第三話 片恋リフレイン

前編<レオニード>1

 恋は繰り返すと、彼は言った。

 自宅の近くの喫茶店で、テーブルには紅茶が二セット置かれていた。時刻は三時五分前、まさにアフタヌーンティーの真っただ中だ。

「本当に好きだと一回で終わらないんだぁ。何度でも同じ人を好きになっちゃう」

「また突然恋の話?」

「単純に恋じゃなくて……うーん、難しいなぁ」

 指を顎に当てて首を傾げている表情はどこか幼くもある。実際はもうとっくに四十を超えたおじさんだというのに、この人は年齢が見た目では全くわからない。

「僕が言うのは特別のことで、その辺に転がってるアレコレじゃないんだけどなぁ」

「そう言いながら何回私にその辺に転がってるアレコレの話をした?」

「やだぁ、エンジェル。ヤキモチ?」

 私のことをエンジェルと呼ぶのはこの人だけだ。それとなぜかほっぺをぷにぷにしてくるのに反撃しようとしても、一度たりとも手をつかめない悔しい相手でもある。

「アレクっていう恋人がいるのにアレコレ目移りするのもほどほどにしなさいって言ってるんだよ」

「えー? アレクは恋人じゃないよ」

「じゃあ奥さんだよ。私たちの面倒ずっと見てくれてるんだから、私とミハルにとってはお母さんみたいなもの。あんないい人他にいないんだから、もっと大事にしなさい」

「ずるーい。エンジェルはアレクのことばっか。僕のこと見てよ」

 彼はすねたように口をとがらせて、先ほどの二倍の速度で私のほっぺをぷにぷにしてくる。

「僕よりアレクがいいの? アレクなんておじさんだよ? 髪薄いよ?」

「本人も気にしてることを口にしない。アレクは包容力のある、立派な大人じゃないか」

「やーだ。アレクより僕の方が上ー。そうでしょ?」

 この人に関していえば、そういう子供っぽい態度が違和感ない。

 セミロングの見事な銀髪に碧眼、色白の肌にはシミ一つなく、身長は高いけど全体に女の子のようなふわふわオーラをまとっている。友達には、「童話からそのまま出てきた妖精みたい」と称された。

 喫茶店のいろんな方向からいろんな視線が投げかけられる。目立つからこういう場所でお茶など飲みたくなかったけど、仕方がない。

「写真とられてるよ」

「え、どこどこ」

「右斜め後ろ」

「よぉし。いくよぉ」

 ひょいと私の肩を引き寄せて頬が触れるくらいの側に寄せると、彼はそちらに向かって笑顔でピースする。

「うまくとれたかなー?」

「何サービス精神出してるんだ」

「いいじゃない、楽しいことは」

 彼はおもむろに手を組んで、その上に顎を乗せる。

「で、僕が一番だよね?」

 首を傾げて上目づかいに問いかけてくる。彼の年齢でそれをやったら拳骨が返ってくること間違いなしだが、彼の場合一瞬黙ってしまうから怖い。

「はいはい。それで何? そういうこと言い出すってことは、私に頼みごとがあるんでしょうが」

「わー、エンジェルすごーい。ね、ね、聞いて」

 ぱっと手を上げて笑顔を見せる彼はなんて都合のいい性格をしているんだろう。それを許す私はなんで学ばないんだろう。

「実はね、僕には初恋の人がいるんだけど」

「それももう何度目かね。男の人なのは訊かなくてもわかってるよ」

 彼は女性に興味がなく、男性が好きだ。

「うん。僕、女の子はね、エンジェルとハルカだけだから安心していーよ」

「別にそんなことはいい。で、その初恋の人がどうしたって?」

 放っておくとどんどん脱線するので、私は首を振りながら促した。

「……その、ね?」

 もじもじとしてから、彼は意を決したように私の手を両手で掴む。

「彼に久しぶりに会いに行くから、一緒についてきて!」

 がしっと掴む手の力は意外と強い。当たり前だ。妖精じゃなくて男の人だ。

「私が行っても邪魔になるだけだよ」

「僕一人で行ったら何話していいかわかんないもん。ね、お願い!」

 目をうるうるさせて私を見つめる碧玉の双眸は私の大好きな双子を思い出させる。黙っていればそっくりで、いっそ嫌味なほど隅々までその遺伝子が及んでいる。

 妖精もどきで男好きで浮気者で甘えん坊でその他諸々の大人の男としては少々裏道を通り気味の彼。

「仕方ないな、父さんは」

 そんな父レオニードと私は、意外と仲良しである。

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