期間限定の彼女

東雲まいか

第1話 期間限定の彼女……のつもりだったのだが

 ここは某高校の校舎の三階にある談話室。高校二年生の男子生徒三人が集まってある企みをしている。


「あーあ、毎日張り合いがないなあ。家に帰ってもいつも一人だし、あっと驚くようなことはないのか?」


 リーダー格の空が大きなあくびをして和人の方を向いた。すらりと背が高く、整った顔立ちをした空は、何をしても様になる。


「帰りにサッカーでもするか?」


 和人が、空の顔を覗き込んでいたずらっぽく様子をうかがう。少し強引なところもあるが、気前がよく気さくな性格の空といると楽しい。


「またサッカーか。もっとドキドキして、夢中になれるようなことはないのか? かといって危険を伴うようなことはだめだ」


 純也が、目を輝かせて提案する。空の退屈しのぎのおしゃべりや電話に、いつも気軽に付き合っている片腕だ。空も、純也のことを兄弟のように慕っている。


「こんなのはどうだ。クリスマスまでに、一番男子に興味なさそうな女子を口説いてプレゼントをゲットする。どう、面白そうだろ?」


 それを聞いた和人も、空にけしかける。


「クリスマスまでの期間限定の彼女ってことか。イケメンの空ならそんなこと簡単にできるよな。羨ましい」

「遊びで付き合うなんて、危険な感じがするなあ。でも二人とも本気にならなきゃいんだよな」


 空は、調子のよいことを考え出した。男子三人の企ては佳境を迎えていた。


 その時、オープンスペースの隣にある図書室へ向かって、一人の女子生徒が歩き去って行った。長めのスカートに黒いタイツ、髪はポニーテールに結い黒縁の眼鏡をかけている。身長は女子生徒の平均一メートル五十七センチぐらいだ。イケメンの空が視界に入っても、無視して直進していく。その名は、藤崎ユリカ。同じ学年だが、クラスは違う。三人が図書室の中を覗くと、カウンターに座り貸出業務をこなしている。

 空は、ユリカの横顔を見つめ、腕組みをし数分間考えた末に答えた。


「よし、決めた。ターゲットはあいつだ。ヘアスタイルも眼鏡も最高だ。お前らも協力しろよ」

「あの子にするのか。つんと澄ましてて、話しにくそうだ。カウンターから事務的に対応されるんじゃないのか?」


 和人は、空にあこがれている女子が何人もいることを知っていたので、ためらいを示した。


「なんだか不思議そうな子じゃないか。まずは、話のきっかけを作ることからだ」

 空は、ユリカが本の背表紙を見ながら口角を上げ微笑む表情を見逃さなかった。


 思い立ったらすぐ行動するところが空の性分だ。図書室のドアを開けまっすぐカウンターの前を通り過ぎる。そして一番奥まった場所に行くと、可動式の踏み台を持っていき、高いところにある本を何冊か掴みそのまま下へ…… 落した。その拍子で、自分も台から転げ落ちた…… ふりをする。


「あっ、しまった。痛い!」


 オーバーに声を張り上げて、カウンターの方を見る。ユリカは黒縁の眼鏡を片手で上げて、何事かと近寄ってきた。


「大丈夫? 派手に転んだみたいだけど」


 ユリカは膝を折って、空の顔や横になって投げ出されている手足を眺める。その視線に気づいた空は、すかさずユリカの手につかまって立ち上がろうとした。驚いて、手を引っ込めようとしたが、空の力の方が強かった。ユリカは、仕方なく腕を引っ張り体を持ち上げる格好となった。空はユリカにしがみついて立ち上がりお礼を言った。


「ありがとう。本落としちゃってごめん。どの場所に入っていたかわからなくなっちゃった」

「私が番号順に並べておくからいいわよ」


 そういって、ユリカが集め始めたので、空は素早く一緒に集めた。今度はユリカが踏み台の上に登って、手を伸ばし番号を見ながら並べ始めた。すべての本を並び終えると、踏み台から降りた。


「上の段の本を取るときは慌てないでね。落とすと傷んじゃうから気を付けて」

 と、事務的な応対をして終わった。


 なんだ、俺の顔が目に入らなかったのか?あんなに接近したのにこの言葉だけか、と心の中で舌打ちする。しかし、空は転倒騒ぎの時にも一冊の本を掴むことは忘れなかった。カウンターへ急ぐと貸出手続きをしてもらい、図書館を後にした。自販機へ行き、オレンジジュースを購入すると、再び図書館に戻りユリカの目の前に差出した。


