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ボクはこうみえて護身術が使える。それもおそらく、攻性の、護身術だ。数少ない子どもを、常在する低強度の危険から守るため、真に実のある護身術を習わせるのが親の教養の証明である
だからボクは他の、もっと一般的な護身術について詳しく知っているわけではないのだけれど、一般に護身術と呼ばれる
でも、意味が違った。
威嚇――距離を、間を、スペースを確保して、流れを自らに引き寄せるための、攻性の、悲鳴。
だからボクは、バカの潔い踏み込みと想起された過去の記憶に脅威を感知して排除すべくほとんど反射的に、刷り込まれた身体感覚をなぞっている。
――うわあああああああああ吼えながらボクは、拳を振るった。右の裏拳が、「アサダテツヤ」の性格がインストされたN・Oを持つアンチ/バカのあごへと吸い込まれていく。バカは声に驚いて目を見開いていて――――次の瞬間、ぐりんと白目をむく。かくん、とあごが落ちるように口をあける。裏拳はバカのあごを打ち抜いて、振り抜かれて、夕焼け空を一瞬だけ背景にして、体育座りの膝の位置に、戻っている。少し、手の甲が痛い。
白目をむいたまま、バカの顔がゆっくりとずれてメガネがずれ落ちて、身体もメガネを追いかける。力を失った身体も土手の傾斜にあわせてくずれて、転がっていく。ゆっくりと加速して、雑草の上をごろごろ転がっていく。一度大きく跳ねて、護岸のコンクリの上で停止する。動かない。水切りの、石投げのがきんちょが三人、あっけに取られたように、それを見つめている。近寄っていく。死んだんじゃねぇ、と言いあっているのが聞こえる。三人のうちのひとりがじゃんけんに負けて足を伸ばして、バカをつつく――バカの上半身がむくりと起き上がる。笑い出す。けたけたげらげら笑い出す。がきんちょが逃げ出す。自転車に乗ってがきんちょが逃げる。ぎゃあああああ悲鳴が遅れてがきんちょたちを追いかける。ぎゃあああああ叫んでバカが立ち上がる。ボクを見あげて「すっげ」とつぶやいたのが口の動きでわかる。メガネは当然ない。裸眼。しかし迷うことなく、片足でけんけんしながら土手をのぼる、こちらへのぼってくる。左足の、ジャージのすそがぷらぷらゆれている。身体の動きにあわせて前後左右にゆれている。だからけんけんしてのぼってくる。板を片方なくしたスキーヤー。そんなイメージ。バカは途中で足を、びっくりするぐらい白い左足を拾う。その時になってようやくボクは、理解する。バカ/アンチ/アサダテツヤは義足だ、と。
バカは、
「どうした、ん?」
手が目の前にあった。バカが立っていて、義足は左足の位置に収まっていて、右手がボクの目の前に差し出されている。立て、という意味なのか。せっかくだからつかんでやる。引っぱられる。押してやる。それを見越していたのか腕を引くだけでバカはバランスを保つ。均衡。悔しくなって今度は引く、と見せかけて余力を残した状態でバカが反発してくるのを待って押そうとするのだけれどバカはそれをも見越していて思いっきり手を引くからボクはお尻が浮いて立ち上がってその勢いのまま土手を転がりそうになる。
でも、転がらない。
とどまっている。
ボクは。
とどまっている。
でも、立っている。
バカは、左足を前に右足を後ろにして、つないだ手を一本の線にして、しっかりと立っている、均衡を保っている。土手を転がらないよう、ボクを支えている。
顔は――見ない。ボクは見ない。手を振り払って、ボクはどしんと、座る。座って膝のあいだに顔をうずめる。河も見ない。雑草のすきまにオレンジ色をしたアメ玉が、ひとつ。
バカも、座る。メガネを拾い、かける。見なくても、わかる。空気が震える。音がそう伝えている。
「ほんとは、さ」
バカが言った。
「謝りたかったんだ」
ボクはなにも言わない。
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