第55話 第1回イベント後半戦8
「もういいや、お疲れ様」
さっきと比べて少し不機嫌な声、
言葉を聞いた魔女の卵はゆっくりと前に進んでいく。
金と銀の鎧を着た勇者を超えたあたりで
「ルシファー」
引き留めようとしたのか?
名前を呼ばれた勇者の、伸ばしていた手が止まった。
それでも少女は振り返らずに俺に向かってくる。
「我は……」
こっちも仕事なのだ……
モヤモヤするし、良い気もしないが無抵抗の敵を消滅させる。
「これが勇者なのか……」
こぼれ落ちる銀の呟き。
「ハッ? 酔ってんじゃねぇよ、所詮ゲームだろ?
デスペナ対策もしてあるしなんの問題がある?」
言われてみれば所持金を奪えていない。
もしも抜け道や、裏技があるのなら飛んでいる遠藤さんが気付くはず……
全て使い切ってから冒険しているのか?
だとしたら本当に最初から死ぬつもりで……
「ほら、お前の番だぞ」
返事は聞こえなかった。
無言のままルシファーが走ってくる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
気分が悪い……
結局相手のパーティは全滅させる事が出来た。
銀色の勇者を倒した後に弓も持つ少女も倒した。
そこで俺のレベルは30に上がる。
それを確認したチャラ男は満足気に頷いて向かってきた。
黄金の槍による中距離からの攻撃は文句無しに強かった。
もし途中途中で変な動きをしたり、わざと攻撃を喰らってはステータスを確認したりされていなければ、負けていたかも知れない。
最後はもういいや、と呟いた後に自分から魔剣に貫かれて消えていった。
アナウンスと共にレベルが31に上がる。
6人倒して奪えた所持金は0。
不完全燃焼だ……
勝ちを譲られたみたいで凄くモヤモヤする。
無性に叫びたい気持ちを必死に抑え込む。
「裕二くん、リストを見てくださいっ」
遠藤さんが慌てて飛んでくると、魔王軍一覧を目の前に表示させる。
変化にはすぐに気付いた。
ハミルトンとベルゼブブが1回ずつやられている……
じっくり見ると、他のボス級モンスターも何回か倒されてるし、中級、下級のモンスターも20%程度まで数を減らしていた。
「これ、最終日まで持つのか?」
「わかりません、もしかしたら無理かも知れないです」
イベント期間はまだ3日以上残っているのに、このペースで魔物が減っていったら……
「とにかく、プレイヤーを多く倒しましょう」
妖精の提案が最善策だろう。
倒してしまえば時間が稼げる。
しかしそれも上手くいかない。
イベント前半戦と同じ状況、プレイヤーを見つける事は出来ても戦う事は出来なかった。
速度に自信がある者は逃げてしまうし、そうで無い者は参加する前にログアウトで居なくなる。
黒の魔王も同じ状況みたいだ、6人組に遭遇、撃退した後はプレイヤーが逃げていく。
そのまま時間だけが過ぎていった。
何の進展もないまま拠点に攻める事が出来る14日を迎えてしまう。
その時にはハミルトンやベルゼブブを含め多くのモンスターが上限まで倒されていた。
残っているのは黒と炎の魔王、後は量が多い中級までのモンスターが1割程度。
イベント最終日の14.15日を土日に合わせた為、防衛側の参加者は増える筈、このままだと間違いなく全滅するだろう。
もう1人の魔王と様子を見に行った拠点は、予想通り人で溢れていた。
1つしかない入り口の前には常に100人以上の見張りが居る。
しかも広範囲の魔法対策か、20人程度のグループが一定の距離で配置されている為、奇襲をかける事も難しいだろう。
中には指揮を取っているリンや義晴の姿も確認する事が出来た。
「どうします?」
自分で考えても答えは出なかった。
隣にいる運営のリーダーに聞いてみる。
「これはどうしようもないな……」
黒の魔王がため息を吐く。
防衛側は魔王軍を全滅させるのではなく、時間いっぱいまで人海戦術で拠点を守る作戦をとったみたいだ。