「これ…… さっきのお詫び。四時半に終わるんでしょ。終わったら飲んで」

「あら、気にしなくていいのに」

「ビタミンCを取ると疲れが取れるよ」


 空は、さわやかな笑顔が大切だ、と自分に言い聞かせ去っていく。ユリカと一緒にカウンターに座っていた司書はつぶやいた。


「大騒ぎした割に、どこも痛そうじゃないわね……」


 帰り道、空は、和人や純也の待つ近くの公園に寄った。


「俺に興味を持ったようだ。話のきっかけができたから、これからは図書室へ通うことにする。楽しみだな」

「そうそう、俺の知り合いがユリカと同じクラスにいるんだ。ユリカの好きなタイプを探ってみる」


 純也は、好奇心いっぱいに囁いた。


「よろしくな。情報があったら何でもいいから知らせろよ」


 空は、次に図書館に行ったときには連絡先を聞こうと決めた。

 家へ帰ると、空は一人で過ごす時間が長い。両親はコンビニを経営しているので、ともに帰宅が遅く深夜になることも珍しくない。仕事柄仕方ないのだろうが、一人っ子の空は話し相手もいなくて、友達に電話をしたりゲームをして寂しさを紛らすことが多い。しかしようやく軌道に乗ってきた今の仕事だ。将来は、両親の後を継いで働くことになるのだろうと、漠然と考えていた。


 スマホに純也からのメールが入った。ユリカの趣味は、読書。同じクラスに仲の良い友達が数人いて、その中の一人と純也が知り合いだ。これから買う予定のコミックのタイトルも書いてあった。親が厳しいらしく、こっそり読んでいるのだということもわかった。ひとりニヤリとして、本屋へ向かった。コミックを買い自宅へ戻ると、今後の作戦を練った。


 翌日空は、再び放課後の図書室へ向かった。鞄の中には、先日書店で購入したコミックのシリーズ五巻全てが入っていた。


「藤崎さん、これ読みたいんじゃないかと思って持ってきたんだ。ここで読んでもいいし、持って帰ってもいいよ」


 空は、そういいながらカバンの中から五冊全てを取り出した。はじめは何のことかと目を白黒させていたユリカだったが、表紙を見ると素早く手に取りうっとりと眺めた。


「これ、読みたかったの。よくわかったわね」


 ユリカは、どうしてわかったのか一瞬不思議には思ったが、読みたい気持ちには勝てず、知り合って二日目だということをすっかり忘れて満面の笑みをたたえた。


「うれしい、ありがとう。ここで少し読んでいく」

「読み終わったら、ここへ連絡して。ああ、それから藤崎さんの連絡先も念のため教えて」


 連絡先を聞き出すことにも成功した。空は、単純な奴なんだな、と意外に思った。貸してあげたコミックを熱心に読んでいる姿を見ながら、図書館を後にした。ユリカの姿が見えなくなってから、ウィンクしてみた。次はいよいよデートに持ち込もうと再び作戦を練った。

 和人、純也と待ち合わせ、彼らの意見を聞くことにした。


「次は、遊園地でデートが定番だ」


 彼女のいない和人が知ったようなことを言った。


「いや、まだ映画を見るぐらいがちょうどいいだろう」


 同じく彼女のいない純也は、慎重に言った。


「よし、一気に遊園地で急接近しよう。女の子はムードが大切なんだ」


 デートらしいデートをしたことのない空までもが、そういいながら高揚感を抑えきれない。


「なんだか楽しそうだな。本気のデートの計画立ててるみたいだ」


 和人は探るような眼で、空を凝視した。 


「まさか! 相変わらずすましてるんだ。それに俺のことに興味を示してない。好きなコミックを貸してあげたらすごい喜んでたけどな」

「そうか。空とあいつじゃ雰囲気が全く違うよ」


 純也は、空の意見に同意した。


 トントン拍子にデートの約束を取り付けた空は、広々とした遊園地の散歩コースをユリカと歩いていた。秋の乾いた空気が色づいた木々を揺らし、時折鳥のさえずりが聞こえるムード満点の歩道を歩いていると、作戦のことなど忘れてしまいそうだ。

 ユリカは普段学校でかけている黒縁の眼鏡の代わりにコンタクトレンズをつけ、肩までおろした髪は風に吹かれてふんわりと揺れていた。唇には、ほんのりと色の付いたリップクリームをつけている。服装はジーンズに白いパーカを羽織りピンク色のスニーカーを履いていた。

