32:第三神殿

 一夜明け、予定通り第三神殿近くの宿泊所へと向かう。

 そして昼過ぎには思っていた通り、私はまた他の白銀騎士団員たちより一足先に第三神殿に招かれていた。


「お一人に一つ、お貸しします。神殿内は暗いですから」


 第三神殿の神官長が、机の上に用意されたランプを示す。

 神殿に招かれた客には必ず一つ渡しているらしい。たくさんの訪問者が一度にきたときは、さすがに何人かに一つだが。昨日訪ねた元神殿もそうだけれど、この辺りは魔法石の産出地が近い。その絡みで寄付されることが多いらしい。

 魔法石も神から与えられた大事な道具。それを意識しようという意味もある。第三神殿は全体的に窓が小さく、昼でもやけに暗いのでどちらにしろ灯りは必要だし。


「第二神殿とは全然違うね。暗いな……」

「曇りとはいえ、たしかに。緑の領域の神殿とは違う点が多くて、とても面白いです」


 今日の天気はどんよりとした曇り空。

 昨日よりは体調がいいと近くでチドリが、セルギイと嬉しそうに話している。

 やはり前回と同じくチドリやアルベールたちと一緒に見て回ることになった。前回と違うところと言えば、案内される人数が少し増えたことだ。


「今日もまた『白銀の騎士』は選ばれるのだろうか」

「とにかく、見学の一員に呼んでもらえて安心したよ。少しでも早く見て回れた方が、選ばれる可能性も増えるんじゃないかと思ってる」


 見学中にユウが「白銀の騎士」としての啓示を受けたのを知り、もし先に見て回ることがあるのなら一緒にと話をつけていた団員たちだ。というか、そういった希望者がいたからこの第三神殿でもこして一部の者で先に見学する時間が設けられた雰囲気だ。

 本当はエリカたちも興味があるようだったけど、騎士団員のみとの話だったので来られなかった。


 増えた中にはイラもいる。彼はアルベールたちと共にいて、私に対して特別な反応を見せてくることはない。


「そうだ、チドリ。私に灯させてくださいませんか」


 セルギイが、自分のとは別にチドリの前に置いてあったランプに手を伸ばした。


「いいの? じゃあ、お言葉に甘える。ありがとう!」

「私の故郷にこういった石は存在しないので、使うたびに不思議な気分になります」

「魔法石のない国かあ。私からしたら、それはそれで不思議だな。セルギイはすぐに慣れちゃったよね、魔法石の道具」

「私はどうやらこの石と相性がよいらしいです。数か月前まで、実物に触れたことも見たこともなかったのに、どういう理由なんでしょうね」


 他の領域から来た人には魔法石に力を込められる者とできない者がいる。体質的なものだとされているが、正確な理由はわかっていない。使えない者はこの国の神に嫌われてるなんて言う人もいる。魔法石に力を込める、という言葉にしづらい感覚が、育つ環境によってはなかなか理解しがたいのではないかと言う研究者もいた。


「みんな簡単そうだよな。俺だけ、微妙に光が弱い」


 ユウが自分のランプと隣のファルークのものとを見比べていた。私の婚約者候補たちは幸運にも全員が魔法石を発動させることができたらしい。ただ、ユウだけは他の者より力が弱いようだ。


「チドリ、光が弱まったら言ってくれ。次は僕が力を込めてみせよう」


 セルギイに対抗するようにアルベールが申し出る。

 チドリにいいところを見せたいのかな。ちゃんと二人の恋は進展しているようだ。


 と思ったけど、チドリの持つランプの光が少しでも弱くなると、ユウも含めた男性陣が交互に触れて力を込めていった。いたれりつくせりな状況に、チドリは照れつつも素直に従っている。


 ゲームで、チドリがこんなふうに尽くされる場面ってあったっけ。

 各々興味を惹かれた場所に少し足を止めたりと、広がってゆっくり歩くなか、先頭は私と神官長の二人。五十過ぎだという女性の神官長は、後ろを気にしながら、仲がよろしいのですねと困惑気味だ。少々非難する響きがある呟きだった。実際にこれがゲームなら、マツリの嫉妬を煽りすぎてバッドエンド直行な気がする。


