第109話 ハーちゃん

 声が聞こえると同時に、背後から強い霊気がかかった。


 これは、ただの霊ではない。


 妖怪、もしくは低級神クラスの霊的存在。


「誰だ?」


 背後を振り返った。


 ん? 誰もいない。しかし、霊気は確かにある。


 姿を隠しているのか?


「どこを見ている? わらわは、ここだ」


 幼女の声のようだが、この霊気は油断できない。


「どこだ? 姿を現せ」

「だからあ、さっきから、姿を現しておるだろう」


 え?


「いいから、視線を下げろ」


 視線を下げた。


 すると、それはそこにいた。


 強力な霊気の発生源は、確かにそいつだったが……ううむ、いつも人を見上げるクセがついているものだから、つい見落としてしまっていた。


「やっと、気が付いたか」


 そこにいたのは、身長一メートル足らずのおかっぱ頭の幼女。浅黒い肌をしている事から、南アジア系のようだ。一見、普通の人間に見えるが、影がないという事は霊体だな。


「おい、おまえ」


 ん? なんかこの幼女が僕を睨みつけているが、僕は何か彼女の気にさわるような事をしたかな?


「おまえ、わらわの事をチビだと思って、バカにしていただろう」


 え?


「いや、バカになんかしていないが……」

「嘘つけ! わらわが姿を現しているのにも関わらず、わざとらしく上を見上げおって! わらわをチビだと思って、バカにしていたとしか思えぬ」


 あ! わざとやったと思われていたんだ。


「いや、違うって」

「違わない。チビだと思って、バカにしやがって」

「いや、被害妄想だって」

五月蠅うるさい! ちょっとぐらい、背が高いからって威張いばるなよ」


 え? 背が高いって? 僕の事? 『背が高いからって威張るな』って、一度言われたかった言葉……ああ、感動的……


「おい! 聞いているのか?」

「いや、威張ってなんかいないし……」


 そもそも、威張れるような身長じゃないし……


「お嬢ちゃん。背が低いからって、ひがむ事はないだろう」


 ん? 樒が僕の頭に手をポンと置いた。


 振り向くと、樒がニヤニヤとバカにするような笑みを浮かべている。


「優樹。あんたがそれを言うの」

「五月蠅い! 樒! 背が高いからって威張るな!」

「優樹こそ、背が低いからって僻むことないでしょ。それに背が低い方がいいじゃない」

「良くない」

「そう? 私は優樹が、うらやましいのだけど」

「なんで?」

「みんなから『可愛い』と言ってもらえて」


 別に僕は言われたくないのだが……


「おい。おまえら! わらわをほったらかしにしてケンカするな!」


 あ! 忘れていた。


 振り返ると、幼女はほおをプクッと膨らませている。

 

 で、こいついったい何者?


「おい! つゆ


 幼女に呼ばれて、飯島露が振り向いた。


「なあに? ハーちゃん」


 どうやらハーちゃんとは、この幼女のようだな。


「先ほど、あらたの様子を見てきた。大丈夫だ。そこの……」


 幼女は樒を指さす。


「大女が言っていたような、エッチな誤解はしていない」

「ええ! 本当?」

「本当じゃ。それより、おまえら」


 幼女は僕と樒の方を振り向く。


「露に、余計な事を、吹き込むのはやめてもらおうか。露はこれからいた男と黄泉よみき、そこで幸せになるのじゃ」


 何を言っているんだ? こいつ。


 僕は飯島露の方を向いた。


「誰? この子。知り合い?」

「死神のハーちゃんだよ」


 死神だと!?

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