 空は、女の子は服装や髪形でかなり変わるもんだな、と感心した。五十メートルほど先に軽食や、飲み物などを売るスタンドを見つけたユリカは、足を止めて空に話しかけた。 


「あっ、可愛いお店がある。ちょっと寄って行かない?」

「いいね、のどが渇いたから、ちょっと座って休憩しよう。俺すごく嬉しかった。こんなにすんなりデートしてくれて」


 空は、エリカの気持ちに探りを入れてみる。


「図書室で会った時は、なんてドジな人なんだろうと思った。二枚目が喜劇を演じてるようにも見えておかしかった。今まで知らなかっただけなんだなと思った」


 実際話してみると、相手への気遣いもできる優しい人だとユリカは思い始めていた。人を外見だけで判断してはいけない、と反省した。イケメンであることには変わりはないけどと、ユリカは心から思う。


「見て、そこにリスがいる。木の実を拾ってる」

「ほんと、せわしなく手を動かしてるね。リスのような小動物の一生は本当に短くて、彼らの一日は人間の何日分にもあたるんだ」

「一日の重みが違うね」


 リスのかわいらしいしぐさを横目にして店に着いた。ユリカはソフトクリームを注文した。一口舌先で口に含むと、バニラとチョコレートの味が混じり合い優しい甘さが溶けてゆく。


「美味しい!」


 空の顔を見ながら、この人はうそを付けない人なんじゃないかと優しい気持ちになる。空は口の周りにアイスクリームをつけて、本当においしそうにパクパクと口の中に入れていく。ユリカはここへ来る前に持っていた、彼が自分をからかっているのではないかという疑いは、すっかり消えていた。


 ユリカが心を惹かれた景色や趣味や食べ物や動物など、ありとあらゆるものに反応し、楽しいと思う乗り物には心から楽しんでくれている。今度はユリカが探りを入れてみる。


「ねえ、どうしてユリカを誘ったの? 図書室で会う前から、私たち同じ学年だったからどこかで会っていたはずだけど」

「図書室でひっくり返ったときに、下から見たユリカが超現実的っていうか、ひょうきんだったからさ。不思議な魅力があった」

「不思議? 私、自分のことすごく平凡だと思ってた」

「そんなことない。前から、きっかけがあったら声をかけようかなって思ってたんだ」


 まっすぐにユリカの眼を見てそう言う空を見ると、胸のときめきを抑えられない。


「次はジェットコースターに乗らない? 食べ終わったら行こう」


 空は、叫び声が聞こえる方を指さした。


「怖いな。私小学生のころ一度乗ったんだけど、あまりの恐怖に二度と乗るまいと心に誓ったんだ」

「大丈夫だよ、一緒に乗れば平気だよ」

「うーん、どうしようかなあ……」

「そんなに心配ならやめとく?」

「そうね…… でもせっかく来たんだし、思い切って乗ってみることにする」


 甘いものを食べて少し疲れが取れ、再び速足でジェットコースターに向かった。

 それほど混んでいなかったので、すぐに順番が来た。二人は並んで乗ると、ベルトをしっかりと閉めた。ユリカは、すでに手に汗をかいていて、バーを握る手に力が入った。カチカチという歯車がかみ合う音とともに、次第に上昇していく。


 ユリカの心臓の鼓動はさらに早まり、不安に押しつぶされそうな状態だった。小さくなった売店が下に見えた。空は、ユリカとは対照的に余裕をもって下を眺めていた。もうすぐ最高点に到達するところでも、にこにこと笑顔を見せていた。動きがほとんど止まったと同時に、一気に下降を始めた。


「キャーッ、怖ーい、キャーキャー!」


 ユリカは地面に突進しているかのような恐怖を感じ、涙が出てそれが後ろに流れていく。


「おーっ、ヤッホー」


 空は、下がってはまたすぐ上昇し始めたジェットコースターに乗って歓声を上げた。隣を見ると、ユリカが恐怖に顔を引きつらせているので、手の上にそっと自分の手を乗せた。


 ユリカは、登り切ったジェットコースターが下降するたびに悲鳴を上げていた。何度か急降下を繰り返し、ようやくスタート地点に戻ってきたときには、ぐったりとしてふらふらになっていた。空は、そのままユリカの手を取って歩いた。


