あれがあなたとの出会いだったわね……。
「ルチア先生っ! 今日の私の舞、どうでしたか……?」
「そうね~。もう少し身体の軸をしっかりしてみるといいと思うわ」
「身体の軸、ですか……」
昨年入ったばかりの18歳の踊り子・シルクは、先輩の24歳の踊り子・ルチアの指摘を真剣に聞いていた。緑を基調とした踊り子衣装に身を包み、深緑色の肩まで届く髪と、逆に明るい緑色の瞳、宝石のように美しい輝きを放つ白い肌が特徴的なシルク。その真剣さは、眩い輝きを放つ緑色の瞳からも感じ取れた。
「でも、前よりは優雅さがあったわ。問題点を克服すれば、より良い舞になるわ」
「はぁ……‼」
と、ルチアの励ましの言葉に、シルクは満面の笑みで彼女の顔を見上げた。
ルチアは今年で踊り子歴7年目のベテランで、実力は勿論、後進の育成にも力を入れていることで有名なのだ。
指導は厳しいが、指定した目標を成し遂げた時は非常に優しく包み込むように褒めてくれる。無論、その上で次のステップへの目標を指定するので、厳しすぎず甘やかしすぎずの、非常に優れた指導者である。
指導力も、現在新人6人の指導をしている踊り子達の中でも随一と言ってもよく、同僚達もルチアのような指導力を身につけようと、日々切磋琢磨している。それがダンサブルングの酒場の踊り子達の舞の美しさにも繋がっている。
ルチアも、褐色の肌に赤みがかったボブカットの髪に、まるで夜の闇のような美しさと艶やかさを兼ね備えた漆黒の瞳を持つ美女である。紫を基調とした踊り子衣装に身を包んだ彼女の舞も、人気と魅力の理由である。
「今夜はお疲れ様。今日は身体をゆっくり休めてね」
「はいっ! お疲れ様でした!」
そう言いながらシルクは礼儀正しくルチアにお辞儀をして控室に戻っていった。
(成長したわね。確実に一人前の踊り子への階段を上っているわね。先輩として、嬉しい限りだわ……)
ルチアはふとそんなことを思いながら、シルクと出会った1年前のことを思い出した……。
――――――――
ダンサブルングの酒場では、最初から踊り子やウェイトレウスになろうと思って入った者だけではない。運命的なめぐり逢いを経て、この酒場の踊り子やウェイトレスになった者もいる。
シルクもまたその1人で、元々は彼女は姉がこの酒場に気に入って出入りしていた縁で良くここへ来ていた客だった。この国で酒が飲める年齢が18歳であり、1年前、当時17歳だった彼女はまだそれを嗜むことが出来る年齢ではない。しかし、女性であれば姉妹で来る客もいる酒場なので、酒以外の注文は許されている。
「凄い……綺麗な踊り子さん……」
「でしょ~? ここの酒場って料理もおいしいけど、踊り子さん達の踊りもすっごく綺麗で色っぽくて、はぁ~❤ 女だけど惚れちゃうわぁ~❤」
シルクの10歳年上の姉・ロロリナは恍惚した表情で身体をくねらせながら夢中で魅力を語った。週の仕事終わりと2連休の最初の日に必ずこの店に来るのだが、今回は初めて妹を連れて来たのだ。妹にもこの店の魅力を知ってもらいたいからというのが理由なのだ。
「特に私のお気に入りの踊り子がいるのっ!」
「誰なの?」
「あのちょっと焼けた肌の踊り子さん。ルチアさんっていうんだけど、踊りも素敵だし肌も茶色に焼けてて綺麗だし、胸も大きくてお尻もキュッとしてて~❤」
「お、お姉ちゃん……?」
急に早口で悦に浸りながら魅力を語り始めたロロリナに戸惑うシルク。普段からフランクに接するのだが、ここまでテンションの高いロロリナの態度は初めてだった。
「あらあら、ロロリナったら相変らずねぇ~」
そう言いつつ店の奥から青銅色のパイプを手に出て来たのは、店長のカミーラだった。
「だってここの踊り子さん達ったら可愛いですものぉ~❤」
「お、お姉ちゃんったら……」
「そちらって妹のシルクちゃんね。いつもロロリナから話は聞いてるわよ」
姉の態度に戸惑うシルクに、カミーラは落ち着いた態度で尋ねた。
「そ、そうなんですか?」
「ええ。ロロリナの言う通り、とっても可愛いわね❤️」
「そそそ、そんなこと//////」
突然の賛辞に、シルクは頬を真っ赤にしてアワアワした。シルクでなくとも、ルチアのような美女からそんなことを言われれば、どんな女の子だってこうなるだろう。
そんなことを思っているなどつゆほども知らないロロリナは、2人のやり取りを氷で割ったウイスキーを呑みながら微笑んでいた。
「それにスタイルもいいし……」
