【本編完結済】お姫様になれない私たち ~血が苦手な吸血鬼と銀髪美少女賞金稼ぎ~
青月クロエ
序章 Light My Fire
第1話 昼餐会のお遊び
「諸君らに告ぐ。このグラスの中身が誰の血なのか、当てたまえ」
入り口と、正面最奥のマントルピースとの間の長机から、何十人分の椅子を引く音が薄暗い広間で一斉に響いた。
テーブルクロスよりも深く濃い赤。ドクドクと動く心臓の色は眺めるだけなら心を惹きつけてやまない。そう、眺めるだけなら。
魅惑の赤に見惚れていたミアもまた、グラスを手に立ち上がる。十二歳の少女にワイングラスは一見似つかわしくない。だが、ワインではなく生き血なので問題はない。
先程の言葉を発した紳士も立ち上がり、マントルピースを背にグラスを誰よりも高く掲げた。後ろに撫でつけた髪、口許に蓄えた髭は白く、枯れ木のように痩せているが、眼光には余裕と鋭さが宿っている。威厳に満ちた
ヴェルナーの乾杯の合図の元、他の吸血鬼達と同様にミアもグラスに口をつける。
よく目を凝らせば、液面はどろどろと淀みが目立つ。味も、砂糖を入れすぎた焼き菓子と生き血特有の生臭さが混じってえづきそう。許されるなら吐き出したい。新鮮な血液が一番苦手だ。舌先で軽く舐め取るだけで精一杯。
「ミア、お前は誰の血だと思う??」
「えっ……」
本来は挙手制の筈なのにわざわざ指名するなんて。
もしかしたら、祖父は次期当主としての才覚を一族に知らしめてほしいのかもしれない。でも、だけど……。
彼はミアが血が嫌いなことを知っている。知りながら、あえて名指しするなんてあんまりだ。
頬まである前髪を真ん中に分け、剥きだしになった額にぽつぽつ冷や汗が浮かぶ。一つに編み込んだ闇よりも黒い髪の毛先に触れて、緊張と不安をごまかしたい。でも、みっともないと叱られるのがオチ。
ほら、即答できないから皆の視線が痛い。ヴェルナーの表情もごく僅かながら曇り始めている。
柘榴色の瞳を見開いたまま、ミアは無理矢理口角を引き上げる。笑ってさえいれば、きっと乗り切れる、筈。
「そうか、わからないのか……」
ミアと同じ柘榴色の瞳に呆れと落胆が浮かぶ。 ホッとする反面、失望させてしまったと小さな胸が痛む。
「もういい。では、他に分かる者は??」
「はい!ヴェルナー様!!」
ミアの席よりずっと後方、親族の女性がすっと挙手し、声を張り上げる。
「これは甘い物を好むうら若き乙女の血ですわ!!」
「は??貴女、バカなの??死ぬの??」
嘲笑混じりの褪めた声に場が凍りつく。その声はミアの左斜め前ら辺から聴こえてきた。
周囲が交わす視線の意味は再びめまぐるしく変化する。先程の女性に対する同情の視線を送る者、女性への挑発に吹き出す者と反応は様々だが。
当の女性は戸惑いと怒り、羞恥に頬を赤く染め、まっすぐに上げていた手を力無くするすると下ろしていく。
ヴェルナーは特に嗤いもしないが、間違いに対して指摘もしないし無礼な発言を嗜めもしない。ただ黙ってグラスを転がしていた。
鋭き眼光を一身に浴びているのは、赤っ恥をかいて身を縮ませる女性じゃない。女性を挑発した、ミアより少し年上の少女の方だった。
「ハイディマリー、お前は正しき答えが分かったのか」
「ええ、当然」
太陽の光を集めたような金の長い髪は、薄暗い室内では一層輝いて見える。時に傲慢とも取れる自信に満ち溢れた
不遜にも腕を前で組み、ほんの少し顎を上げてハイディは唇を開く。
「長年の不摂生のせいで、多くの病にかかった中年男の血よ」
同意と懐疑が混ざった周囲の視線に臆せず、ハイディは挑むようにヴェルナーを強く見据えた。
無言でグラスを転がし続けるヴェルナー、半ば睨みつけるハイディとの膠着を、ミアはハラハラと見守るしかない。
「正解だ。我らの同族と化してまだ数年なのに、なかなかやる」
「二年。二年です、ヴェルナー様」
悪びれもせず、長の発言に訂正を入れるハイディに誰もが『生意気な』と眉を潜めた。ただひとり、ミアを除いて。
つい二年前まで人間だったのに、たった二年で血の味の区別ができるようになるなんてすごいなぁ。気づけば盛大な拍手をハイディに送っていた。
ニコニコと賞賛の拍手を続けるミアを、周囲はハイディに対する以上に眉を潜める。仮にも長の孫娘なのに、と、祖父と同じく呆れと落胆、他にも軽蔑を視線に込めて。
