17:第二神殿
島国であるオトジ国はちょっといびつなダイヤ型をしていて、数字を冠する四つの大きな神殿は、四つある角の部分あたりにそれぞれ位置する。
第一神殿があるのは首都。信仰の中心である中央神殿の別名が第一神殿だ。騎士団の結成は首都近くで行われるけど、第一神殿に祈りを捧げるのは一番最後。結成の宣言が行われたあとは、首都から左回りに国を回る形で、第二、第三、第四神殿の順に訪問して最後に首都へと戻ってくる。
首都を出発した白銀騎士団は、馬車でゆっくりと最初の目的地を目指す。
道中でも街や村を手分けして訪問しながらになる。人によってルートが違うので、チドリと顔を合わすことはなかった。アルベールたちとは訪問場所が被ったことはあったけれど、会えばいつでも腹の探り合いなんてこともなく当たり障りのない会話をしただけだ。
なぜか私専属とばかりについてきてくれたエリカとイヴォンヌのおかげで、馬車の旅は思っていたより楽しかった。自分がすべきことを少しだけ脇に置いて、ただ目の前の楽しいお喋りに興じれるのって結構いい。
物語がスタートしてやることがはっきりしている今のほうが、常に神経をとがらせる必要もなくて開放的な気分だった。
先のことを考えれば、二人がずっと私と行動するのはよくない気はする。いずれは距離を置いたほうがいいだろうけど、まだその時期じゃない……。
そうして出発から数日後。ようやく第二神殿へとやってきた。
私が彼らに積極的に関わっていくべきときは案外限定されている。その大事なタイミングの一つが今日だ。
宿泊場所に到着してすぐ、第二神殿の神官長から神殿内部をあらかじめ案内したいと使いがきたとき、私は二つ返事で承諾した。
「こんな大きな神殿の中を見て回るの、初めて!」
チドリが背後ではしゃいだ声を上げている。
「俺の国でいう神殿とは、だいぶ違う造りだな」
ユウの興味深そうな呟きも聞こえる。
オトジ国では、神殿と言えば大きな広間を持った石造りの城が大抵だ。歴史あるものほど何かが潜んでいそうな雰囲気があり、人々はよくわからない怖さを覚える。同時に、人ならざるものが宿っていることをありがたがる。
前世で生きていた国だと、こういう建物は外国のおとぎ話に出てくる上流階級の住居というイメージに近かったように思う。
くすんだ暗い赤の絨毯が敷かれた廊下は、全員の足音を消してしまう。窓は小さく外の光があまり入ってきていないこともあって、全体的に薄暗かった。神殿の中は一人で歩き回りたくないという人がたまにいるけれど、昼でも隅にある暗闇が怖いと言われればちょっと納得だ。
「特別に先に見て回れるなんて、すごく得した気分。マツリのおかげかな?」
「別に私の力じゃないわ」
「いずれカルフォン家を担う方でしょう。あなたは。似たようなものですよ」
隣を歩くこの神殿の長である神官長が、妙な方向にフォローをいれた。黒いローブに身を包んだ初老の彼は、会った瞬間から私に対する態度があからさまだ。
「カルフォン家には、一部老朽化が深刻だった外壁の修繕にあたって、多額の寄付をいただきました。あなたには、寄付のおかげで私たちがどう助かったのかを知っていただきたいと思います」
「第二神殿の方々が感謝していたこと、おばさまには私からも伝えておきますわ」
特別扱いですよってアピールがすごい。
騎士団の代表に神殿を案内したいと言われたけど、有力者の娘にいい顔をしておきたいからだということは明らかだし、隠す気もなさそうだ。
他国の方にも文化を知っていただくために、といって選ばれた四人が私の婚約者候補たちなのも意図を感じる。
神官長にとって想定外だったのは、たまたまアルベールといたらしいチドリもくっついてきたこと。彼は私と男性陣四人だけを案内するつもりだった。
玄関ホールにチドリの姿を見たとき、どう断るかと神官長は困った様子だった。結局はアルベールを筆頭に他の三人の男性陣も同行を願い、最終的には私も後押しした。
物語通りなら、私まで味方しなくても最終的には折れてくれたと思う。だけどアルベールが妙にこちらの意図を疑うような発言を始めたので、中断させたかったのだ。私相手はいいけれど、神殿関係者相手に喧嘩を売りすぎてはだめだ。
ゲームに比べて、私や私に味方する人のことを妙に敵視している気がする。
今の私は、物語で描かれていたマツリに比べたらそう酷くないと思うんだけど……。よほど、情報として入手しているマツリ・カルフォンの評価が酷いのだろうか。デマとか流されてないかなとちょっと不安になる。
「このあと夕方から、皆さまに祈りを捧げてもらう広間です。鳥を模した装飾が多いのは、この神殿に祀られている神は、人間に鳥を介して加護を与えると言われているからです」
大きな広間に到着し神官長が説明する。椅子や机などはない、ただ広いだけの空間だ。彼の言葉通り、壁に鳥の模様が彫られていたり、彫刻や絵が飾られていたり、絨毯にも模様が織り込まれていたりと、大小さまざまな鳥たちを確認することができた。
「少し、自由に見て回っていいかしら」
「ええどうぞ。お好きなだけ」
許可をもらい、私は適当に眺めているふりで歩き出す。見上げれば天井の高い部分にも鳥たちの姿が見えた。
第二神殿に祀られているのは、伝承で白い聖女を守った白い騎士の一人――善神と呼ばれる神様の一人だ。