流石に2人であの人数を倒せる気はしない……
華はないし、せっかくのイベントなのに時間経過を待つだけでつまらないとも思うが、堅実な作戦だ。
報酬の事を考えて手堅く15000円を手に入れたい、と言ったところか。
こうしている今も他の魔物の数は減っているのだろう。
「ハミルトン戦で使った魔法は使えるかい?」
「相手が125人居れば使えます」
大きく頷いた魔王の瞳には力が宿る。
考える事は一緒だったらしい。
極広でプレイヤーを一掃してから拠点を制圧する。
勿論成功する確率は限りなく低い。
「タイムリミットが来たらどうせ負けてしまう、向こうがこっちを無視するならば、それはそれで好都合だよ」
だからといって、ただで負けるわけにはいかない。
それからも2人の魔王と妖精で話を続ける。
「リスクと損失を最小限に抑えられる方法を考えよう」
鈴木さんを中心に方針をまとめていく。
決まった作戦は簡単だ、明日の15時まで休んで、その後3時間攻め続ける。
こっちにも休憩が必要なように相手も常時ログイン出来るわけじゃあない。
高レベルのプレイヤーや指揮を取る人間が少なくなれば儲け物だ。
1番理想の展開は火球 極広で決着がつくことだが、あまり期待は出来ない。
こうなってしまった以上、どんな戦略を練っても防衛は成功されるだろう。
ならば拠点のプレイヤーから所持金を限界まで取り上げる。
攻める時間を3時間だけにした理由はいくつかある。
まず1つ、全滅のリスクを減らす事が出来る
防衛を阻止できない以上、魔王が2回負けてその分の報酬も取られるのが1番最悪の結果だ。
特に警戒しなければいけないのが簡単に倒されてしまった場合で、プレイヤー側が追撃してくるパターン。
残り時間が少なければわざわざ復活した魔王を探し出してまで、倒そうとする可能性は低くなるはずだ。
次に集中力の問題
残り数時間、そんな状況になればゲームが好きな人や本気で稼ぎに来てる人ほど、無理してでも防衛に参加するだろう。
もしも自分がプレイヤーならそんな大事な局面でログアウトなんてするわけが無い。
でも相手も人間だ、集中力には限界があり、思考はどんどん浅くなっていく。
俺達はそこを万全の状態で攻める事が出来る。
最後に攻撃的な意識を少なくさせる為
攻撃は最大の防御だ。
残り時間に余裕がある状態で攻めて魔王が倒された場合、もう1度倒した方が楽だと思われる可能性がある。
さらに復活してから拠点までの移動時間を狙って攻撃的な作戦を使われるかもしれない。
だからこそ、数時間耐え切れば勝ちの状況を作ることによって、相手に攻撃するよりも防御、侵入されない事に専念させる。
相手に攻撃の意思が有ると無いとでは取れる選択肢が大幅に変化する。
これで魔王が倒される可能性をある程度抑える事が出来るだろう。
ほとんどがリーダーの考えた事だ。
読み違いはあるだろうし、予想通りにいかない事もあるだろう。
それでも良い作戦だと思った。
それに今回は相手に逃げる選択肢は無い。
最長で3時間ぶっ通しで戦う事が出来る。
うん、これはワクワクする
今までがつまらなかったから尚更だ。
休んでいる間にAI操作の魔王が倒されてしまう事だけが少し怖いが、相手の戦略的に起こる可能性は低いだろうし、もしやられてもすぐにログインすれば問題はない。
俺達は念のため第三層に戻ってから現実世界に戻る事にした。
「じゃあまた14時に」
15時ジャストに攻めるため1時間早く集合の約束をする。
「わかりました」
遠藤さんは最終日は別行動だ。
このイベントの最後を色んなところから動画撮影するらしい。
「お疲れ様でした」
手を振ってくれる黒の魔王を視界に入れながらログアウトを選択する。
待っていろ、次にログインした時が決着の時だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます