かぐや姫リターンズ

東雲まいか

第1話 かぐやちゃんはどこから来てどこへ行く

―――ここは平安の都京都。


 昔々、竹取の翁という者がおりました。翁は、竹の中から小さな女の子を見つけ、家に連れて帰りました。大層可愛い女の子で、妻の媼とともに大切に育てました。

 何と三か月で大人になり、かぐや姫と名付けられました。かぐや姫は、たぐいまれなく美しく、心も清らかで、一緒にいる人はみな幸せな気持ちになるのでした。その噂を聞き付け、多くの男たちがかぐや姫の家の周りをうろついたり、求婚しようと狙っていました。中でも、五人の貴公子が熱心に通ってきました。

 かぐや姫は、手に入れることが非常に困難なものを持ってくるよう要求し、五人は、偽物を持ってきて姫を失望させました。

 帝まで、かぐや姫の美貌に心を奪われ求婚し、手紙のやり取りをするのですが、結婚することはできませんでした。

 

 いつしかかぐや姫は、月を見ては物思いに沈む様になりました。そして、竹取の翁に、月に帰ることを告白します。怒り、悲嘆にくれる翁は帝に助けを求めます。帝は、竹取の家を警護するために兵を派遣します。しかし、現れた月の使者の前では、皆なすすべがなく見送る叱りませんでした。かぐや姫は、翁に別れを告げ、月へ帰って行きます。

 かぐや姫は、その後年を取りませんでした。

 かぐや姫の国では、不死なのです。


 天に昇っていくかぐや姫。ここまでが皆さんがよく知っているかぐや姫のお話なのですが、これからがこのお話の始まりです。



―――――――――――

 

 かぐや姫はお供の者たちとともにどんどん上昇していきます。雲の上成層圏を抜け宇宙空間を漂い、長い時間移動しあるカプセル状の空間に突入しました。ここは、かぐや姫の故郷、生命体が住めるように人工的に作られた島のようなところです。しかし、地球の様に生命維持に必要な大気や生物があるわけではなく、すべて人為的にコントロールされています。


「かぐやっ! いつまで感傷に浸っているんだ。お前が持ってきた地球の食料は、竹だけかっ。しっかりしろ」

「すいません! 隊長。かぐや姫になりきっていて、あまりたくさんは持ってこられませんでした」

「京野菜の種か……まあいいだろう。向こうでゆっくりできただろう。戻ったらまた食料になる植物の研究が待っているからな」


 はーっ、とかぐやはため息をつく。研究に次ぐ研究、そのあとは栽培に収穫。ここでは、生きるために、人生を捧げているようなものなのだ。平安京の雅な生活が思い起こされる。

 しかも、イケメンに次から次へと言い寄られ、次々にふっていった。ここでの自分にとっては、考えられないほどの贅沢な暮らしもできた。はーっ、帰ってきてよかったのだろうか、とも思う。

 

 来る日も来る日も、かぐやは、生きるために食料を生産する。それがここで生きていくための全てだった。

 


 何年が経ったのだろうか。再び、地球へ行きたい、と思う願望は膨らむ一方だった。そんなある日、再び地球へ降り立つ機会がやってきた。高度な文明が発達した千年以上が経過した日本の首都、東京へ降り立つことになった。

 

 宇宙船はぐんぐん高度を下げていき、日本の上空へさしかかる。それとともにスピードを緩めながら目標地点を目指す。ゴーッという音ととともにぐんぐん地上へ接近していき、ある地点へ行くと停止した。前回と違い大人になってから来た今回は、基地局と交信しながらの航行となった。


「守備はいいか。今回は、豊かになった食生活を取材してこい」

「はいっ。了解しました!」


 かぐやは、ふわりと地上へ降り立つ。そこは、何と、秋葉原のメイド喫茶の入り口だった。


「何してるの、早く入って。新しく来たバイトの子でしょ?」

「えーっ、そんなはずは……」

「ほらほら、履歴書もらってるわよ」

「あれ、私の写真が貼ってある」

「何言ってるの、当たり前でしょ。さあ、はいってはいって。今日からよろしくね」

これが仕事なの、何という違い。前回はお姫様だったのに。この先何が起こるのだろう?

「はいはい、バイトの皆さん。挨拶のセリフを覚えてください。ようこそ、我が家へいらっしゃいました。ご主人様、お嬢様」


 バイトの女の子たちは、かわいらしいメイド服に身を包み、手を前で組み声をそろえて挨拶する。


「かぐやチャン、あなた古風な名前ね。ここでは、かぐちゃんにしましょう。ねっ、かぐちゃん」

「はっ、はいー」

「さて、今日から早速お仕事お願いしますね」


 時代とともに、これほどまでに女性の服が変わってしまったのだ。やたら露出度が高く、いたるところにひらひらとしたフリルがついている。

 

 一人目のお客さんがやってきた。


―――あれは、たしか? 石作りの皇子では?