「怖かった…… ハア、スリル満点だった」


 空は、ユリカの意外な言葉に驚いた。ユリカのあまりにも怖そうな様子に、乗せたことを後悔し始めていたからだ。ほっとして、そのまま手をつないだまま歩き続けた。空は、最高のデートだったなと思った。ユリカもきっと満足していることだろう。ユリカの様子を見ているとそう確信が持てた。


「日が暮れる前に、写真を撮ろう」


 ユリカがリュックの中からスマートフォンを出した。


「じゃあ、ジェットコースターの前で撮る?」


 空は、からかうような口調で尋ねた。


「そうね。頑張って乗れたんだという記念に撮ろうかな…」


 ユリカは、二人の前に手を伸ばすと、何度もポーズをとってみた。それに合わせて空もポーズを取り、何度も写真を撮った。


「今日は楽しかった。また誘ってね」

「俺も楽しかった。ユリカちゃん暇なときに電話して」


 傍から見たら幸せそうなカップルが、手を振り合っているように見えた。 

 ユリカは、帰宅して、親友のありさに電話で今日のデートについて報告した。のろけが大部分だった。


「空君て、普段は気取っててあまり本心を見せない人かと思ってたんだけど、遊園地ですごいはしゃいでて、カッコつけてただけで、本当は気さくで楽しい人だったよ。だいぶ見方変わったな」


 普段のユリカからは聞かれないような言葉にありさは驚いた。


「よっぽど楽しかったのね。良かったわね」

「うん。それに空君すごくしっかりしてる。

一人っ子だし、ご両親もすごく忙しいらしいんだけどすごく気を張って頑張ってるんだなあって、感心しちゃった」


 ユリカと空のようすを、付き合い始めたころはからかわれていると思いつつも、自分がひがんでいるのかと思われるのが嫌で黙って聞いていた。しかし、それは思い過ごしだと分かった。


「高校で初めてできた彼氏だね。またのろけを聞いてあげるからね。頑張って!」


 ほっとした、とは言えずこう答えておいた。高校で初めての彼氏どころではなく人生初の彼氏なのではないか、と思いながら。


 校舎の三階、図書室前の談話室に、空、和人、純也の三人が集まって再び密談をしていた。自販機で購入したそれぞれの好みの飲み物を飲みながら、空の週末のデートの報告会が始まった。

 和人はニヤリとして、空に聞いた。


「さて、遊園地デートはどうだった? さぞかし盛り上がったんだろうなあ?」

「もちろんだ。ユリカ、普段とは違って思いっきりおしゃれしてきた。散歩コースでもたくさん話が出来たし、スイーツを食べて大はしゃぎだった。最後にジェットコースターに乗った。何と小学生以来だったらしい」


 空は、得意げだった。


「嬉しそうだなあ。ほんとの彼女のことを話してるみたいだなあ。そのはしゃぎようは」


 純也は、ゲームのつもりで始めた空の恋が本物に発展したのかなと思うぐらいのはしゃぎぶりに驚いた。ユリカは、不思議な女の子だ。空の心を開く鍵を持っているのではないだろうか、と思った。


 ちょうどその時、ユリカの親友のありさが、自販機で飲み物を買おうと四階から降りてきたところだった。階段を下り自販機へ向かおうとしたところで、三人の声が聞こえて、立ち止まった。


「そんなことはない、ユリカとは本気で付き合ってるわけじゃない。うちに帰っても退屈だから、話し相手にちょうどいいんだ」


 空が、弁明していた。格好つけながら。


「そうか。クリスマスまでで予定通り恋愛ゲームは終了ってことか」


 純也も、空が本気なのではと思っていたので、その答えの方が意外だった


「楽しかったけどな。プレゼントはもらっておこう」

「じゃあ、その後は去年みたいに俺たちとカラオケでも行くか?」


 純也が、空の肩をたたいた。

 ありさは、ユリカの名前が出たところで動くことが出来なくなった。そして自販機の横で、姿が見えないように隠れて彼らの話を聞いていた。出て言って問いただそうかと思いながらも、そうすることが出来なくなった。

 そのまま教室へ引き返して、先ほどの会話の内容を思い返していた。そんなことだったなんて、知らないでいたユリカがかわいそうだ。バッグを持ち教室を後にすると、ユリカに話そうと決心した。

