24:図書室で

 大昔、この世界にはたくさんの神がいた。

 考えの違いから争いの絶えなかった神たちだが、このままでは世界を壊してしまうと気付いた。

 そこでこの世界を人間たちに託し、ほとんどが別の世界へと旅立っていった。

 彼らは去り際に、世界のかたちを少し変えた。

 この世界に残される人間たちのために。

 それが『文明の壁』とオトジ国の存在である――。



 この世界はいくつもの海域ごとに区切られていて、それぞれが色の名を冠した領域名を持っている。

 『区切られている』というのは、言葉のままの意味だ。

 各海域の端は嵐が常に吹き荒れている。その中に無謀に突っ込んだ船は沈むか、運が良ければぐるぐる回った挙句に元の海域に戻ってこれる。


 その影響で各領域でそれぞれ独自の文明が発展した。そしていつしかその酷い嵐のことを『文明の壁』と呼ぶようになったのだ。


 だが日取りと方角を上手く合わせると『文明の壁』を通り抜けることができる。抜けた先は、オトジ国のある白の領域と呼ばれるところだ。この国だけは、他国との行き来ができる。

 船ごとは無理らしいが、オトジ国を経由して、人と物資は他の領域へと運ぶこともできる。


 そして不思議なのは、白の領域内では言葉の壁が存在しない。どの領域に住む者も、オトジ国に来れば同じ言葉で話しているように聞こえる。


 白の領域、そしてオトジ国は、人間が世界をよりよくしていくために神が与えた特別な場所。


 それが各領域が出した結論だった。

 この国には各領域の大使が滞在し、各国の在り方について議論を交わしている。またオトジ国主導で、全領域合同での魔法や科学、文化などについての研究機関も設置してあった。


「だからこそ、他国とのやりとりについて主導権を持つ中央神殿の影響力は大きいの。オトジ国だけじゃない、全領域に対して主導権を持っているのと同じだから。おばさまが私を『白銀の聖女』にしたい理由よ」


 第二神殿の図書室で、私はラクサに有名な神話について説明していた。


「こういうこと、全然知らないの?」

「俺が封印されたのは『文明の壁』とやらが出現する前だ。でも言われればそうだった気もしてくる。封じられても世界がどう動いているか感じ取れるから、本来なら知っていたかもしれない」

「封じられていてもわかる? 万能ね」

「神の力の大きさにもよるよ」


 涼しい顔をしてるけど、ちょっと得意げな感じがする。


「じゃあ封印がすべて解けたあなたって、ものすごい力を持っているってこと?」

「その問いに答えるのは難しい。すごいの基準は曖昧だしな」


 眉を寄せて考え出したので、謙遜とかではなく本当にわからない様子だ。でもそれなりの力はあると思う。

 力はほとんど使えないらしい彼だけど、まったく、ではなかった。

 彼は今、白銀騎士団の付き人という立場でここにいる。事情があって後から合流することになった、地方出身の上流階級の男性、という設定だ。まとめ役とその補佐数人と会った彼は、喋っているうちにその事情を飲みこませてしまった。

 人を惑わす力があるんだ、と笑ったラクサは人ではない気配がした。

 神の力を少しだけ使って人を欺き、堂々とした顔で彼は私の隣に立っている。

 人ならざるものの証である赤い瞳を、黒く擬態して。


「この神殿に祀られている神様のことはどう思ってる? 白い騎士、って呼ばれた神様なんだと思うけど」


 おそらく彼を封じた神でもある。敵対関係にあると思うんだけど、ラクサは何も気にせず第二神殿内を歩き回っていた。


「質問が多いな。そんなに気になる? 不安?」

「あなたを信じてないわけじゃないわ。でも好奇心がうずくっていうか」


 少し嘘。本当はちょっとだけ不安みたいなものもある。彼は悪神で世界を滅ぼそうとしたと伝わっているのはたしかだから、その矛盾を無視していいのかという心配だ。

 それから、ただ単に話したい。

 これまでずっと自分の中に秘めてきた、この世界の行く末とか神の封印だとかを誰かに相談して考えられる時間に、正直言って浮かれている。


「白い騎士……つまり善神も、この神殿内に存在しているのかしら」

「善神か。あいつらとは考えが合わない」


 吐き捨てるように言うから、驚く。


「覚えてるの?」

「具体的なことはなにも。でも根本的な神についての知識みたいなものは、問われれば答えが出てくる。善神は人の善意を信じて、励まして、幸せを祈る。結果が伴わないわけじゃないから否定はしないが、俺たちのやり方とは合わない」

「俺


 ラクサは、指摘されて初めて気付いた顔をした。


「俺は……そう、人に悪神と呼ばれる存在は俺だけじゃない。同胞のような存在がいる」

「十人いるって説が有力よ。善神と悪神を十人ずつ、もっとすごい神が作ったんですって」


 ちょうど開いていた本を差し出す。

 そこには、一般的に語られる十善神と十悪神について書かれていた。本当に十人なのかは確証がなくて、通説として十人。謎も多いし、領域によっては別の神のことを差していると思われる部分もある。


 十善神については、不毛の土地に作物をもたらしたとか、信心深い者が不幸にあったのを助けたとか、いろんな逸話が残っている。

 対して十悪神については資料がほぼない。その裏に十悪神の影ありとされる事件や事故の逸話はあるが、どれも確証はない。しかしその存在だけは有名だ。

 そのうちの四人が黒い騎士としてこの国を滅ぼそうとした魔女に従い、善神のうちの四人は聖女と守護神オトジと共にそれを阻止した。


「あなたの身に世界を守れって記憶があるのなら、悪神も本当はいい神なのかしら」

「さあね……」


 ラクサはときどき意味ありげで曖昧な返事をする。無意識かもしれないが、彼への質問が多くなってしまうのはこのせいでもあると思う。


 いくつか他にも本を見繕い、閲覧のための机と椅子が用意されたスペースに戻ろうとしたときだった。私たちのいる棚の向こうに、誰かがやってくる気配がする。

 ひそひそ声が周囲を警戒しているように感じて、咄嗟に息を殺して様子を窺った。ラクサも同様に声の方に意識を向けている。


「私が聖女だなんて、本気で言ってる?」

「君こそなるべきなんじゃないかって、俺は思う。嫌かな」

「それは……嬉しい、けど」


 この声ってチドリとユウだ。……なんでここにいるの!?

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