第111話 挑発

 幼女……これからは、ハーちゃんと呼ぶ事にしよう。


 ハーちゃんの輝きは、すぐに収まった。


 だが……


「どうじゃ? これでもまだ、わらわを殴れるか?」


 ハーちゃんは、どや顔でそんな事を言っているが、輝きが収まっても相変わらず幼女の姿。


 特に変わった様子は無い。


 しかし、何か違和感がある。


 なんだろう?


「おい。そこの大女。さっきは、よくもわらわをポカポカ殴ってくれたな」

「だから何よ?」

「わらわは人間でないから、殴ってもいいと思っているのだろう?」

「そうよ。だからどうしたって言うの? 神罰を下したかったどうぞ」


 低級神の神罰や呪いの類いだったら、樒が普段持ち歩いているお札や神具で防げると以前聞いていた。


 だから樒は、こんなに余裕でいるのだろうな。


「おまえ、強力な神具を身に着けているな」

「あら、分かるの?」

「分かるとも。だが、そんな物で、わらわがこれからやる攻撃を防げるかな?」


 何をする気だ? 


 だが、ハーちゃんは特に攻撃らしい事はせず、邪悪な笑みを浮かべて話を続けた。


「おまえ、本当はわらわがうらやましいのだろう?」

「はあ? なんで、私があんたを?」

「わらわが可愛いから、羨ましいのだろう。だから、ポカポカ殴ったのだろう」

「はあ? 別に羨ましくないし、殴ったのはあんたがバカな事を言うからよ」

「おまえ、ずいぶん身体が大きいな。さぞかし、男からはけられているだろう」


 樒の顔が、さっと青ざめる。


 もしかして、樒……背が高い事、気にしていたのか?


 しかし、ハーちゃんはなんのつもりだ?


 樒を挑発したりして……


「あんた、何を言っているのよ?」

「くくく……おまえ、本当はこんなに背を伸ばしたくは無かったのだろう。小さい可愛い姿のままでいたかったのだろう」


 ……樒が動揺どうようしている。


 やはり樒……高い身長にコンプレックスを持っていたのか?


 僕が低い背丈にコンプレックスを持っているみたいに……


 そういえば、今まで樒は僕を羨ましいと言っていたけど、それは僕に対するイヤミだと思っていた。


 もしかして、イヤミなんかではなく本音?


 樒は、自分の高身長がイヤだったのか?


「どうした大女?」

「うっさい! 大女って言うな!」


 樒が本気で怒っている。


 しかし、なんのつもりで樒を挑発しているのだ?


 また殴られるぞ。


 いや、これは殴らせようとしているのでは?


 何のために?


 ん? 影!? ハーちゃんに影がある! さっきまで、影なんて無かったのに……


 まさか!?


 周囲を見回すと、通行人がこっちを見ていた。


「うっさい! うっさい! うっさい! あんたなんかに、何が分かるのよ!」

 

 樒は、ハーちゃんに殴りかかった。


「よせ! 樒! 罠だ!」

「え?」


 遅かった!


 樒の拳は、ハーちゃんの頭に当たる。


 ハーちゃんは苦痛に顔をゆがめるが、その直後に邪悪な笑みを一瞬浮かべた。


 そして……


「ふぎゃああああ! お姉ちゃんがぶったあ!」


 火がついたように、ハーちゃんは泣き出す。


「え?」


 呆気にとられている樒の腕を、僕は掴んだ。


「樒! 逃げるぞ!」

「どうして?」

「説明は後だ。このままだとヤバい」


 僕は樒を引っ張って、脱兎だっとのごとくその場を離れた。

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