第12話 交通の要所ケンディム

 マヴィアナ国北部の中心都市、ケンディム。ここはマヴィアナ国でも五本の指に入る大都市で、北部の物や人が集まる街なのだとおば様が教えてくれたわ。


 ノルデオもかなり大きな街だと思っていたけれど、マヴィアナ国の中では小さな方だったのね。このケンディムは、王都に慣れている私とカリオですらびっくりするくらいの喧騒に包まれていた。人々の顔が明るいからか、それとも物が溢れているからか、パンデリオの王都よりも華やかに感じるわ。


 完全に気圧されているのはルシオンとクシェだ。クシェなんて、ルシオンの背中にそっと隠れてしまっている。


 だけど、こんなに人が多くて広い街で、どうやって魔導車の情報を探せばいいのかしら?


 悲しいことに、私たちの中に街歩きに慣れた人は一人もいない。私とカリオは王都に慣れているとはいえ、供もつけず歩き回ったことなどあるわけがないわ。ルシオンとクシェは、そもそも辺境育ちで街そのものが未知の世界のはず。


 参ったわね、ノルデオではおば様がすぐに助けてくれたから、意識していなかったわ。


 四人で途方に暮れていたけれど、いつまでも道の真ん中を占領しているわけにはいかない。とりあえず、ということで、同じように街の外から来た人たちと同じ方向に歩き始めた。



「どうしましょうか、ひめ……、お嬢様」



 さっそく間違えているカリオが頭を抱える横で、ルシオンが辺りを見渡す。



「乗り合い馬車みたいなものなんですよね? だったら、乗り場があるんじゃないですか? 人が集まってるかもしれません」



 あら意外。ルシオンがまともなことを言ってるわ。これにはクシェもびっくりしてる。



「ルシオンってば、よく分かるね」


「勇者の選抜試合に参加する時に、馬車を乗り継いで王都まで行ったからね」



 なるほど、確かに言われてみれば、ルシオンは一度似たような旅をしているのね。でもそれ、こんな誰が聞いてるかも分からない往来で言わないで。


 案の定クシェに小声で怒られたルシオンは、体を小さくして謝った。



「まあ、いいわ。それじゃ、人が多い場所を探してみましょうか」



 だけど、私が本来の口調で話した途端、三人が揃って微妙な顔をした。何よその反応は、さすがにちょっと傷つくわよ。






 人が集まる、といっても、ケンディムにはまず人の数が多すぎる。どこを見ても人、人、人。街並みを眺める余裕さえないけれど、お陰で人々が豊かなことがよく分かったわ。視界に入る人、皆が血色のいい顔をして、ちゃんとした服を着ている。どこも汚れたり、ほつれたりしていない。市場で野菜を値切りに値切っている主婦だってそうなんだから、マヴィアナ国は本当に生活水準が高いのね。


 もちろんそれは、魔法があるからこそ、なのでしょうけれど。魔法のお陰で最低限の暮らしが保証されてる、って感じ。


 だけど、魔法には魔法の厄介なところもある。


 周りに合わせて足を進めていた私たちの耳に、大きな爆発音が聞こえてきた。まずルシオンが走り出して、警戒を強めたカリオがぴったりと私の傍につく。クシェは慌てたようにルシオンについて行った。


 周りの人たちも、なんだなんだと騒いで音のした方へ流れ始めた。



「お嬢様」


「行ってみましょう」



 二つ先の角を曲がると、石造りの集合住宅らしき建物の壁が大破し、面した通りに瓦礫が散らばっていた。中にはタンスや机の破片みたいなものも混じっている。


 先行していたルシオンとクシェは、後から来た私たちに気付くと強張った顔を向けてきた。



「……子供が魔力を暴走させたんだって、誰かが言っていました」



 クシェが暗い声で呟く。


 大穴のあいた壁からは、中の住人が顔を出してぺこぺこと頭を下げていた。その腕に抱かれてむずかっているのは、小さな赤ん坊だ。



「すみません、すぐ直しますから! うちの子がすみません!」



 謝っている母親に、一人のおじさんが近づいた。周囲の惨状を一瞥し、無惨に崩れた壁をじっと見る。クシェが思わず、と言った様子で不安そうな声を漏らした。


 気難しそうな顔のおじさんは、母親の前に立つと深く息を吸い込み、



「あっははははっ! こりゃあ盛大に吹っ飛ばしたなァ!」


 豪快に笑い声を上げた。



「申し訳ありません、大家さん。すぐに片付けます」


「いや、いいよいいよ。こっちでやっとくさ。あんたは子供を見ててやんな」


「でも……」


「赤ん坊は泣いて魔力を暴走させて、家を吹っ飛ばすまでが仕事さ! しかしこの規模はなかなか珍しいなァ。もしかしたら、坊主は大物になるかもしれねェな! きっと魔力もデカいぞお!」



 気のいいおじさんは、赤ん坊を抱いた母親の肩をべしべしと叩き、ついでに赤ん坊の頭を優しく撫でてから腕を一振りした。



「スタトレ・パラーレ」



 散らばった破片や木屑が宙に浮き、みるみる元の形に戻っていく。すごく繊細な修復魔法ね。


 野次馬をしていた人たちも、それぞれ母親に「元気でいい子を産んだなあ」「将来有望な子ね」「暴走が多いなら、肌着を変えてみたら? うちはそれで収まったよ」などと優しく声をかけている。


 赤ん坊が魔力を暴走させるのは当たり前。そんな空気。私は、クシェと初めて会った日の会話を思い出していたわ。


 魔族の取り換え子が、家一軒を吹き飛ばしたって話。だけどそれは魔族からの攻撃なんかじゃなくて、魔力を持って生まれた赤ん坊がただぐずっただけなのよね。少なくとも、このマヴィアナ国では。


 自分たちの信じていたことが過ちだったと気づいたとき、彼らは何を思うのかしら。



「行きましょう、私たちがここにいても仕方ないわ」



 爆発音で集まってきた人たちも、徐々に散り始めている。私は突っ立っている三人に声をかけて、元の道に戻ろうと踵を返した。そのすぐ横を、背の高い痩せた男が走り抜ける。



「った!」


「あぁ、すまん!」



 随分と急いでいるらしい男は、ルシオンにぶつかるも立ち止まらず、短い謝罪だけ残して去っていった。さすがに転んだりよろけたりはしなかったけど、ぶつかられたことにいい気はしなかったらしいルシオンは、男の去った方向を見て小さく悪態をついた。



「なんなんだ、あいつ」


「……おい、ルシオン殿」



 カリオが突然、低い声を出した。



「なんですか、そんな怖い顔して」


「今、何か盗られなかったか」



 全員が一斉にルシオンを見た。表情を変えたルシオンは、慌てて懐を探って蒼白になる。



「ま、」


「ま?」


「魔石……、ないです……」



 この場で誰一人として叫ばなかったことを、誰か褒めてほしいわ。リダールなら褒めてくれるかしら……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る