ミアだって決して馬鹿じゃない。周囲の思惑などとっくにお見通しだ。
だからこそ、ハイディを賞賛する。次期当主の座は私じゃなくて、彼女に渡すべきだと本気で考えてさえいる。
『血のテイスティング』が得意なのは、たった二年の間で狩った
純血の吸血鬼でありながら極力血を飲みたくない自分より、元人間ながら誰よりも吸血鬼らしくあろうと振る舞うハイディの方が、一族の長にふさわしい。これは諦観ではない。むしろ、願望。なぜなら――
「ミア、呑気に拍手など送っている場合か??次期当主であるなら答えられて当然、いや、即答が当然だろうに」
「…………」
反論の余地がなさすぎて、ぐうの音も出ない。でも、謝ったり言い訳するのもなにか違う。
だから、ハイディに拍手を送った時と同じくニコニコと黙って笑ってみせた。
そうすれば、毒気を抜かれるか呆れるかして説教はおしまい。祖父と二人きりの時ならともかく、一族の昼餐会で長々とお説教など興が醒めてしまうだろうし。
「まぁ、よい。次はいつも通り挙手制といこう。まだこれからが本番だ」
ヴェルナーはグラスの残りを一気に煽り、パチンと指を鳴らす。すると、青白い肌、生気のないメイドが空のグラスを手際よく下げていく。
全てのグラスをワゴンに乗せ、室内から出て行くメイドと入れ替わりに、また別のメイドが新たな血が注がれたグラスを運んでくる。グラスを各席に用意し、次の
お喋りに興じる大人達を横目に、ミアはこっそりと席を離れて扉に向かう。
途中、ハイディとたまたま目が合い、物凄い目つきで睨まれたが、何食わぬ顔で広間から抜け出した。
「さて、本日二回目のお題と行こうじゃないか」
廊下に出て扉を閉める瞬間、聞こえたヴェルナーの声で
廊下の左右の壁にはステンドグラス風の大窓が等間隔に並び、陽射しが廊下を明るく染める。
人間や動物が時代や環境によって進化を繰り返すように、吸血鬼も時代と共に進化している。
日光を浴びても灰にならない身体。血を吸う時だけ伸びる牙。
長い間血を飲まなくても生きられるし、人間同様老いて死んでいく。
昔と違い、簡単に人間を狩れなくなってきたがゆえの退化だと嘆く者の方が多いかもしれない。百十数年以上前、この国に渡ってきた東方の一族と婚姻を繰り返したのが悪かった、という批判もある。
ミアのように、何代か経て東方の血が非常に色濃く出てくる者も少なからずいる。
別に悪いことじゃない、とも思う。少なくともミアにとっては。
何十年、何百年と全く変化なく生きるなんて不可能。ついでに言えば、血が飲めない吸血鬼が存在したって別にいいじゃない。
血なんか飲めなくたって他に美味しいものはこの世界にいくらでもある。例えば、新鮮なトマトを齧ったり、搾りたてのクランベリージュースを飲む方が比べ物にならないくらい美味しい。
わざわざ合わないものを無理矢理口に入れ、あまつさえテイスティングさせられるなんて拷問と同義。年に数回程度とはいえ、それが一生続くなんて考えただけで眩暈がする。
血が飲めないなら、いっそのこと人間として生きていきたい。
祖父が聞いたなら非常に嘆かわしく思うだろうし、ハイディが聞いたなら心底馬鹿にするだろう。
でも、一族から離れて人間と共生する吸血鬼が少なからずいるという話も聞く。だったら、ミアにだってできない筈はない。
「あれ??」
自室に戻る途中、窓越しに聞き慣れない音が屋外から聴こえてきた、気がする。
軽い地響きすら伴う轟音に思わず足を止める。窓に近づき、耳を澄ませる。
この音は飛行する、空挺……、だろうか??
ここカナリッジは戦争中立国。自国の防衛で陸海空の軍隊全て揃っているが、あくまで国防のため。
更に、同じ国内でも『不可侵区域』と定められたこの吸血鬼城が立つ深い森の樹々、山道含め、演習中の自国空挺が接近する可能性は極めて低い。他国の空挺という線もありえない。
なのに、空挺は徐々にこちらへ近づきつつあるような……、気配を感じる。
「わっ……!」
空挺の音、気配に気を取られていると、何者かによってミアは着物の袖を背後から強く引っ張られた。
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