沖縄ドワーフ物語 ~ドワーフ娘が嫁に来た~

はらくろ

プロローグ

 沖縄には巷で言われる『珍走団』と呼ばれてもおかしくない、情けない少数の暴走族に被れた少年少女たちがいる。

 週末の夜や、夏休み、年末年始など。

 五月蠅い蠅のようにブンブンと我が物顔で騒音をまき散らす。

 深夜の安眠を妨げる実に迷惑な存在だ。

 パトカーに追われているのに、それをからかうように一般の車の間を縫って走って逃げようとする。

 実に危ない。


 俺は街道沿いを走り、その場でジャンプした。

『とうっ!』

 宙返りして、特攻服を着た少年が運転する、ゆっくりと走るオートバイの前に降り立った。

 ゆっくりと走るオートバイのフロントフォークをがしっと右手で握る。

 街灯とオートバイのヘッドライトに照らされた俺の姿。

 それは往年の『マスク・ド・ライダー』を彷彿とさせるような全身褐色の、赤いラインの入ったスーツに昆虫をモチーフにしたマスクを被った姿。

 沖縄にもご当地ヒーローと呼ばれる『龍人ハブヤー』というテレビヒーローがいる。

 それとは違う、神出鬼没のニューヒーロー。


 俺は片手で軽々と乗った二人毎オートバイを持ち上げた。

『駄目だろう? 市民の安眠を妨げるようなことをしては?』

 ヘルメットを被っていない運転をしているおおよそ二十歳くらいの青年だった。

 てっきり子供だと思っていたのだが、こんなことは珍しくないらしい。

『君は未成年ではないのではないか? 警察に捕まったら新聞に実名が乗るぞ?』

 ぱくぱくと陸に上がった魚のように、口を開け閉めして何かを言おうとしているようだが、言葉にならないほど驚いているようだ。

 それもそうだろう。

 オートバイだけで百五十キロはある。

 青年と後ろに乗る恰幅のいい少年。

 二人の体重を足したらオートバイとあまり変わらないだろう。

 合わせて三百キロに迫る重量を片手で軽々と持ち上げているのだからな。


 周りにいたスクーターの集団が逃げようとしている。

 俺のいる場所の遥か上空から声が聞こえる。

『これがあたいの全力全開っ! メテオ・ブレイカーっ!』

 空からピンク色の光が無数の光の帯に分かれて、逃げようとしたスクーターを包んでいく。

 その場でスクーターのタイヤは空転し、それより先に進めなくなってしまう。

 スクーターから降りようとしても、何かの力に押さえつけられて逃げることができないようだ。

 上空に留まる俺の相棒は俺に手を振って可愛らしく笑っている。


 俺はオートバイに乗った二人に再び問う。

『まだ、やるかい? それとも自首するかい? 俺はどっちでもいいんだぞ?』

 オートバイに乗った二人は両手を挙げて、ぶるぶると顔を横に振っている。

 遅れて到着したパトカー数台から警官が降りてきた。

 スクーターに乗った少年女たちは、一人一人補導されていく。

 一人俺の前に警官が来た。

 俺に対して敬礼をしてくれる。

 言葉は掛け合わない。

 暗黙の了解だからな。

 俺たちはここにはいなかった。

 それで済まさないとあとで厄介なんだよ。

 特に警察がな。


 何故俺たちがこんなことをしているかというとな。

 それは色々あったんだよ……。


 ▼


 お腹の上に心地よい重みを感じる。

 それはもう十年以上感じたことのない。

 一人ではないという安心感か?

 それとも金縛りの一種か?

 ちょっと汗の匂いの混じった。

 それでいていい匂いが俺の鼻先をくすぐる。

 懐かしい夢をみているような。

 ちゅっ

 耳にとても懐かしい音が聞こえてくる。

 こんな起され方何年振りだろう?