悪神と対をなして語られる善神たち。心根の綺麗な者が何かに困って救いを願えば、彼らの手は差し伸べられる。
そのうちの四人が、自らの身をこの地に眠らせ、守護神オトジによる黒い魔女の封印を助けているのだ。
壁に彫られた木から半ば飛び出るようにして作られた小鳥の彫刻を見つけた私は、そこで足を止める。
ゲームのストーリーだとここでのマツリは、チドリと、彼女を持ち上げる男性陣に対して大変いらついている。玄関ホールでの会話中に「チドリだって聖女に選ばれる可能性がある存在だ」みたいなことを言われたのが、特に気に障っているのだ。
物語でのマツリは自分が聖女になると信じ切っている。
婚約者候補たちにも結構強気な態度だ。多少酷い言動をしようが、カルフォン家のほうが優位に立っているので構わないと思っているフシがある。
「アルベール! この鳥、今日見かけたあの小鳥に似てるんじゃないかしら!?」
「うーん、もう少し羽の色は濃かった気がするけどな」
ちらっと視線をやると、チドリはアルベールと寄り添って壁にかかった絵に注目していた。
やっぱり、彼女はアルベールとの恋物語を紡ごうとしてるらしい。
アルベール以外の三人の男性陣も、それぞれ好きに広間を見て回っている。そのうちの一人が私に声が届くくらいの距離に来た。……私の知る物語通りだ。
ゲームだとチドリが誰と恋に落ちるかで、この広間で一緒に過ごす相手が変わる。例えば今みたいにアルベールとの恋物語なら、彼との会話が読める。その代わり、他の三人が誰とどんな話をしているのか知ることはできない。
ただ、チドリがどんな行動をとろうとも、誰と恋に落ちようとも、マツリはここで「ある相手とある会話をする」。この世界のためには、絶対になくてはならないワンシーン。
前世の私がすべての人物との物語を血眼になって確認していたおかげで、今、悪役令嬢マツリがどうすべきかわかる。
そろそろ、私がちょっかいをかけなくてはならない相手が話しかけてくるはず。ほら早く。
……と思ってるのに彼は話しかけてこない。
私はもう一度、チドリたちのほうを見た。今度は結構、がっつりと。
……でも話しかけてこない。
ここはチドリを観察する私に、「気にしてるね」とか言って絡んでくる場面なんじゃないの?
「俺の顔がどうかした?」
待ちきれずにユウを見ると、しっかり目があった。こちらを気にしてはいたようだ。でも絡んでこなかった。私が焦りすぎたの?
「何か……嫌みのひとつでも言いそうな気配を感じたから」
もういい。こちらから仕掛けよう。
「嫌みなんて言わないよ。聞いてみたいことはあるんだけどね。でも君相手に何か言うときは、ちゃんと観察してタイミングを見たほうがいいってアドバイスをもらったからさ」
「誰に?」
「さあね」
そういうことを言い出すのは物語の終盤、セルギイあたりに感化されてのことじゃなかったっけ。なら、セルギイに言われたのかな。
「聞きたいことがあればさっさと聞いてよ。観察なんて失礼だわ」
「あんまり失礼だと思ってなさそうだよね……。怒っている感じが全然しないし。本当、予想してたのと違うな」
「そういうの、わざと口にしてる?」
悪いけど挑発には乗らない。乗ったふりはするけど、実際に煽られるのはユウの方でなきゃだめだ。
「アルベールとチドリの二人を私が気にしているところ、観察していたんでしょ。あなたが聞きたいだろうことに答えてあげる。別に私は、チドリのことをライバルだとか思ってないわよ。恋愛的な意味でも、この封印祭に関わることでもね」
「わざわざ否定するのは、実際にはライバルだと思って気にしてるからじゃない?」
「家柄を考えれば、婚約について気にする必要はないでしょ。聖女に選ばれるのだって、きっと私だもの。気にするだけ無駄よね?」
そう言って笑ってみせると、さすがにユウは呆れたようだ。不快そうに眉をひそめるから、私は内心でよしと意気込む。
「裏工作が済んでるよって宣言かな?」
「悪いことを考えている者は、神様からの使いの鳥に拒絶されるんですって。……でもこの通り、触っても何も起きないわ」
目の前の作り物の鳥を撫でる。こぶし二個分ほどもないその鳥は、くちばしに咥えた小さな枝をこちらに差し出すかのように頭を向けていた。
「ただの像だろ。ずいぶん、おめでたい考えしてるね。妙なところは子供っぽい」
「あなたも触ってみたら?」
ゲームだと、マツリはこのあとこう続けるのだ。
『それとも、汚職政治家の息子は怖くて触れないかしら?』
どこからかそういう噂を得ていたマツリは、そう言ってユウを怒らせる。実際、ユウの父親は彼がオトジ国へ出発する直前に汚職疑惑をかけられていた。真相は不明なまま、彼はこの国へやってきた。
「……なに?」
「いいえ」
黙ったまま見つめる私に、ユウが怪訝そうに訊ねる。
私も物語のマツリ・カルフォンと同じ言葉をぶつけることはできる……けど。
「それより鳥には触れないの? 何か心当たりでもあって怖いのかしら。ないなら、その証明として触ってみせてよ」
これで無理だったら、言おう。
祈るように反応を待っていたら、ユウが鳥の像へと手を伸ばしてきた。
そのままくちばしに彼の指先が触れ――
瞬間、当たりが眩しい光に包まれた。
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