男は悩む
あの夜のコトリちゃんは緊張してたな。まあ二年ぶりやから無理もないか。でもちょうど良かった、あそこで婚約の話を蒸し返されたら、どう対応したら良いかわからんかったからな。なんとか伝えたいことだけは話せたからヨシとしとこう。
あの後も会ったけど、婚約復活というか、あのプロポーズの話はなぜか触れてくれへんから助かってる。シオもそうやもんな。だから会えるってのは確かやけど。
それでも気持ちだけはわかってもた。このなんとなくわかってしまう感覚も便利なようで案外辛いわ。昔のように鈍感な恋愛音痴ならかえって気楽やったかもしれへんわ。
でも参ったなぁ、まだ無理なんや。永遠に無理でないのはたぶんそうやけど、まだだいぶ時間がかかるんや。シオにしてもコトリちゃんにしてもいくら想われても対応できへん。事故のダメージはユッキーのお蔭で回復したけど、そのユッキーを失った心の傷はまだまだ大きいんや。
シオやコトリちゃんに会うのはホントは良くないと思てんねん。だってボクにはユッキーがいるやん。ユッキーだけを想って一生過ごすのが一番エエはずなんや。ユッキーこそボクに与えられた女やってん、ユッキーも自分に与えられた男と思とったはずや。完全無欠の組み合わせやんか。ちょっと組み合わされるのが遅かったけど、それはそれやんか。
でもな、そのユッキーが夢の中でも、心の中でも『会え、会え』としか言ってるようにしかなぜか感じへんねん。これはボクの勝手な思い込みなんかなぁ。だんだんやけど、自分の考えとユッキーの考えの区別がつかんようになってる気がするんねんよ。
それと正直なとこ白状すると、シオやコトリちゃんと会うと楽しいねん。そら、あの二人に会って嬉しくない、楽しくない男なんておらへんやろ。もちろん例外は除くけど。女神と天使のアダ名はダテやないのよホンマ。
一時よりマシになったけど、ユッキーのことを思うと、どうしようもない悲しさとか寂しさで落ち込んで、気が狂いそうになる時があるねん。そんな時に二人に会うと、ホントに癒されるんや。そんな時の相手は嫌やと思うねんけど、二人は気にもせずに付き合ってくれて、話し相手になってくれるんや。ユッキーが亡くなってから、二人に何度助けてもらったことか。
それでいて友達の一線は絶対崩さへんのよ。もし崩してくれたら話は簡単で、まだ無理やから最悪それでサヨナラでもかまへんねん。シオやコトリちゃんと会えなくなるのは寂しいけど、こんな状態でそんな事を考えられへんし、やろうものならグシャグシャになるのは目に見えてるんや。まだまだ心は不安定すぎるんや。
でもなんか笑うよなぁ。菩薩様と女神様と天使様って宗教戦争かいな。菩薩は仏教で、天使はキリスト教でエエと思うけど、女神はどこやろ。やっぱりギリシャ神話やな。シオに仏教系とかヒンズー教系の女神は合わんもんな。
宗派はともかく、そんな中から菩薩だけでなくて、もう一人選ぶなんて罰当たりもエエとこやん。それこそ寿命縮めてまいそうやんか。そう祟りが起こりそうな。この場合は祟りやなくて神罰とか、天罰ってなところかな。ユッキーからの仏罰はとりあえずなさそうな気配やけど。ユッキーだけは間違ってもそんなことはせえへん。でもユッキー様ならするかも、氷姫なら極寒地獄で氷漬けの刑とか。寒いのは苦手やなぁ。
にしてもボクのどこがそんなにエエのか、自分でも全然わからへん。そりゃ、医者だからぐらいは価値があるかもしれんけど、他は風采の上がらない男やで。自分で自分を貶すのは嫌やけど、女神と天使に競われる価値があるかといわれたろゼロやん。
それでもシオはまだエエわいな。あん時の二年間を恩に感じてるって理由があるからな。それを恋愛感情に転換するのは方向違いやと思うけど、そうなってしまってるのはとりあえずしょうがないやろ。
コトリちゃんはようわからへん。たしかにプロポーズしたんは間違いないけど、もう会わなくなって二年やったんやで。その間に籍こそ入れてへんものの、心の中で事実上の結婚をユッキーとしてるんや。普通ならそれで終わりやんか。ボクにこだわる理由が皆目見当つかへん。
なんか女神も天使も選ばない方が身のための気がしてきた。下手に選んだだけでも、どっちかから天罰なり、神罰くらいそうやもん。死んでも困るけど、前の事故入院クラスをくらったら今度はユッキーもおらへんから、それこそ生き残っても一生寝たきりでウンコとションベン垂れ流しになりそうやんか。
じゃあ、どっちも選ばんかったらどうなるかやけど、あれだけ盛り上がってるというか、燃え上がっている二人を無難に鎮火させる方法なんて思いもつかへん。それこそ二人から天罰と神罰のダブルパンチくらいそうやん。こっちやったら間違いなく即死やな。
こういう困った時にはユッキー様が颯爽と登場して助けてくれたんやなぁ。まあ色恋事はあかんかったと思うけど。ホンマにユッキーだけで十分すぎたのに、なんであんなに早く死ななあかんのや。生き返ってこいユッキー、もっと二人で楽しく暮らしたかったよ。
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