 誰かが何かを言っているように聞こえる。

 それはすぐに女性の声だと思った。

 だからこそ。

 夢だと思ったんだ。

 もう少しこの心地よい夢を見ていたい。

 飲みすぎたからかな。

 目を開けるのがだるいし。

 エアコンの風が汗ばんだ肌を優しく冷やしてくれる。

 タイマーが作動したんだろう。

 目を開けなければ、この見えない夢が。

 この心地よい重みと感触が。

 いつまでも続いてくれないかな。

 そんな風に俺は思っていた。


 そんなときだった。

 物凄い衝撃と共に、床に押し付けられるような。

 それと同時に『ボクッ』っと俺の腹で音が弾けた。

 俺は驚いて目を開いた。

 俺の目に映ったものは、見たことのない、ありえないものだった。


 獲物を狙うような鋭い狩猟者のような。

 おおよそあり得ない、金色の瞳。

 日に焼けた健康的な小麦色の肌。

 金髪の細い、猫っ毛のようなくるくる巻いた艶やかな髪。

 それはもしストレートだったら、ツインテールになりそうな位置でまとめられていた。

 小さな鼻と、薄桃色に染まるぷりっとした肉厚で艶やかな唇。

 その隙間から覗く、可愛らしい八重歯。

 昭和的表現をするならば。

 美しき女豹。

 そんなイメージの女の子だった。


 よく見ると彼女の左拳が、俺のお腹にめり込んでいた。

 あぁ、殴られたんだな。

「はlldskjsbgjs」

 さっき耳元で鳴っていた、耳障りの良い音。

 それは彼女の声だったのだろう。

 だが、何を言っているのかわからない。

 彼女は俺の襟首を両手で掴んだ。

 彼女の何か、覚悟をしたようなその瞳。

 一瞬目を瞑ったかと思うと。

 ゆっくりと唇を重ねてきた。

 おい、どういうことだってばよ?

 それだけじゃなかった。

 彼女の舌が俺の口に入ってくる。

 無理やり俺の歯をこじ開けるように。

 同時に彼女の唾液が俺に送り込まれてきたのもしれない。

 何だこの甘いものは?

