フィネ
オステン工房
一話完結
フィネは風に揺れる草のような人だった。
どこが、と言われてもよくわからない。ただ、彼女を思い出すとき、僕は風に揺れる草を思い出す。風にそよぎ、さわさわと揺れる緑の草や白い花、その草原のことを。
僕はフィネのことが好きだった。
「知ってる? ここに吹いてくる風はね、ずっとずっと、遠い北の国からやってくるのよ。三つの国と、いくつもの町をこえてやってきた風」
麦藁帽子を片手でおさえながら、フィネは楽しそうに言った。
僕は風がどこからくるのかなんて考えたこともなかった。そんなことに意味があるのかもわからなかった。でも彼女は違った。
この村一番の大きな屋敷で、彼女は風の行方を考える。そうして丘の草原へ出てきて想いを巡らせるのだ。風が見てきた北の町のことを。
夏の太陽が黄色く光る。遠い北からの風も、この村にくる頃には冷たさをなくし、わずかな涼しさだけを運んでくれるのだ。
風に木々がそよぐ。草が揺れる。そして、僕の横にはフィネがいた。
フィネと初めて会ったのは夏の初め、この丘でだった。丘の上には小さな僕の家が、丘の下には大きな彼女の屋敷があった。この丘から村のほとんどが見渡せるのだ。
「キミは素敵なところに住んでいるのね」
彼女は僕にそう言ったことがある。僕の家は貧しいし、建物も粗末だ。立派な家や教会がある村の中心からこの丘は遠い。住むのは貧しい人間だけなのだ。だけど彼女は気兼ねなく、心から素敵だと言ってくれた。それが嬉しくて僕は笑った。
フィネはもういない。この村から遠い、大きな街の、大きな屋敷に嫁いだのだ。
僕は丘に座って遠い空を眺める。風の音に耳をすませる。三つの国と、いくつもの町を越えてやってきた風。
いまはひとりで、僕はこの丘にいる。木々がそよぎ、草が小さく揺れている。
フィネ オステン工房 @ostenkoubou
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