そう言いつつ、シルクをまじまじと眺めるルチア。
「あ、あの~?」
「あなた、この店で踊り子として働いてみない?」
「……」
しばし流れる沈黙。
「えぇぇえ~~~~~~~⁉」
「凄いじゃないシルクっ! スカウトよスカウトっ!」
驚きと戸惑いであたふたするシルクに、ロロリナは興奮気味にそう言った。
「な、ななななっ、何でですかぁ~⁉」
「あなたとっても可愛いしスタイルもいいし、この酒場で踊り子としてやっていく方が似合ってると思うんだけど……」
と、ルチアはかなりノリノリでシルクに迫る。
「私もシルクが踊り子をやってるところ、見てみたいなぁ~。あなた、運動神経は結構いい方じゃない」
「で、でもでもぉ……」
頬を染めていた赤色が顔全体に行き渡り、シルクはそのまま黙り込んでしまった。
「ごめんなさいね。でも確かに、私もシルクちゃんが踊り子をやってる未来が見えるわ。勿論、無理だったら無理って言っていいわよ」
「うう~ん……」
カミーラにそう言われて言葉に窮したシルク。結局この日、彼女は具体的な答えを出すことのないまま、姉と共に店を出た。
――――――――
シルクが再びダンサブルングの酒場に来店したのは、それから丁度1週間後のことだった。この日の彼女は姉を伴わず、1人で来ていた。
「ロロリナが来ないなんて、珍しいわね」
「お姉ちゃん、昨日からお仕事が忙しくて、今日は休日出勤なんです」
「そうなのね~。でも確かに、昨日はいつもよりお客様が少なかったわね」
ルチアはその発言に納得した。ダンサブルングの酒場のある街・メドヴァイスでは、季節の変わり目となると商人や企業がその時期を狙った大売り出しを行う。
冬から春の季節の変わり目であるこの時期も、大企業で営業をしているロロリナはその一人としてこの日も働き詰めなのだ。
一方この時期、通っている女子校の卒業を控えているシルクは春休みなので、姉よりは自由に出歩くことが出来る。ダンサブルングの酒場は、15歳以上の女性であれば単独での来店もでき、彼女のような学生も出入りは許されている。
「それでシルクちゃん。先週のこと、やっぱり悪かったかな?」
「いえ、今日はそのことをちゃんと伝えに来たんです。お姉ちゃんとも相談して、決めました」
「そう……それで?」
「……私も、ここで踊り子として働きたいと思います」
真剣な表情で答えたシルク。
「この酒場に来て、ルチアさん達の踊りを見て、どこかで惹かれている自分がいました。踊り子をやってみないって言われて戸惑いましたけど、自分でもやってみたいって気持ちは、日を追うごとに大きくなりました」
「それで、自分もやってみようって思ったのね?」
「はいっ!」
「ロロリナから聞いてるけど、休み明けから大学に行くことになってるみたいだけど?」
「通いながらここで働きたいと思います」
「確かに、学生としてここで働いてる子はいるわ。かなり結構大変になるけど、大丈夫ね?」
「はいっ!」
まっすぐな瞳でルチアを眺めるシルク。
「いいんじゃないかしら~。シルクちゃんの決意も固いみたいことだし」
そう言いながら店の奥からカミーラが微笑みながら出て来た。
「そうですね。分かりました。シルクちゃん。あなたは春休み明けからこの店で踊り子として働いてもらうわ。それまでの間に色々と準備があるから、その旨もちゃんとロロリナにも伝えておくように」
「はいっ!」
シルクは嬉しそうに元気よく応えた。そしてシルクは休み明けまでの間に、踊り子衣装の選定や、魔法によるへそピアスの装着と言った準備を整え、ルチアの指導の下、基礎的な踊りの特訓などを行っていった。
―――――――
(踊りを教え始めた頃はぎこちなさが目立ってたけど、それも少しずつなくなってきてるわね。これからも成長していって欲しいわ)
「ルチア、ルチア」
と、過去の回想に浸っていたルチアを、カミーラがポンポンと肩を叩いて現実に戻した。
「そろそろあなたの出番よ」
「そ、そうでしたわ。行ってきます!」
と、ルチアはカミーラにさわやかな笑顔を向けながらステージへと駆けだした。
「ふふっ、シルクのステージを見てて、あの子と出会った頃の思い出に浸っていたのね……これからもあの2人には、踊り子として元気でいて欲しいわね」
カミーラは慈母のような笑みを浮かべながら、いつも持ち歩いている青銅色のパイプを吸った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます