第20話

 フォルダ内に並ぶおびただしいファイルの数。


 それが、少女たちが戦ってきた履歴だった。


 ミッションは世界各地で行われ、合計一三人の(本人たちなら一三体と言うだろう)兵器少女たちが投入され、人類の存亡を賭けた戦いを繰り広げている。


 合計一〇〇〇回を予定されているミッションの三二八回目。


 今まさにそこにいる青年、慧也けいやは、このファイルの全てを精査しようと、パソコンとプリンターをフル稼働して資料統計に当たっていた。


 ミッションエリアや投入兵器、敵方のゾイノイドの種類など、より正確な情報と膨大な数が、いくつかのおぼろげな全体像を浮かび上がらせてきた。


「……敵方のゾイノイドには入れ替わりがある。こちらにはない。しかも、細則で投入人数が一三人と決められている。一三人……何か意味があるのか?」


 慧也は頭を振り絞る。


 一三。


 西洋では忌み数として有名だ。北欧神話でもキリスト教でも、一三番目に訪れた者が災厄を生む。


 日本では殺気の数と言われることもある。


 一部では吉数として扱う地域もあるようだが、総じて評判のよくない数字ではある。


「もしかして、悪魔の一ダース(デヴィルズ・ダース)、か?」


 兵器開発の天才とは言え、それは知識が偏っていることを意味してはいない。あらゆる知識造詣が兵器の機能美につながる。慧也はジャンルを問わず、あらゆることに興味を持つ性質だった。


 一三という数字の持つ意味も、多方面からの知識により補完できる。


 悪魔のダース、とは、ロシアに伝わる悪魔召喚儀式に、一三人の魔女が必要だ、というものだ。


「一三人の魔女と、一三人の兵器少女……」


 奇妙な符合だ、と慧也は考える。


 どちらにしろ、フェデラーの考えていることはルールブックからもわかりがたかった。そもそもが不確実な事柄を精査している暇はない。慧也は客観的な統計資料作りに没頭することにした。


 こいつは大変な作業だ。


 そう思いつつもすでに一〇時からこもりきりで四時間が経過していた。


「おっと、いけない。お昼を忘れていた」


 ふと現実に舞い戻り、慧也は部屋を出た。すると、戸際の椅子に深月が座っていた。一応部屋の外で警護に当たってくれているのだ。


「お、慧也っち、休憩?」


「あ、ええ。お昼忘れてたなって。深月食べたの?」


「藍那っちが来てくれたから、飯には困んないね~。美味いし」


 屈託のない笑顔を見せる深月は、慧也にはとても兵器には見えない。たとえ右目の実態を知ろうとも、過去の話を聞こうとも、彼女は立派な人間だ。ただ、見かけ中学生の容姿ではそれすら忘れてしまいそうなほど愛らしい。


「ちょうどいいや。ここまでの経過と一緒に聞きたいこともあるし、一緒に来て欲しいんだが」


「もち。あたいの仕事は君の警護だかんね。離れるわけにゃいかない。なんならベッドの中まで行っちゃうよ~?」


「い、いや、それはちょっと勘弁。ただでさえ明日香が来るのも落ち着かないのに……」


「あ、そっか、一陣の明日香っちが既にベッドイン! くーっ! ちきしょー! なんなら三Pでもいいよ、あたいは」


「ち、違うって! 何の話をしてるんですか!」


「冗談だって。あ、いや、半分本気だけど。そんなウブだから藍那っちに遊ばれんだよ」


「う……」


 そんな会話をしながら待機室に到着すると、藍那は何やら本を読んでいた。二人に気づくと本を閉じ、笑顔を向けてくる。


「慧也はん、お昼か?」


「あ、ああ。そうだけど……」


「オッケー。なんか作るわ。座っといてな」


 別に食事係をしてもらおうとは思ってないけど、と思いつつ、その好意は嬉しくて慧也は席に着く。


 ふと、藍那が読んでいた本を手にとって、パラリとめくった。


 ごくありふれた青年少女のラブコメものだ。かわいい挿絵が入った、ジュブナイル向けの小説だった。


「またこーゆーの読んでんな。オタクだよなあ、藍那っち」


「うわっ!」


 横合いから覗き込んできた深月にびっくりする慧也にかぶって、藍那の絶叫が響く。


「こ、こらーっ! 勝手に人の読んでる本開くんやないーっ!」


 料理の途中でもお構いなしに、本をひったくりに来る。ちょっと恥ずかしいのか顔を真っ赤にして。


「ど、どーせウチは腐女子ですよ! こんな世界に生きてても、それなりに普通の女の子の幸せには憧れんのや! 悪いかっ!」


 非日常に生きる彼女たちが、非日常のラブコメを読みながら日常に思いを馳せている。それは、とても切ない願いに思えた。それを笑うことは慧也にはできない。


「おかしくなんかないよ。それでいいと思う」


 慧也は小さく微笑んだ。藍那はひとしきり狼狽し、さらに顔を紅潮させた後、本を持ったまま料理に戻る。


 日常。


 その何の変哲もないことが、今や果てしなく遠く感じる。慧也でさえそうなのだ。長く戦い続ける彼女たちが、その渇きにいつまで耐えられるのか、不安は心の表層を滑り降りていく。


 慧也に戦闘は無理だ。だが、頭を使うことなら人より少し上を行ける自信があった。突き詰めよう、何としても。慧也はさらにその思いを強くしたのだった。

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