第110話 神罰?

 死神だと?


 確かにこの霊気の強さから、ただ者ではないとは思っていたが……てっきり僕は、座敷童ざしきわらしの類いかと思っていた。


「こいつが、死神?」


 樒が疑わしげな視線を幼女に向ける。


「な……なんじゃ? 疑うというのか?」

「私は、前にも死神に会ったことがあるけど」


 樒に死神の知り合いがいるとは知らなかった。


「あんた、なんかイメージが違うわね」

「何を言う! 死神にもいろいろいるのじゃ」

「ふーん」


 樒は視線を飯島露の方に向けた。


「ねえ、露ちゃん。あんた死神が二度来たと言っていたわね」

「ええ。二回来たわよ」

「確か『準備が整うまで待っていろ』と言って帰っていった死神と、スマホを持ってきてくれた死神だったわね。このハーちゃんは、どっち?」

「スマホを持って来てくれた方よ」

「なるほど」


 樒は幼女の方を向く。


「ねえ、ハーちゃん」

「な……何じゃ?」


 樒の雰囲気に、幼女が狼狽うろたえている?


「あんた、露ちゃんに現世の端末と通信できるスマホを上げたそうだけど、それって死神がやってもいい事なの?」

「も……もちろんじゃ」

「本当に? 閻魔えんま様に、怒られないの?」

「お……怒られないぞ。わらわは閻魔など怖くないぞ」


 おいおい。閻魔様は死神の上司だろう。


 それを呼び捨てにして……


「スマホはともかく、露ちゃんは荻原君と一緒に霊界に逝くような事を言っているけど、それってあんたがそそのかしたの?」

「唆したとは人聞きが悪い。露は愛しい男に告白する寸前で命を落としたのじゃ。わらわは可哀そうで見ていられなんだ。しかし、わらわに死者を生き返らせる事は出来ぬ。そこで逆転の発想じゃ」


 逆転の発想?


「死者を生き返らせる事が出来ないなら、生者を死なせればよいのじゃ」


 あのなあ……


「だから、ホワイトデーの日に荻原新の命を断ち、愛しい露と黄泉の国でげさせるのじゃあ!」


 ポカ!


 樒は問答無用で、ドヤ顔をしている幼女の頭を叩いた。


「痛い! お……おまえ生身の人間のクセに、霊体であるわらわを殴れるのか?」

「私はちょっと霊格が高いからできるのよ。そんな事より、生きている人間を殺して霊界へ連れて行くですって? それって、死神がやっちゃいけない事でしょ」

「何を言う。所詮規則なんて破られるためにあるのじゃ」

「そりゃあ、多少の規則破りは私もやったけど……」


 多少なのか? 樒の不正請求は……


「あんたが、やろうとしている事は、死神の規則で絶対にやっちゃいけない事のはずよ」

「規則規則と五月蠅い奴じゃな。規則なんかより大切なのは人の心じゃ。おまえには、露が可哀そうだと思う心がないのか? それでも人間か?」

「いや、人間じゃない奴に、言われたくないのだけど……」


 しかし、飯島露が可哀そうだというのは分かるが……


「ちょっと待ってくれ。ハーちゃん」

「なんじゃ?」


 幼女は僕の方を向いた。


「飯島露さんが、可哀そうだというのは分かる。でも、荻原君の気持ちはどうなるの?」

「何を言っている。新も露を好いておるぞ。好きな女子おなごに死なれて、不憫ふびんでならぬ。だから、黄泉で添い遂げさせてやるのじゃ」

「だから、黄泉でも霊界でもいいけど、荻原君はそこへ行く事に同意していないよ」

「何を言っておる。新は同意したぞ。なあ露」

「うん。荻原君は一緒に逝ってくれるって言ったし」

「だから、それは告知義務違反です」

「え? こくちぎむ? なにそれ?」


 そこから説明しなきゃならないのか……


「ええい! さっきから規則だの義務だの五月蠅いぞ! この人間ども!」


 あ! 幼女が切れた。


「わらわは、規則とか義務とか、人の自由を縛るものが大嫌いじゃ」


 ポカ!


「痛い! おまえ! また、わらわを殴ったな。母上ははうえにだって殴られた事ないのに」


 幼女は涙目で、樒をにらむ。


「殴って何が悪いのよ」

「児童虐待じゃ」

「なにが児童よ。ロリババアのくせに」

「ロリババア言うな!」

「そもそも、あんた人間じゃないでしょ」

「ふん! 如何いかにもわらわは人間ではない。わらわは魔神……いやいや、死神じゃ。その死神を怒らせおったな」


 ん? 今、こいつ魔神って言いかけなかったか?


「怒らせたからどうだって言うのよ? 神罰でも下すの? あんたみたいな低級神の神罰なんて怖くないわよ」

「ほざいたな。今、言った事を後悔させてやるぞよ」


 突然、幼女の身体が輝き始めた。


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