旅路

アトリビュート

愛はある と


わたしには理解できないことがある。

ヒトという生き物は、頭が良くて、優しくて、愛という感情を持つことができる。

そのくせ、欲張りで、モノを簡単に手放す。

本で読んだ。

映画で見た。

歌で聴いた。

愛は消えないものだって。

一生かかっても消えて失せないものだって。

消したくても消えないものなのだと。

消そうとすら思わないほどのものなのだと。


私の飼育員にはつがいが既にいた。

飼育員はよくこう言ってわたしに自慢したものだった-「俺と彼女は愛し合っているからね」と。

素敵だと思った。


わたしは好きだ、ヒトが持つ愛という感情。

この体になってから、愛を理解した。

別に知っているわけではないのだが。

ただその概念を理解しただけなのだから。


『愛があれば〜

『愛の力が私たちを〜

『僕たちの愛が導く〜

わたしたちはよく歌う。

歌詞の意味はわかる。

歌詞の中身は知らない。

それは全くの夢物語で、体験する事は決してない。

ヒトたちはそれを知っていながら、わたしたちの歌を好み、口ずさむ。


でも、本当に愛はあるのだろうか。


あの日、飼育員は言った。


「俺さ…浮気されてて…フラれちゃってさ…あーあ、もう何もかも嫌になってきちゃったよ」


緑の帽子を深く被っていても、その目の腫れ、潤み、悲しみを隠し切る事は出来ていなかった。


「フルル…俺のどこがいけなかったんだろ…」


時にヒトは、自らの悲しみを他のヒトに現す。

ヒトはそれを哀れむ。

怖くて堪らないのだ。

もしも、自分一人だけがこんな経験をしているのだとしたら?

自分一人だけが世界で愛を受けていないと知ったら?

耐えられない。

自らの形を保つことすらままならなくなる。


わたしには愛がわからない。

わたしたちはつがいを作ったら一生添い遂げる。

ヒトにも珍しいことではないようだが。

その形はヒトによって違う。

騙し騙し生きていても、愛だ愛だと自分に言い聞かせているものは一種の諦めだった事もある。


「どうせあの人には何言ってもムダだから」


愛は許す事なのだろうか。

愛は諦めなのだろうか。

愛は狡賢く欺く事なのだろうか。

そんな『愛』を持ったヒトたちが、生まれて産んで死にを繰り返している。

愛という言葉で誤魔化しをきかせている。


「わたしね、わからないの。なんでヒトはつがいを作ってそのままでいないんだろうって。生まれて、産んで、死んでを繰り返すだけなのに、なんで子供を作って種を残すためだけなのに、他のヒトが気になってあっちこっちに行くんだろうって」


それは愛なのだろうか。

愛というハリボテの概念だけが存在したのではないだろうか。

愛という絶対的宗教。

愛という歌。

ありえないフィクション。

空を飛ぶペンギンのようなもの。


「だって生き残るのに不利でしょう?パートナーと添い遂げた方が子供を残しやすいと思うし、わたしたちはそうしてきたし」


ヒトは欲深い生き物だ。

生殖だけでは飽き足らず、感情までも貪る。

愛という絶対宗教は時に人を狂わせ、幸せの幻を刹那に映し出す。


もちろん真実の愛に生きるヒトが存在する事も分かっている。

ただ、その関係性を表す言葉が愛しかないのであって、完璧な愛ではないのだ。

完璧に愛し合ったオスメスですら、他の異性に欲情する事もある。

愛という概念を証明できるものがない。


何世紀もの間、積み重ねてきた。

この世にある数字で表せない長さの悠久の時を旅してきた。

それなのに、まだ愛はいない。

まだ神に会うことができない。


「フルルね、分からないの」


愛はある と 本当は誰も言えない

そしてまた 途方もない旅をしていく

愛という神を探して

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