開店10周年記念のお祝い②
「宣伝準備はどう? 進んでるかしら?」
「勿論です、手落ちなく行えております」
「フェスティバルの準備も同様かしら?」
「はい」
店長のカミーラの質問に淡々と答えたのは、第3ウェイトレス長のサレンだった。
開店10周年記念フェスティバル開催決定から早一ヶ月。開催に向けての準備が着々と進んでいるダンサブルングの酒場だが、当然のことながら毎日の開店準備にも抜かりはない。
特に、第3ウェイトレス長のサレンが率いるウェイトレス達は、手堅い手腕で仕事を行うことに定評があり、カミーラ、レセカナの2人からの信頼も厚い。
第1ウェイトレス長のメルルと、第2ウェイトレス長のカレルより若年の19歳である為、ウェイトレスとして、また彼女達の取り纏め役としての閲歴の面では2人に劣っているが、それでも、先述の2名のどちらかが統括役に就任した場合、その次の世代の統括役として期待されているのが、このサレンである。
紺色のセミロングでやや外ハネの髪と、黒縁の眼鏡がトレードマークで、普段からクールな性格の彼女には、まるで大企業や大商人の秘書のような佇まいがある。そんな彼女が率いる第3ウェイトレスグループは、フェスティバルに向けての店の宣伝を任されていた。
「ふふっ、流石ねサレンちゃん。この調子で引き続きお願いね❤」
カミーラはパイプをくゆらせながら店の奥に引っ込んだ。
「やっぱりあなたは凄いわね、サレン」
するとカミーラと入れ違いに、穏やかな声を出しながら2階から真紅の髪に青のメッシュが入ったボブカットの女性が入って来た。第4ウェイトレスグループ長のメリッサである。
「メリッサ、あなたの方はどうなの? 店の飾りを任されているのは、貴方のグループじゃなくて?」
「必要な量の装飾品の手配も終わってるし、飾りつけのデザインの草案を、昨日レセカナさんに提出したわ」
「相変わらず仕事が早いわね、あなたは」
そう言いながら口元に微笑をたたえるサレン。メリッサもサレンの同期であり、サレンにとって一番意識している、言わばウェイトレスとしてのライバルである。
ただサレンが彼女に抱く感情は、メルルやカレルのような極めて濃密な関係性というよりかは、対等なライバルとして意識というものである。
「それにしても、サレンったら相変らずの自信家ぶりね。凄いと思う反面……」
「ムカつく?」
「いいえ。可愛いって思ってるのよ❤」
「なっ⁉」
と、不意打ちの如きメリッサの言葉に顔を真っ赤に染めるサレン。
「あなたったら……」
戸惑いで目をウルウルさせながら言葉を返したサレン。メリッサのこういう接し方も以前からのことだが、そう簡単に免疫はつかないものだ。
「ふふっ、相変わらずサレンの照れた顔、可愛いわね❤️」
「戯れも程々になさい。1ヶ月余裕があるからってそういうのは......」
「この酒場では良くあることでしょう?」
「それはそうだけど......」
サレンはこの酒場では珍しく、女子同士の情事には疎い方だ。偏見がある訳ではないが、自ら進んでそこに入ろうと思ってはいない。
「あなたはこういうの興味はないの?」
「今のところはないわね。私はこの酒場でウェイトレス長としての職務に励むだけよ」
「ふぅ〜ん?」
そう言いながら迫るメリッサ。
「な、なによ......」
「そういうウブなとこ好きよ❤️」
「だ、だからぁ....../////」
照れてその場に
ちなみにメリッサは女性との深い関係に興味津々、というよりは積極的だ。部下のウェイトレス達との関係性も熱々で、第4ウェイトレスグループは、実質彼女のハーレムと称しても良いだろう。
「そ、そんなことより、あなたのとこも今日の仕事があるんでしょ? グループの子達と一緒にやるべきことを済ませたらどう?」
「ふふっ、そうね。フェスに向けてだけじゃなく、毎日の仕事もしっかりしなきゃだったわね❤️」
「まったく、あなたといい第4グループの子達と来たら......」
呆れるサレンだが、メリッサが仕事のできる素敵な女性というのを誰よりも知ってるので、まぁいつものことか、と考えていた。
「じゃあ私はグループの子猫ちゃん達のところへ戻るわ❤️」
「そ、そうなさい。私も仕事をしっかりと取り組まないといけないし......」
「じゃあ、サレンに元気が出るよう、私がおまじないをやってあげるわ❤️」
そう言いながらメリッサはサササッとサレンの右側に移動し、彼女の頬にちゅっと口づけをした。
「〜〜〜〜〜〜//////」
言葉にならない奇声をあげるサレンだが、メリッサはす自身の仕事場のある2階へ続く階段の踊り場にいた。
「メ、メリッサ⁉︎」
「じゃぁね〜❤️」
ウインクを1つ、サレンに投げかけてそのまま上へと上がっていってしまった。
「も、もうっ//////」
照れと恥ずかしさと困惑の渦中に巻き込まれたサレンだが、不思議と嫌悪感は抱かなかった。
(どうしてだろう。拒否感が一滴も生まれなかった。むしろ心地よくてポカポカして、できれば唇に……って、あれ? 私もしかして……?)
サレンはまだ自覚していなかったが、彼女がダンダブルングの酒場の乙女達と同様の道を辿るのは、時間の問題だろう。
そして同時に、フェスティバル開催の時期も、刻一刻と迫っていた。
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