 頭の先から足の指まで、痺れそうになるほどの心地い衝撃が俺の中を走った。

 舌が絡んでくる。

 柔らかく、熱い。

 この可愛らしい女の子からは想像できないほどの荒々しいキス。

 ほんの少し、酒の匂いがするそんなキス。

 何年ぶりだろう。

 かといって、俺から求めるわけにもいかない。

 俺は彼女になされるがままに。

 しばしの間、そうされ続けていた。

 『チュピッ』っと、ちょっとばかり嫌らしい水音がした。

 やっと解放されたみたいだ。

「──だからな?」

「はい?」

「あたい、初めてだったんだからな?」

「はいっ?」

「男なら責任取れよな?」

「はぁっ?」

「返事は?」

「お、おうっ」

「よしっ!」

 また彼女は優しくキスをしてくれる。

 『初めてだった』その言葉は本当だったのだろう。

 少し頬を赤く染めた、彼女は身体を起して、俺のお腹のちょっと下に跨って馬乗りになった。

 俺を見下ろした彼女がくれた。

 『ニカっと』笑うその美しい笑顔は。

 まるで真夏の太陽のみたいに、俺には眩しかったんだ。


 ▼


 その日は、俺がやってる店の店休日。

 四十路を超えてもこの趣味はやめられないんだよな。

 俺は一階がドラッグストアになっている雑居ビルのエレベータに乗り込む。

 ここは人に見られることなく入れるから助かるんだよな。

 俺は四階のボタンを押した。

 いや、風俗店じゃないぞ。

 音が鳴ってエレベータのドアが開く。

 そこにあるのは、アニメのスタンド看板など。

 そう、ここは漫画やラノベ。円盤などを売っている店。

 アニ〇イト那覇国際通り店。

 俺は発売になっているはずの新刊を手に入れるべく、ここにやってきたのだ。

 俺は身長があるし、ガタイがいいから外回りでラノベコーナーへ向かっていく。

 目立つよな、こんなおっさんがここに来ちゃったら。

 それでも、そんな俺を見ることなく、ここにいる客は自分の目当てのものを物色するのに夢中なのだ。

 お、やっぱり売ってる。

 あ、よく見たら通常版かよ……。

 沖縄じゃサイン本はないんだろうな。

 いや、あってももう、売り切れたのかもしれないな。

 仕方なく俺は一冊のラノベを手に取る。

 『ケモミミお母さんとうまうまごはん』というちょっとニッチなタイトル。

 これは俺と同じ、内地(沖縄と北海道では、本土のことをそう言う)から沖縄に移住してきた作家の本なのだ。

 この先生。

 実は、俺の店にもこっそり来てくれたらしい。

 ただ、その日は奇跡的に満席だった。

 そのせいか、それとも、目立ちたくないのか。

 本人は名乗り出ることもなく、帰ってしまったらしい。

 おまけに、ツイッターで俺の店の宣伝ツイートまでしてくれたんだよ。

 サイン、欲しかったんだけどなぁ……。

 さておき。

 俺は目的のコミック数冊も手に取って、レジに向かった。

 駄目元でサイン本を聞いてみたけど、一足違いで売れてしまったらしい。

 まぁ仕方ないかと会計を済ませ、エレベータで一階へ降りた。

 流石にここのロゴの入った袋は恥ずかしい。

 ドアが開く前に鞄へしまった。

 しかし、文芸書サイズのラノベって、なんでこう高いんだ?

 コミックなら三冊は買えるぞ……。


 季節は初夏。

 六月も終わろうとしている。

 梅雨も明けて、ジリジリと照り付ける真夏の太陽は殺人的な強さだ。

 ここは内地よりも紫外線が二倍らしい。

 俺はこっちに来て最初の年に、真っ黒に日焼けしたから諦めた。

 両手首から先だけ白く、Tシャツの袖から手首までは真っ黒に日焼けしている。

 内地にいるときなら『ゴルフやられているんですか?』と言われるかもしれない。

 ただそれは違うんだよな。

 俺はサングラス型の眼鏡を外して、頭に乗っているヘルメットに刺さったアイウェア(サングラスのようなものにかけ直す。

 この内側にはインナーグラスが入っているため、近眼の俺でも使えるのだ。

 俺は視力がコンマゼロイチ以下だ。

 俗にいう超ド近眼。

 アイウェアというのは、眼鏡やサングラスと違って、風の巻き込みを抑えてくれる。

 風の巻き込みが何故関係あるかって?

 それは俺の愛車がロードバイクだったりするからだ。

 靴の裏のクリートカバーを外し、愛車の鍵を外す。

 愛車に跨って右足のクリートをペダルにはめる。

 このクリートという、シューズの裏についている器具が、カチンと音がして足をペダルに固定できるのだ。

 ヘルメットもオートバイのものとは違い、二百グラムほどの軽量のもの。

 ちなみに俺の愛車はアメリカのメーカー。

 キャノンデールのCAAD12。

 このライムグリーンの色が、昔乗っていたカワサキのバイクにそっくりなところと、俺のような巨体でもしっかりと支えてくれるメーカーだったことからこれに乗るようになった。

 ここ沖縄は、真夏の肌を焼く暑さのせいか、自転車に乗る人は少ない。

 石垣島などでトライアスロン。

 沖縄本島でもツールドオキナワが開催されるのだが、日常的に乗っている人が少ないのだ。

 それは沖縄の道路事情も関係しているのかもしれない。

 内地のように自転車専用レーンなどのインフラの整備がされていない。

 駐輪場もほとんどない。

 有料駐輪場など、あるんだろうか?

