほとんどがカメラマンとしての私には都合の良いように転んで、抱きたいカズ君には裏目に転んだぐらいってところかな。でも私も全部良かったかというと、抱かれて二人の関係は完璧だと思ってたのに、体だけで心は微妙にすれ違っていたんだ。
一番のすれ違いは、私が奥さんになりたいって言った事の受け取りよう。私はあの日限りで、ゴメン、済んでしまったことにしてたけど、カズ君はずっと待ってくれてたんだ。そこをちゃんとしたくてしょうがなかったんだね。ああ、聞きたい、今でもそうかって。ひょっとして、カズ君がこんな話をするってことは特別の夜かも、
「・・・・・・」
うわ~ん。やっぱり言葉にならないよ。まだ聞きたくないんだ。じゃ、これなら聞けるかな。
「なんで、こんな話を」
「シェリー・バーで飲んだ夜、覚えてる」
「うん、覚えてる」
「あんときに、チョットどころか、いっぱい飾って言うてもてん。あれが心に重くて、重くて」
「でも結果的にはそんなに間違いとも、言えないんじゃないかなぁ」
「いや、だいぶどころか、かなりウソで塗り固めとった。それが心苦しかってん」
今夜はとにかくグサァと来る話だったけど、それでも『愛しい初恋のシオ』って何度も言ってくれてホント嬉しかった。そんなに思ってくれてたんだ。あの時にも言いたかったんだろうなぁ。そういう甘い言葉を積み重ねて、ロマンチックについに結ばれるのがカズ君の夢みたいだったもの。私だってそうしてもらった方が嬉しいに決まってるよ。そりゃ、女だからね。
でも、そんな時間にあの時は出来なかったのが悔しいな。どう思い返しても、いきなり結ばれた後は、ひたすらアレじゃロマンチックじゃなくて生々しすぎるものね。でもさぁ、でもさぁ、こんな話を聞かされちゃったら、お持ち帰りして欲しいなぁ。ほとんど口説かれてるのと一緒やないの。
「・・・・・・」
ダメか。ここから先には話を進ませてくれないのよね。今夜もしょうがないか。でもね、男は初恋の人をいつまでも忘れないっていうじゃない。カズ君も同じみたいだけど、その初恋の相手が私なのは今はひたすら嬉しい。たとえこれから結ばれなくても、ずっと大切に想ってくれることだけはわかったから。それにしても、あの時の『奥さんにして』が、今言えたらなぁ。
「・・・・・・」
やっぱりダメか。いつになったら言えるんだろう。でもそんなに遠い日でない感じだけはするの。今日の話はトドメを刺されるぐらい恥しかったけど、ここまで踏み込んだ話は今までなかったから。
この言える日は間違いなく特別の夜になる。私にとっても、コトリちゃんにとっても勝負の夜に。どちらにその特別の夜が先に訪れるかは、運命の大きな分かれ目になりそう。どっちに訪れるんだろう。私であって欲しい。その時には奥さんにして欲しいを言いたいなぁ。あの時の続きをちゃんとやるためにも、カズ君の長年の夢をかなえるためにも。
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