 ユリカの声を聴くとまた言おうか言うまいか迷いそうだなと思いながら、それでも電話した。


「ユリカ、私…」

「あら、ありさ。どうしたの、さっき学校で別れたばかりじゃない?」

「ちょっと話したいことがあって……」

「急ぎの用?」

「うん、会って話したい。ユリカの家に寄るね」

「わかった。今兄ちゃんのマンションに来てるから、そっちに来て。前に一緒に来たことあったよね」


 マンションの部屋で、ありさはユリカの顔をじっと見つめて息をのみ話し始めた。緊張している様子がユリカに伝わる。


「どうしたの、怖い顔して」

「いい、よく聞いて。これは大事な話なの。学校の三階で、空君たちの話しを偶然聞いちゃったの。自販機の飲み物を買おうと思って階段を下りていった時のことなんだけど、三人で話してた。空君、ユリカとのことはクリスマスまでの遊びだって言ってた! 付き合ってるのも本気じゃないって……」

「何それ、どういうこと。声をかけてきたのは空君の方なのに」

「それが、三人の企みだったみたい。こんなこと言いたくなかったよ、でも黙ってたらもっとひどいことになると思ったから急いで伝えにきたんだ」

「そんな… 聞きたくないよ……」

「ごめん、余計なことだったかな?」

「ううん、言いにくいことを言ってくれてありがと。でもひどいよ。そんなの嘘だ!」


 最初は、怪訝そうな顔をしていたユリカだったが、俯いた瞳から大粒の涙がこぼれ、しだいに嗚咽に変わった。ありさは、そっと肩を抱きしめることしかできなかった。

 ユリカは空に気持ちを確かめることが出来なかった。本心が知りたかったが、それを知ることが悲惨な結末になるような気がしていたのだ。そして空に電話でこう告げた。


「空君、私見たい映画があるんだけど一緒に行かない?」

「ユリカから誘ってくれるなんて嬉しいな。もちろん行くよ。今度の休みに見に行こう」

「うん、楽しみにしてる。あ、それから前に貸してくれたコミックすごく面白かった。うちに持って帰って、ベッドの下に隠して読んでたんだ」

「へえ、気に入ってくれたんだね」

「ありがと、また明日ね」


 ユリカは泣きだしそうになる気持ちをこらえて、電話を切った。明日あったときも不安な気持ちが表に出ないように気を付けようと心に誓った。


 週末が来て、ユリカと空は映画館で待ち合わせをした。ユリカは時間より早く着き、近くのコーヒーショップから待ち合わせ場所を覗いていた。五分ぐらい前に空がやってきて、時計を見ながら待っていた。特に変わった様子はなかった。そのまま空のことを見ていると、約束の時間になりさらに五分が経っていた。電話をかけているしぐさが見えたので、今向かっているところだと返事をしてそっと店を出て向かった。


「ごめん、だいぶ待った?」

「ううん、十分ぐらい。寒いから早く入ろう。俺もすごく楽しみだった」

「あのさ、いつも三人で一緒にいるよね。あの人たちどんな友達?」

「なんでそんなこと聞くんだよ。確かによく一緒にいるけど、いい奴らだよ」

「ふうん、そうなんだ」

「そんなことどうでもいいから、早くいこうよ。始まっちゃうぞ」

「あーん、待って待って」


 空は、劇場の外の売店でポップコーンと飲み物を買い一つをユリカに渡した。映画を見ている間中、空は笑いたいときには笑い、泣きたいときには泣いていた。そして時折ユリカの方を見ていた。ユリカは楽しい場面を見ているのに、思いがけず涙がぽとりと流れた。いけない、と思い涙をぬぐおうとしたしぐさを空が見逃さなかった。


「あれ、どうしたんだよ。おかしいところなのに、なんで泣いてるの?」

「さっきの場面思い出しちゃった」

「変な奴だな」


 隣に座っていても、自分の気持ちが混乱しているのがわかる。こうしていると楽しい。でもこれは本当のことなの? と、もう一人の自分がつぶやいているのだ。


「ほら、もう終わったよ。行こう」

「ああ、ぼうっとしてた」


 帰り際に、空はユリカの眼をじっと見つめてこう言った。


「今度の休みはクリスマスだ。何かプレゼントするよ。ユリカも何か考えてくれると嬉しいな」


 今の言葉を聞いて、心臓の鼓動が早鐘のように打ち始めた。いよいよその言葉を聞くことになるとは……。


「わかった、期待しててね」

「ありがとう。また連絡するから。今日はほんとに楽しかったよ」


 楽しかった時間はあっという間に過ぎてしまう。時間は本当に残酷だ。本当にクリスマスまでで終わりになるのか、と思うと苦しい気持ちでいっぱいになる。でも、それまでの期間限定の彼女だとしたらその日に何とかしなければ……