「慣れない国で親切にしてくれた相手を大事にしたいんですよ。私は気にしていませんわ。むしろ誰にでも優しくできるところはいいと思います」


 神殿で一番偉い人に悪印象なのはまずいかなとフォローしようとしたら、ちょっと過剰になってしまった。


「それならよいのですが。優しい、ですか。カルフォン家に婿入りする方は、同じようなことをするのですね……。マックス様もイザベラ様にああやって親切にされていました」

「二人のことを知っているんですか?」

「ええ。二十年前の封印祭で、お二人も白銀騎士団として神殿巡りをされていました。私はまだ神官長ではありませんでしたが、第三神殿の神官として騎士団の方々を出迎えたものです」


 言われてみれば、当時カルフォン家の後継者だったイザベラなら白銀騎士団に選ばれていたほうが自然だ。マックスのほうはどういうツテかわからないけど、甥であるイラも選ばれているし何かコネがあるのかもしれない。


「あの頃はまだ、魔法石を使ったランプは高価でした。それに大きくて重くて。ですが小さく持ちやすい形に改良中のものを、カルフォン家から特別にいくつか頂いていたのです。せっかくなのでそれをお貸ししようとしたら、マックス様が自分が持つと横から奪うように取られて……」


 思い出すように神官長が遠くを見る。微笑ましい、と思っているのがよくわかる表情だ。


「自分がイザベラ様の前を照らすと言ったときの、真面目なお顔は今も覚えていますわ」


 あの二人のなれ初めは知らない。家柄だけ見れば、イザベラにはもっといい条件の結婚相手を望めたはず。だからおそらく恋愛結婚だったのだろうとは思ってたけど、いかにも恋人みたいなエピソードは初めて聞いた。


「マツリの前は、俺が照らしてあげようか」


 いつの間にかすぐ近くに寄ってきていたイラが、胡散臭い笑みで申し出てくる。そういえば彼は、チドリのランプを灯そうとはしていないようだ。


「自分で照らすから間に合ってます」


 すげなく断った私に、彼は小さく笑った。




 このあと騎士団全員で祈りを捧げる予定の、大きな広間につく。第二神殿同様、椅子やテーブルのないただっ広い空間だけど、壁や絨毯の装飾は大きく違っていた。


「ここに祀られている神は、音を鳴らして加護を与えるのです」


 第二神殿には鳥モチーフのものであふれていたのに対し、ここは楽器や、楽器に見えるよくわからないものなんかが描かれたり像として飾られたりしている。

 皆の反応は予想通りだ。広間に散らばり、それらのモチーフにさり気なく触れていっている。


「神官長、あそこにある隙間は?」


 広間の角、目立たないところに人が二人ほど並んだくらいの幅で、壁に隙間のような箇所ができていた。


「地下の物置に繋がる階段があるんです。備品などを保管するための小さな部屋が一つあるだけですよ」

「そうでしたか」


 あそこだ。

 他の人たちと同じように、私も神官長の傍を離れて広間を観察し始める。そしてそっと階段の近くへ寄った。またイラが近づいてきたらと警戒したけど、彼は離れたところで壁の装飾を見ながらファルークやユウと何かを話している。

 地下へ降りる階段の先には、少し広めの踊り場が見えた。ここからは見えないが、踊り場で折り返した階段は更に下へと続いているようだ。

 階段の横の壁にも装飾はある。私は気付かれないように階段を降りる。


 踊り場でしゃがんでみると、壁に彫られるように施された模様の中に、変わった楽器のようなものがあった。短い持ち手の先に可愛らしい丸い鈴がつけられた、楽器というより祭事に使う道具のようなもの。

 これだ。

 ユウのときと同じく、触ればあたりが光に包まれ次の瞬間には――という流れ。


 私は階段の上を見上げた。

 をここに連れてくる方法が問題だった。

 

 なにせゲームだと、マツリがチドリを突き落としたのを庇って、という場面だから。

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