ダンサブルングの酒場の乙女達~美しき踊り子達とウェイトレス達の百合色の日々~

路地裏の本棚

貴方の分まで踊るわ❤

 商業の街・メドヴァイス。その町の一角に、ダンサブルングの酒場という男子禁制の酒場がある。そこでは高級なワインやウイスキー、美味な肴,そして年頃の踊り子達による華麗で妖艶な舞を楽しむことが出来る。特に、年頃の踊り子達の踊りはこの店の名物と言われ、多くの客が彼女達の踊りを目当てに足を運んでいる。


 男子禁制と言われるだけあり、踊り子は勿論のこと、店主以下、従業員に至るまですべてが女性のみなので、彼女達の中には当然、女性同士の深い関係を結ぶ者も非常に多い。ウェイトレス同士、踊り子同士、果てはウェイトレスと踊り子と、その関係性はさまざまである。


「メリン、あと15分で出番だから、そろそろ準備を始めちゃってぇ~」

「はーいっ!」


 メリンと呼ばれた踊り子は、この店の女店長・カミーラから舞台袖でそう呼ばれた。先月20歳になったばかりの彼女は酒場の踊り子になって3年目であるが、既に周囲からは一人前の踊り子として認められている。翡翠色の瞳に背中まで届くウェーブのかかった黄金色の髪が特徴的な彼女の姿は、どこか神々しさすらあった。


 ピンクを基調とした生地の薄く、お腹や脚を大胆に露出した踊り子装束が彼女のトレードマークである。そして露わになったへそには、ピンク色の宝石がぶら下がったへそ飾りが付けられている。へそ飾りは踊り子の証であり、入店と同時に魔法を使って付けられる。


「メリン」


 そんな彼女を、背後からソプラノの綺麗な声の女性が呼び止めた。


「ラメルナ……」


 メリンが振り向くと、ミニスカートとへそが見える程の丈の短い黒の女性用タキシードという店のウェイトレス服に身を包み、肩まで届く切りそろえられた黒い髪の美女・ラメルナがそこに立っていた。


「今日も素敵な踊りを期待してるわ」

「勿論よ。でもその前に……」


 そう言いながらメリンはラメルナに抱き着いた。


「ふふっ、そうね。私も丁度こうしてほしいって思ってたとこなの」

「本当、私達って思いが通じ合ってるわね……」


 お互いに頬を紅潮させながら囁き合う2人。20秒ほど抱き合った彼女達はそこで抱擁を解いたが、ラメルナの視線はメリンのへそ飾りに向いていた。


「……やっぱり、そのへそ飾り、とっても似合ってるわ」


 そう言いながらラメルナは右の人差し指で彼女のへそ飾りを触った。時に彼女のきめ細やかなお腹に触れつつ、ではあるが。


「そう言われるとありがたいけど、私はやっぱり……」

「やっぱり私の方が似合ってたって言いたいの?」


 ラメルナのその言葉に、メリンは言葉に詰まった。


「ふふっ、図星ね」

「もうっ、ラメルナったら意地悪……」

「ちょ、くすぐったいわ……//////」


 そう言いながら、今度はメリンがライメラの制服から露出するへそを人差し指でくすぐった。


「あなただって、脚を怪我しなかったら私以上の踊り子になっていたのに……」

「分からないわ。でも……あなたとずっと踊っていたかったのは確かよ。あの頃も、そして今も……」


 切なげな声で囁いたラメルナ。彼女はメリンと同い年で、ダンサブルングの酒場に入ったのも同じ年だった、言わば同期の間柄である。そしてその時はラメルナも踊り子として舞台に立っていた。


 ラメルナの舞は非常に芸術的で、ダンサブルングの酒場始まって以来の美しさを誇っていた。だが1年前のある日。彼女は練習中に足を怪我してしまったのだ。無理な練習が祟った為に起きた悲劇である。そして医師からも、今後は激しい運動は控えるようにという、事実上の踊り子としての未来にピリオドが打たれたに等しい宣告をされたことで、その踊りは永遠に失われてしまった。


 当時の彼女はその現実に打ちひしがれたが、その時彼女以上に涙を流したのは、他ならぬメリンだったのだ。


「あなたと一緒に踊っていたい。その思いでずっと踊りを磨いてたけど、結果的に自分の踊りを失うことになってしまった時は絶望しかなかったわ。あの時、メリンが隣に居てくれたからこそ、ここに居れるの」

「私だって悔しかったもの。あなたの踊りが見られなくなるのも、一緒に踊れなくなるのも……」


 少々暗い表情でそうつぶやいたメリン。彼女にとっても、同期にして一番の憧れの存在にして、ライバルでもあった彼女の踊りが失われたのは非常にショックな出来事であったのだ。


 しかし同時に、この出来事がそれまで同期としてライバル視し、切磋琢磨していた2人の関係を変え、そして急速に距離が近づいた。

 自分を一番近くで支え、時に喝を入れて立ち直らせてくれたメリンにラメルナは心を惹かれ、メリンもまた、もう一度彼女に笑顔になって欲しいという思いを抱き、徐々に意識していったのだ。


 それは、メリンの付けているへそ飾りが物語っているのだ。このへそ飾りに使われている宝石は、ラメルナが付けていたものと同じものだからだ。


「私が踊り子を引退した時に、このへそ飾りを外した。そしたらあなた、これと同じ宝石を使ったへそ飾りを作って来たわね」

「ええ。これからもあなたの分まで踊りたい。このへそ飾りを付けていると、あなたが傍にいてくれるって実感できるの」

「そう……」


 そう言いながらラメルナは、もうへそ飾りの付いていない自分のへそ周りを指でなぞった。


「ふふっ、やっぱりあなたのおへそも可愛いわね」

「メリンのおへそだって……」


 そう言いながら互いに指でへそ周りを触り合う2人。こういった戯れは、踊り子達やウェイトレス達の間ではよくあることだ。無論、それ以上の行為に及ぶこともある。


「カミーラさんには感謝してもしきれないわ。私にウェイトレスとしてあなたの傍らにいることを勧めてくださったんだもの」

「本当、カミーラさんには返しきれない恩があるわね。こうしてあなたと一緒に、いつまでも居れるんだもの……」


 ダンサブルングの酒場のウェイトレスの中には、踊り子を引退した者達もいる。ラメルナのように怪我を理由としたものや、年齢的な限界を感じて、というものまで千差万別である。

 そんな彼女達を見捨てないのがこの店の女店長、カミーラなのだ。メリンとラメルナのように、互いを強く思い合っているのであれば、彼女達の思いを第一に優先してくれる。そんな女性なのだ。


「メリン~。準備が出来たのならそろそろ出てきてぇ~。お客様が首を長ぁ~くして待ってるわよぉ~」

「は~いっ!」


 カミーラの少し低い、しかし色気のある呼びかけに答えたメリン。


「じゃあ、行ってくるわ」

「頑張ってね、メリン」


 そう言いながら2人は軽く口づけを交わし、メリンは舞台へと向かった。最愛の人、ラメルナの視線を背に、そして彼女の踊り子としての思いを、そのへそに感じながら……。

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