 学校で顔を合わせても電話が来ても何とか会話はしていても、心は上の空だった。空が、和人と純也と談笑しているのを見るとさらに複雑な思いがした。


 そしてやってきた、クリスマスイブ。ユリカは空とコーヒーショップへ行き、コーヒーとケーキを注文し、空いていたカウンター席に並んで座った。ユリカはカウンター席でよかったと思った。真正面から顔を見るのは怖かった。空は、そっとカバンの中から小さな箱を取り出した。


「これプレゼント。約束通りね」


 ユリカは、勇気を出して箱を取り出した。


「私からもプレゼント。恥ずかしいから絶対家に帰ってから開けて。ここでは開けないで」

「そう、じゃ開ける楽しみを家まで取っておくことにする」

「ねえ、空君何か言うことある?」

「ああ、そうそう冬休みになったら、うちの家族スキーに行くんだ。今までほとんど休みがなかったから、その時ぐらいしか三人で遊べないから楽しみなんだ。暫く会えなくなっちゃうけど仕方ないよな」

「えっ、やっぱりそうなの?」

「やっぱりって何? 行くの知ってたの?」 

「ううん、別に。私、もうそろそろ帰らなきゃ。用があるから。今日は楽しかった」


 そして今までありがとう、と心の中でつぶやいて、コーヒーショップを後にした。

家に着いた空は、部屋に入るとそっと箱を取り出し開けてみた。


「わっ、なんだこれは。あいつ何脅かしてるんだ!」


 ばね仕掛けのびっくり箱から、ピエロが飛び出した。面白いプレゼントだなと、笑い出しながらそのピエロが持っていたメッセージを見た瞬間、空は唖然とした。


『期間限定の恋は今日で終わりだね。バイバイ』


 それを見た瞬間、空の思考は固まった。三人で話したことをユリカが知っていた! いつから知っていたのか? 最悪の結末だ。


 空は、急いでユリカに電話してみたが、呼び出し音が鳴るばかりだった。そうだ、一度聞いたことがあった住所をたどって、自宅へ行ってみようと決心した。こんなやり方で終わりにさせてたまるか、と駅まで走り、電車を降りてからも走った。


 ここなのか……


 そういえば、ユリカの家に来たことなかったんだっけ……


 空は、ゼイゼイと肩で息をした。そして勇気を振り絞って呼び鈴を押した。


「はい、ユリカはいますけどどなた様ですか」


 ドアフォンから落ち着いた女性の声が聞こえた。どうやら母親のようだ。


「大門寺です。ユリカさんに用があってきました。お願いします」

「しばらくお待ちください」


 優しげな声が聞こたが、五分待っても十分待ってもユリカは現れなかった。空は門のわきにがっくりと座り込んだ。どのくらい待ったのかわからないほど待ち続けていた。ユリカが家のドアから出てくるのが見えた。門の外で待っている自分は迷子の子犬みたいだな、と思った。


 突然、視界にユリカの姿が入った。


「空君なんかだいっ嫌い、もう今日で終わりだよ! そうなんでしょ?」


 ユリカの顔は真っ赤になり、目は腫れていた。


「誰から聞いたんだ! そんな話!」

「いつもの仲良し二人と話しているところを、親友が聞いちゃったのよ。どれだけ悲しんだかわかってるの」

「ごめん、ゲームなんて言って、ユリカを傷つけてしまった。俺、あいつらに格好つけてただけだったんだ。ゲームなんかじゃない。許されるなら、もう一度チャンスをくれ」

「そんな調子のいいこと言ってもダメ!」

「わかった、それじゃあこうしよう。こんどはユリカがゲームを初めるんだ。もう一度図書館へ行くから、俺を見つけてくれ。俺の気持ちは変わらないから。期間限定の彼氏にしてくれよ。期間が過ぎたら付き合うかどうかはユリカに決めてほしい」


 ユリカは、空からもらったハートのペンダントをしっかりと握りしめて答えた。


「もうゲームなんて終わってるのに… 空君、私、図書館へ行ったら別の人を見つけちゃうかもしれない。そんなことにならないようにこれをかばんにつけておいて!」


 ユリカは門を開けて、そっと空に星のチャームの付いたキーホルダーを差し出した。

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