第101話 呪殺師ヒョー6

 そして、放課後。


 超常現象研究会に顔を出してみると、優樹キュンの姿はなかった。


 神森 樒は来ているが……


「神森さん。社君はどうしたのですか?」

「先生。優樹の奴、今朝は学校に来ていたのですけど、何かショックな事があったらしくて、家に帰ってしまったのですよ」


 え? という事は、今朝私の前から走り去った後、そのまま家に帰ってしまったというのか?


「お母さんに電話して聞いてみたら、『氷室先生に嫌われた』と言って、泣きながら部屋に引きこもってしまったとか」


 なに!? 違う! 私は嫌ってなどいないぞ。


「先生。優樹と何かあったのですか?」

「え? 今朝会った時に、ワイシャツにキスマークがあるのを見たのだが……」

「キスマーク! あの変態呪殺師! 優樹に、キスマークまで付けてやがったのね」


 こら! 誰が変態だ! いや……変態であることは認めるが……キスマークを付けたのは私ではない。


「でも、私はずっと優樹と一緒にいたのに、キスマークなんて見あたらなかったけど……」

「キスマークは、ネクタイの裏に付いていたので見えなかったのだろう。私は社君のネクタイを直してやろうとして見つけたのだ」

「そうですか。ところで」


 不意に神森樒は、私をにらみつけてきた。


「優樹は先生に気があるみたいでしたけど、先生はいつ優樹を誘惑したのですか?」


 う! 


「誘惑? そんな事は、していない」


 本当は、指導室や空き教室で、さりげなくボディタッチをやっていたが…


「そうですか。では、優樹が一方的に先生を好きになったというのですね?」

「困ったものだな」


 本当はうれしいが……


「まったく、あの馬鹿。先生に恋するなんて、何考えているのだか」

「仕方あるまい。恋は理屈ではないのだ。それに中高生が、異性の教師に恋するなどよくあることだろう」

「確かによくあることですけど、先生が優樹とつきあったら犯罪ですよ。分かっていますか?」


 う! 分かっている。分かっているから、今までおおっぴらに手を出せなかった。


 しかし、目の前に可愛い男の子がいるのに、手が出せないのは生殺しのようで辛い。


 毎日、何人かの女子生徒たちが優樹キュンを付け回して『可愛い! 可愛い!』とはやしし立てているのを見ていて正直うらやましかった。


 私も一緒に優樹君に向かって思いっ切り『可愛い!』と言いたかったが、教師としての体面を保つために人前ではひかえていたのだ。


 その代わりその思いを手紙に書いてネズ子に下駄箱に入れさせていたのだが、優樹キュンからは『キモい』と言われてしまったのでこれ以上はできない。


 どうするべきか? ん?


「神森さん。社君は私に嫌われたと誤解して帰ってしまったのね?」

「そうですけど、誤解なのですか? 高校生のクセに、ワイシャツにキスマーク付て登校して来るフザケタ奴だとか思わなかったのですか?」

「そんな事は思わない。あの真面目な社君が、女遊びなどするはずがない。きっと悪い女に、無理やりつけられたに違いないと思ったが」


 思ったも何も、私がその悪い女なのだから間違えない。


「それなら、私が今すぐ家庭訪問して誤解を解けば、明日からまた登校するようになるな」


 そう。これは優樹キュンの家に、家庭訪問する絶好のチャンスではないか。


 そして、優樹キュンの部屋で二人切りになって、あんなことやこんな事を……


「先生! ヨダレ垂れていますよ」


 ハッ! うっかり妄想にはまってしまった。


 我に返ると、神森樒だけでなく他の部員たちも、地縛霊の霊子ちゃんまでもが私にジト目を向けている。


 いかん! いかん! 私がこの学校に来た目的は、この霊子ちゃん……冬原小菊の無念を晴らす事。


 その目的を達成するまでは、ここで不祥事を起こすわけにはいかない。


「先生が家庭訪問に行くなら、私が案内しますけど」

「そうね。神森さんも、一緒に来てくれた方がいいわね」


 二人切りになると、間違えを犯しかねないからな。


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