 というくらいに自転車ユーザは多くはない。

 それでもスポーツとしてはそこそこ認知されているようで、専門のショップも多くはないが存在している。

 沖縄では内地ほど自転車の盗難が多くはないそうだ。

 その反面、スクーターなどの盗難はシャレにならないらしい。

 きっと、盗んでまで自転車に乗って行く根性がないのだろう。

 紫外線や風から目を守るためにも、アイウェアは必要なのだ。


 右からの車を確認しつつ、花ビルと呼ばれるア〇メイトの入るビルから離れるべく、右足を漕ぎ始める。

 勢いが乗ると同時に左足のクリートをはめる。

 俺はこの先で酒場を経営している。

 今日は火曜日。

 俺の店の休みの日だ。

 だからこうして買い出しができるのである。

 ここは那覇市内にある国際通り。

 南に行けば県庁やパレット久茂地などがある。

 俺はその通りを北上していく。

 暫く走っていくと、右側にドン・キホーテが見えてくる。

 むつみ橋交差点と言って、ここはT字路になっている。

 左角にスターバックスコーヒー。

 右の奥には車は通れないが土産物などの店が軒を連ね、その奥には海産物などが売られている牧志公設市場がある。

 ここを真っすぐに行くと、昔三越だった場所によしもと沖縄花月ができている。

 スターバックスコーヒーのあるこの信号を左折。

 この通りは沖映通りといって、

 暫く行くと、左には昔ダイエー沖縄店だった場所に、大型書店のジュンク堂書店がある。

 それを通り過ぎると左側に沖縄都市モノレールの美栄橋駅が見えてくる。

 その右側のブロックの奥に俺の店はある。

 筋道(沖縄で路地のことをこう言う)を入って暫く行くと、俺の店が見えてくる。

 一階が『サブカルバー地下牢ダンジョン』で、二階が俺の部屋になっている。

 自転車を降り、店のドアのカギを開ける。

 ドアを引くと。

 カラン、カラン

 俺がつけたカウベルの音だ。

 むぁっとした暑さが酷い。

 換気扇を回し忘れていたようだ。

 照明のスイッチをつけると、内装が見えてくる。

 左にカウンター。

 右にはボックス席が二つ。

 奥にはキッチンがある。

 右の壁にコの字型のステーが付いていて、そこにCAAD12ををひっかける。

 こうすることで、駐輪場でもあり、店のインテリアにもなるという寸法だ。

 俺は慌てて奥にあるキッチンの換気扇を回した。

 今日は店休日のため、エアコンをつけるつもりはない。

 CAAD12の奥にはもう一台自転車が吊ってある。

 ミニベロ(小口径車)のSTRIDAだ。

 折りたたむこともでき、おまけに三角形のフレーム形をしている珍しい自転車。

 最近は乗ることが少なくなってきて、専らインテリアになっている。

 入り口を見て右側にあるカウンターの背には、五十インチの大型モニタ。

 その両側には酒がずらりと並べられている。

 カウンターの両側にはフィギュアやガレージキット。

 プラモの完成品や、俺が集めている漫画、ラノベなどが並べられている。

 自転車が壁につられているが、これはこれで最近ロードバイクを題材にした漫画やアニメがあったことから、評判は悪くない。

 カウンターのモニタには、普段は動画やカラオケ。

 たまに、俺がよく見るツールドフランスなどの映像や、野球、サッカーなども流したりする。

 お客さんのリクエストでコロコロ変わるが、面白ければいいというコンセプトなので、その辺りは適当だ。

 ここで出される酒は、樽に入ったビールやビルドタイプのカクテル。

 ショットグラスでの洋酒など。

 もちろん、泡盛も置いてある。

 俺が酒好きなこともあり、かなりマイナーなものも揃えてある。

 元々、普通のダイニングバーのような形でオープンしたのだが、見事にずっこけた。

 そこで投げやりになって、自分の趣味丸出しの店にしてツイッターなどに流したところ。

 結構わからないもんだよな。

 お客さんがちらほら来てくれるようになった。

 ここで出すフードメニューは俺が全て作るものだ。

 元々俺は、内地で創作料理のダイニングバーの雇われ店長をしていた。

 まぁ、ちょっとお洒落な居酒屋みたいなもんだ。

 そのせいもあって、料理の腕には自信がある。

 そうこうしているうちに、地元の人やツイッターを見てきた観光客も来てくれるようになり、なんとか食っていけるようになった。

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