「ようこそ、我が家へいらっしゃいました。

ご主人様」


 皆一様に、ワントーン高い声で挨拶する。微笑みも忘れない。


「どうぞこちらへお座りください、ご主人様」


 今度は、あちらがご主人様か。


「ご注文は何になさいますか」

「これがいいな、ドリームドリンク」


 このドリンクを頼んだお客さんには、歌のプレゼントがついているのだ。


「美味しくなーれ、美味しくなーれ。石君のジュース、美味しくなーれ」


 再び、トーンの高い声で合唱する。石作君は、自分のことを石君と呼んで欲しいということだ。


 石君は、牛車ではなく、ベンツという高速の乗り物に乗っているという。髪を茶色に染め、穴の開いた、ジーンズという作業着のような青いズボンをはいている。この時代は貴族という特権階級ではないが、お金は大層ある家に生まれたらしい。ベンツという名の珍しい乗り物に乗ってみたいというと、仕事終わりに乗せてくれることになった。

 石君は、ぽっちゃりした女の子が好みで、かぐやのことが気に入っていた。かぐやはここで彼のことを試してみることにした。


「私、ダイアモンドという高価な石が欲しいわ」


 すると、石君は、クレジットカードというお金のいらないものを使用して、すぐに買ってくれた。なんでも、パパの銀行口座から支払われるという。便利なものがあるものだ。しかしこんなに簡単に手に入るものに価値があるだろうか。かぐやは、ふと考える。気を引こうとして、偽物を持ってきた平安時代の皇子。彼らと大差ないのではないか。


「ありがとう、またお店に来てね」


 愛想笑いをして見送るが、心はなぜか寂しい。


 その後、バイトの同僚も、バッグをねだったら買ってもらえたという話を聞き、気持ちが覚めた。

 


 次のお客は車持君という好男子だった。優しげな眼をして、微笑みかけてくる。仕事終わりにカラオケという歌唱練習をする小部屋に行こうと誘われ、これも前世の因縁かと喜んで行ってみる。


「堅苦しいこと言わないで、もっちーって呼んでよ」

「うれしいわ、もっちー。私も一曲歌っちゃう」


 話を合わせ、アップテンポの曲に合わせて踊ると、隣でタンバリンという打楽器を打ち、すこぶるご機嫌だ。


 何度かのデートの後、彼の心を試してみることにした。


「ねえ、もっちー。あたし、ダイアモンドっていう高価な石が欲しいわ。あたしのこと好きなんでしょ?」

「もちろんいいよ!」


 もっちーはほおを紅潮させて頷いた。その日からもっちーは、店に来ることがめっきり減ってしまった。かぐやは、なんだ口先だけの男だったのかと思い、シェアハウスへ向かって帰宅していたその時、建設中のビルで働くもっちーの姿が見えた。建設作業員としてほとんどの時間を費やしていたのだ。


「もっちー、そんなにまでして」


 ビルの前を通るたびに、石や木材を運び専門の作業員に渡すもっちーの姿が見え、胸が痛くなった。木材を持ち上げ、顔を上げたたもっちーと目が合った。


「今帰り。大変だね。もう少しで帰るから必ず待っててね」

「ダイアモンドのために、無理しないで」

「こうしていると楽しい。かぐやに近づいているような気がして」


 シェアハウスの個室に入り、涙がこぼれてきた。人の心をもてあそんでいるようで後ろめたい気持ちになった。


 もうそろそろ基地に帰った方がいいのだろう。


 押し入れに隠している交信器を取り出して、スイッチを入れた。しかし、機械は点滅もせず、何の反応もない。そんな馬鹿な。交信できないと、居場所がわからず迎えが来ることができない。かぐやは、愕然とし言葉を亡くした。再び地球へ来た動機が不純だったのだろうか。交信器の修理をするには、まだまだここ地球の文明では無理だ。さらに発達するのを待たねばならない。


 チャイムの音がした。音の主は車持君だった。


「長く待たせちゃったけどやっとお金がたまって、ダイアモンドが買えたよ。正式に僕と付き合ってくれるよね」

「もちろんよ! お疲れ様」


 かぐやは、もっちーを抱きしめた。もっちーは、感激のあまり何度も抱きしめ返した。


―――このまま、もっちーと一緒に暮らすことになるのだろうか。


―――それもいいだろう。


―――しかし年を取らないかぐやのことをいつしか不審に思うだろう。


―――正直に自分の身の上を話そうか。


 かぐやの心は、千路に乱れた。そうだ。基地から持ってきた薬、あれがあった。

かぐやは、二つのカプセルを交互に見つめる。


 不老不死の薬と、年を取る薬。この薬をいつ飲むかは、彼の愛情を見極めてからでも遅くないのだ。


 かぐやは、暫くこの地球にとどまろうと決心し、もっちーに言った。


「もっちー、私もあなたのことが大好き。ずっと一緒にいましょう」


 十五夜の夜が来ると、今でもかぐやは外を眺める。いつしか迎えが来るのだろうか。そう思いながら、何年ももっちーとの年月が過ぎていくのだった。

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